第38話「生きる恥と、生きた心地」


 プツンと、柳の中で何かが切れた。込み上げるこの感情は怒りか?否。嫉妬?これも違う。何だ、これは。

「ウォォォォォォッッ!! 」

 麗奈が走り込む。ディフェクトの浸食は両腕に留まらず、その両足もホワイトベアに置き換わっている。人を超えた魔獣の力が、麗奈の背中を後押ししていた。そうだ、後押し。悪魔は飽くまで後押しだった。力の源は全て、少女の中に在るのだ。


「エフェクトッ 安息の抱擁(リポーズ・エンブレイス)ッッ!!! 」

 飛び跳ねた麗奈は誰にも止められない。柳は一瞬の隙で反応が遅れた。護りに入るしかない。

「無刄象 六波羅蜜……ッ」

 強力な一撃が柳の空雙焉刄"乙"に加えられる。これは流されたが、まだ麗奈の猛撃は終わってはいない。

「威(い)てッ! 」

 次なる打撃が空雙焉刄を打ち鳴らす。

「射(い)てッ!! 」

 次の衝撃。重く。

「異(い)てッ!!!」

 のしかかる。

「凍(い)て尽(つ)けェェーーーッッ!!!! 」

 強靭凶悪なラッシュが柳を襲う。氷の拳の連撃が徐々に柳を圧し始めた。空間を丸ごと削いでいるにも関わらず流しきれない程のスピード!質量!!空雙焉刄"乙"の限界だった。


ベキンッ

 遂に刃を折られてしまう。その瞬間柳は理解し(わかっ)たのだ。ずっと抱えていたこの気持ちの正体を。これは恥。己に対する、恥だった。だがそれは柳にとって、不思議と苦痛では無かった。ずっと詰まっていた栓が不意に抜けたような、清々しい気分だ……。


「ギィィィッ、ジャアアァァァァァ!!! 」

 刃が折れても尚止まらぬラッシュをその身に受け、断末魔を上げながら空を舞う柳。霜が飛び散って輝きながら堕ちる中、遂に立ち上がることができなかった。


 一方ユーマは爆発に巻き込まれ、地面に伏していた。アサクリは勝利に酔いしれる。

「キャハハ。やっぱりアタシが勝った!アンタ達みたいな出来損ないは、突っ伏している方がお似合いよ」

「自分が、どんな存在かは…… 」

 ユーマはそれでも何とか立ち上がろうと、地面に腕をつく。「自分がどんな存在かは、自分で決めるもんや。俺達は出来損ないなんかじゃあない。人間や」

「小さい」

 アサクリの顔から笑顔が消える。「小さいぞ紅條ユーマ。お前は本当に何もかも、矮小だ。そんなお前が偉そうに、上から見下して物を語るんじゃあないッ!無尽象 iog coller shot」

 不意を突いてアサクリは立ち上がったばかりのユーマの足を目掛け光線ショットガンを放つ。ユーマの両足は途端に消し飛ばされ、再び地面に平伏す。

「まだ"絶望"が足りないようだねー。もう、殺すね。無尽象 Hang me DEL」

 アサクリは照準をユーマの頭に合わせる。これで、終(しま)い。

——飽キタゾ  

 今の声は、奴(ユーマ)か?一瞬の迷いの後、アサクリは刻駆魔弾の引き金を引く。

「てめェのセリフはなぁッ! 」

 ユーマの両足は既にディフェクトが浸食し、黒く穢れたモノに変化していた。低い姿勢からバネの如く飛び出すと、よろめきながらも超人的な速さでアサクリに接近する。

「速いッ! 」

「エフェクトォォッ!! 」

 ユーマが飛び上がる。前に真っすぐ突出した右脚は炎を纏った様に、血で濡れた様に真っ赤に輝く。

「ファイア・エクスパンションッッ!! 」

「何度やっても同じだッ!無尽象 dolls call in shot」

 再び3体のテルミナがユーマとアサクリの間に割って出る。しかし今度は物怖じせず、ユーマは輝く右脚をねじ込んだ。テルミナ達は重なり、そのまま押し込まれる。まずい、止まらな……ッ!!

 ユーマはそのままアサクリ達の後方へ転がり込む。エネルギーの消費が激しい。もうこれ以上は……。一方のテルミナ達は、既に消え失せてしまっていた。しかしアサクリは依然として立っている。顔に笑みを浮かべて。

「なんだぁ、見掛け倒しじゃあない。アンタもやっぱり、大した事な——なっ、たい…… 」

 ここでアサクリは自らの胸に赤い印が付いていることに気が付く。それは煌々と、鼓動するように明滅していた。「なッ!たいへんたいへんた~…た、これ、なんなのこれぇ! 」

 ユーマは膝に手を置いて何とか立ち上がると、横目でアサクリを見た。

「——ケジメや。今までの分のな」

 胸元の印は次第に明滅の感覚を早める。これはどこかで見覚えがある、身体が覚えていた。いつぞやの粘着式擲弾発射器(グレネード・ランチャー)!あの時限式爆弾のカウントダウンに、それはよく似ていたのだ。

「こんな……。こんなの違うッ!ねぇ柳!助けてッ!イヤァァッ」

 突然少女のように泣き出すアサクリ。しかしユーマはおろか、頼みの柳も既に倒れていて反応は無い。

「俺の、麗奈の、みんなの苦しみを、思い知れッ」

 よろめきながら慟哭するアサクリの胸元が徐々に膨張していく。破裂寸前の風船の様だ。赤い印が最期に、灯った。

「イヤ……。死に、たく、な——」


  カッッ

 アサクリの膨れ上がった胸部が裂け、中から飛沫(しぶき)を上げるように火花が散っていく。それはパチパチという音を立てながら夜空を照らした。そのまま彼女はスローモーションの様に倒れ逝く。静かに、少しずつ。

ブワッッッ

 アサクリが完全に倒れた後、周りを巻き込んで巨大な爆発。ユーマはそれを見届けると、その場で膝をついた。ふと、歌が聴こえてくる。同じ節の、同じ歌。

「ざーんきさんげ、ろっこんしょうじょう」

 地面に突っ伏している柳だ。頭は白髪になり、見える皮膚は皺だらけ。老人に戻ったのだろう。気のせいか元々よりも更に10、20年老いて見えた。ピクリとも動かなかったが、まるでうなされる様に歌い続けている。ユーマよろしく麗奈も満身創痍だったが、残された柳に近づいて問う。

「その歌はなに? 」

 柳は変わらず動きもせずに歌い続ける。このまま反応はないかと思われたが、節の切れ目でふと呟いた。

「いずれ、再(ま)た会う日まで、勝敗は、預けよう。次は、違う容(かたち)で…… 」

 麗奈は思わず聞き返した。

「違う容? 」

「白い、悪魔が、主らを追っている。白い悪魔、に、気をつけよ」

 老人は聴いてもいないことをフラフラと垂れ流すように語るので、麗奈は持て余してユーマに助けを求めようと彼の方を振り向く。柳は言葉ひとつひとつを重く着実に発音して、そして遂に押し黙ってしまった。

「白い悪魔って、オシラサマの事?それならもう…… 」

 ふと老人に視線を戻すと、そこには彼の身体は無かった。忽然と消えてしまっている。ただ彼の刀、まだ折れていない空雙焉刄"甲"一本のみが残されていた。

「ユーマ」

 未だに膝をつくユーマの背中に麗奈が声を掛ける。

「麗奈。俺達、これでええんよな」

「うん、でもまだ終わっていない。さぁ立って」

 麗奈は左手を差し出す。寂しそうにユーマが笑った。

「何か、デジャヴ」

 力なくユーマは右手で握り返す。

「あのさ、もし。もしも全部が終わったらさ…… 」

 麗奈がもったいぶって口を開く。途端にユーマが驚いて話を遮った。

「おいモグゥ!そんなん食うなや! 」

 見やると、自由の身になったモグゥが空雙焉刄"甲"を半分飲み込んでいる。

「モグ? 」

 モグゥは気にせず顔をくッと上げてもう半分を腹に押し込める。そそくさと歩き始めたかと思うと、アサクリが爆発した場所へ。そこには残された彼女の刻駆魔弾(プライマシー)があった。

「お前まさかそれも…… 」

「モグ! 」

 お構いなしと言う様に、同じ要領で飲み込んでしまった。

「お前そんなもん食って美味いんか…?あぁごめん麗奈、なんやったっけ」

 唐突に話題が戻ってきた麗奈は、首を横に振らざるを得なかった。

「ううん。いいの、独り言」

——その時。

「やれやれ、また出遅れてしまったな。紅條ユーマ」

 くぐもった、低く響く機械音。

 いつの間にか、本当に何の気配もなく、彼らの後ろにそれは立っていた。

「お前は確か、ウーナ」

 もはや驚きもしない。ステルミナーレ総出で潰しに来ているのだ、こいつが出てくるのも遅いぐらいだ。

「光栄だよ覚えていてくれたなんてな。まぁこんな名に何の意味も無いがね」

 巨大な着鎧装甲(ガヴァリエーラ)に身を包んだウーナは、構えもせず淡々と話し続ける。しかしそこに隙があるようには見えなかった。「しかしこれは本当に参った。アサクリも柳もやられてしまっては、もう私が止めるしかないじゃあないか。なぁ紅條ユーマ」

「アンタの相手はこの私。さっきから蚊帳の外で、ほんっと気分良い」

 麗奈が割って入った。

「待て麗奈。一緒に戦うって決めたやんか。ここも二人で」

「紅條ユーマの言う通りだ女。貴様に私は倒せん」

 しかし麗奈は頑なに引かなかった。

「いや、私一人でやる。さっきからわざとらしく名前を連呼して何のつもりか知らないけれど、こいつは私が止める。ユーマは兎さんを迎えに行って」

「アカンて、そん…… 」

「行ってッ! 」

 激情では無い。有無を言わさぬ語気。彼女の信念の強さだった。

「…… 」

 もうユーマには言い返す言葉がなかった。今俺はどんな顔をしているのだろう。そんなことを思うほど、悔しいのか寂しいのか悲しいのか、自分でもわからなかった。

「それで兎さんも助けたらさ、も一回でいいから考え直してほしいんだ。あの村で暮らすこと。皆でただ平和に暮らすことを、だよ」

 麗奈も同じだ。笑っているけれども、その顔はどこか神妙で、寂しそうだった。「さっきは怖くて言えなかったけど、今なら言えたよ」

「……分かった。だから絶対戻って来いよ」

「うん。約束」

 この聞き覚えのあるセリフに、ユーマは堪らなくなった。これ以上彼女の顔を見ていられない。ユーマは走り出していた。こうして別れるのは何度目だ。何度同じように彼女を置き去りにするのだろうか。ユーマは自分の無力さを嘆かずにはいられなかった。後ろを振り返ることができない自分を恥じずにはいられなかった。


「——どうして待ってくれたの」

 麗奈はここでゆっくりと振り返った。

「何の話だ」

「こうしている間に、いくらでも攻撃できたはずなのに、あなたはしなかった」

「はて何故かな。少し考え事をしていたよ。遠い昔の、な」

 未だ構えぬウーナが答える。本当に戦う意思があるのだろうか。

「勝負時(どき)に、随分余裕なものね。でも私、負けられない理由ができたの。たった、今」

ズシッ

 あのウーナが唖然とする。そうだ、外観が機械の巨人であるあのウーナでさえ、だ。

 ただその光景を佇んで見つめるよりほか無かったのだ。

「女、お前まさか」

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