第34話「闘いの後に、秋風は立ち込めて」


 オシラサマと呼ばれし大蛇との戦闘から生還したユーマと麗奈は、すぐに駆けつけた集落の人々によって発見、救出された。とはいえ元副村長の一件もあり人員不足は深刻で街の病院までの足も無いため、二人は奥多魔村で療養する事となる。

 彼らに対する村人の反応は様々だった。オシラサマからの解放を素直に喜ぶ者、儀式と伝統を余所者(よそもの)に破壊され憤慨する者、再び村で残忍な事件が起きてしまった事を嘆く者、そして隻腕(せきわん)の二人こそが悪魔であると畏怖する者。それでも傷付いた二人を助けんとする住人は一定数おり、彼らによる手厚い看病が為された結果ユーマと麗奈の回復は期待以上に早かった。

 宴会場の裏手にある丘では軽傷を負った少女と、既に息絶えた村長が発見される。一方で副村長らの離反から村を救った紫波十象、騒動の主犯である副村長は未だ発見に至らず。少女の証言によれば『紫波は祈りの言葉の後、輝く闇となって村を救ったのだ』とされる。準じた所謂懐古主義の離反者達の多くは奥多魔村の住人であったが、一部構成員は住人ではない人間が紛れていた。いずれも死亡していた為に身元が判明せず、どのタイミングで村に潜入し暴動を起こすに至ったかは不明である。また村の端にある崖下において、手首と身体の一部だけを残して激しく損壊された遺体が発見された。遺体の身元は、村に住む未亡人である事が判明。手首は不可解な力による氷漬けによって岩に癒着していた痕跡があり、その他の身体の傷に関しては遺体状況から生前中に野生動物様(よう)に喰われたとされる。

 これ以上の余所者の介入を防ぐためか村では誰一人として警察に通報する者はいなかったが、どこから聴きつけたのかG.I.A.F.(ガイアフォース)が介入し、捜査に当たった。オシラサマの崩壊によって降り積もったダイアモンドもG.I.A.F.が回収。しかし奥多魔村の住人も目を盗んで一部を奪取していた。紫波の住んでいた裏山の小屋を改修して新たな社(やしろ)とし、ダイアの一部をここに祀って、更に一部は村自体の立て直しの資金繰りのため街に売却された。遺体の回収と証拠品の押収を手早く済ませると、G.I.A.F.は即時撤退する。麗奈達には回復の兆しが良好な為この地で療養を継続、当初の目的であるステルミナーレの偵察任務は完了として14日間以内の帰還を通達した。



——10日後——

「んん……、ハァ」

 ユーマは朝日に向かって伸びをする。もっとも山間であるこの村に太陽が顔を覗かせるのは10時を過ぎた頃だ。すっかり寝過ぎてしまった。麗奈は先に村人と農作業を手伝っているようだ。片腕だから大したことはできない、周囲の憐れみの眼差しを払拭するように麗奈は率先して村人を手伝う姿勢を示した。G.I.A.F.への帰還命令期日まで、傷付いた彼らを匿ってくれた人々に少しでも恩返しをするためだ。言葉や文化の壁は、生き残ったかの少女が仲介となり請け負ってくれた。


「こら!いつまで寝てんのよ、さっさと手伝いなさい」

「あっユーマさん!おはようございます」

「モグー! 」

 畑では麗奈が檄を飛ばし、少女が手を振っている。欠伸をしながらユーマは手を振り返した。なんとモグゥまで彼女らの手伝いをしている。いや、土をほじくり返して出てきた虫を食べている。

「すまん……。今日は何するんやったっけ」

「今日はこちら側の土を耕して、ほうれん草の種を植えますよ」

「見てよユーマ。この耕具を使えば私達でもうまく土を起こせるのよ。穂積(ほづみ)ちゃんが貸してくれたの」

 "穂積"とは少女の名前である。それにしても麗奈はここにきてから随分と生き生きとしているように見える。失われた感情を取り戻すように。そんな彼女の様子が、何だか微笑ましい。

「……ふ」

「あ?何笑ってんの。ほんっと快適」

 穂積が不思議そうに麗奈を見つめる。

「相も変わらず、反対語は治らへんな」

「アンタ、肥料にして耕すわよ」

「モグゥ」

 怖い顔で麗奈が凄む。この顔は結構本気だ。ユーマはそれには答えず穂積から耕具を受け取ると、慣れない手付きで作業を始めた。秋がそこまで迫った山の空気は、まさに快適そのものだ。



 昼前まで惰眠を貪っていたせいか、深夜に目覚めてしまったユーマ。世話になっている穂積の家の軒先に出て山を見つめている。秋風が気持ちいい。今日は新月だ。街灯りもここへは届かず空気も澄んでいるので星々が大変綺麗に望める。星空を見上げる時は決まって、星座を探していた。小さいころよく兎に教えてもらったものだ。

『あれが馭者(ぎょしゃ)座、あれが龍座、あれが白鳥座、その下が小狐座』

 彼女が指し示す星を眼で追って空に線を引く。無機質で単調な線をぼんやりとした想像の絵で補うと、そこはまるで神話の1ページのようだった。見つけた時は嬉しかったし、それ以上に兎が喜んでくれた。それからだ、無意識に星座を探すようになったのは。もう喜ぶ人は居ないのに。

「兎…… 」


ガサ……

 正面の茂みが突然揺れた。風ではない、何かが居る。不意に視線を落とすと、闇に光る赤い眼が現れる。あれは……!?ユーマは身構えるが、眼を凝らすと何でもない、それはモグゥの眼だった。

「なんやモグゥか、脅かさんといて」

 しかしモグゥはジッとユーマを見つめ、微動だにしない。何かおかしい。

「お前、ほんまにモグゥか? 」

 弾かれたように茂みに姿を消す魔獣。変な胸騒ぎがした。裸足のままユーマが後を追う。

「おいっ!モグゥ」

 茂みに突入した瞬間、強烈な浮遊感に襲われた。一歩先は崖だったのだ。闇に包まれ全く状況が掴めない中、とにかく急な斜面を堕ち続けている。このまま地面に激突したら…。ユーマは衝撃に備えた。


ドン

「……ッ!痛ってぇ~…… 」

 激突の衝撃は存外そこまででも無かった。とはいえそれは身体が粉々にならなかったという話で、痛みは相当なものだ。変わらず深い闇で何も分からない。がしかし、それでも何故か以前に来たことのあるような感覚は何だろう。知っている床の感触、嗅いだ覚えのある腐臭、既知の纏わりつく様な湿度。視覚以外の情報に次々と訴えかけてくる、自分にとって"とても厭な場所"という感覚。そして最後に、視覚情報が補完される。目の前にあの赤い弐つの眼が浮かび上がるのだった。


「テメェは……、弐煌(アウトワン)……ッ!!! 」

「やぁユーマ。腕の調子はどうかな」

 姿は見えないが、声が聞こえる。ここはステルミナーレの根城であるメギドで、今こうして語りかけてきているのはあの憎き弐煌だ。そう確信していた。

「何やとテメェ……、俺たちがどんな思いで…… 」

「まあ落ち着いておくれよ。話があるのは僕の方なんだ」

 弐煌がユーマの言葉を遮る。「いいかい君たちは僕から逃れたと思っているのだろうが、そうではない。こうやっていつでもコンタクトを取る事ができるのが何よりの証拠だ」

「……だからどうしたんや。天下のステルミナーレの親玉さんが負け惜しみかい」

「誰でもない君の"等覚(カクセイ)"を待っていたんだ。人は危機に瀕した時こそ、生き残る為に順応し急成長するものだ。しかしユーマ、君は少し進捗が悪い。君は心象(しんしょう)に乏しいのだとも思ったが、大きな間違いだった。君は今までの出来事如きで大して危機を感じていないらしい。腕を失おうが、雷に打たれようが、蛇に喰われようが。君は然程苦労せず乗り切ってみせた」

「何を言ってやがる」

 奴が口走る言葉一つ一つが腹立たしい。ユーマは腸(はらわた)が煮えくり返る気分だった。

「そこで君に、試練を与える事にした。僕らにも残された時間は少ない。君は再び、メギドを訪れなければならない。道中僕らを倒して、ね」

「アホかアンタ。てめぇの目的完遂の為にわざわざ俺が乗る理由なんか——」

 そこでユーマは口を閉ざした。

「そう。エマリーヌ、君が呼ぶところの兎は我が手中にある。もちろん助けるつもりなんだろう?まさかひと時の平穏に浸っていた訳ではあるまいな」

「……ッ、てめぇ! 」

 ユーマは立ち上がると浮遊する眼に襲い掛かる。しかし一歩踏み出したところで躓き、そのまま前のめりに倒れた。

「無闇矢鱈に足掻くとまた痛い目を見るぞ。さぁ急げユーマ。2日後の夜までにメギドに戻らねば、エマリーヌは永久に我が剣"六綠焔刃(ろくろくえんじん)"として帰属し君の愛するこの狂った世界を元通り壊(もど)す。全てを焼き尽くす、その準備が間もなく整う。止めて見せろ、ユーマ」

 最後の言葉は反響音成分が増して聞き取りづらい。それは即ち音源が徐々に遠ざかっていることを意味していた。


「ま、待てーーッ!!! 」

 次に気付いた時は、ユーマは再び古民家の軒先に座っていた。近隣の家で番犬が激しく吠えている。もう黒い闇も赤い眼も見えない満天の星空の下、一気に噴き出した汗を秋風が冷ましていった。途端に気が抜けて全身が気怠くなり、ユーマは項垂れた。"ひと時の平穏に浸っていた"だと?全くもってその通りだった。オシラサマを倒し村を悪習から救った。ただそれだけで、心のどこかに充足感を感じていた。とにかく忘れたかった。両腕を失ったんだぞ。あの時の痛みや苦痛など今すぐ忘れてやりたい、が兎は未だ奴らに囚われたままなのだ。誰でもない俺を助けた為にだ。呵責と葛藤がトラウマを喚び起こし、もう精神は限界だった。


「——どうしたの」

 ユーマの後ろで声がした。夜中に叫ぶので家人が起きてしまったらしい。

「……ッ、すんません」

 ユーマは慌てて袖で顔を拭い振り返った。そこには麗奈が心配そうに柱を支えに立っていた。

「麗奈か……。ごめん、何でもない」

 ユーマは一旦俯(うつむ)くと、きまり悪そうに再び裏庭に体を向けた。そんなユーマに寄り添うように、麗奈も軒先へ座る。

「アンタが謝る時って、決まって病んでいるときよね」

 麗奈がそんな無神経な言葉を投げかけるものだから、ユーマは思わず『お前が言うな』と口走りそうになる。口走りそうになって慌てて塞ぎ込むので、頭が更に俯いていく。「眠れないの? 」

「……悪い夢を見たんや。ステルミナーレの奴(ヤツ)と、兎の」

 ユーマは先の出来事をそれとなく誤魔化してしまう。というよりも、せめて夢であれという悲痛な願いの表出だった。

「……大丈夫だよ、あと3日もすればG.I.A.F.が総力を挙げて助けに来てくれる。兎さんもきっと救出される」

 あと3日。ユーマは弐煌に迫られた2日後の夜というリミットを思い返した。G.I.A.F.を待っていては間に合わない。やはり一人で行かねば、……勝算はあるのだろうか。あのステルミナーレの連中を相手取り連戦連勝で兎を救い出せるヴィジョンが見えない。ユーマはいよいよ頭を抱えた。


「あ。おでこ、いつ擦りむいたの? 」

 言われて初めて気づいた。ユーマが自分の額に手を当てると、確かにヒリリと痛むこぶになった箇所がある。崖から落ちた時に打ったのだろう。しかし傷がある以上、先の出来事は幻覚ではなかったのか。もう訳が分からなかった。何故かまた涙が溢れ出す。

 不意に頭が左側へ引っ張られた。思わず『えっ』と声が出る。

「いいから」

 抵抗したつもりが、あっさり麗奈の腿上(ひざ)に倒れ込むユーマ。目の前の視界は90度回転する。右に星空、下は人肌の温もりが広がる。

「ねぇ、ユーマ。アンタは怒るかもしれないけどさ」

 麗奈は左手で優しくユーマの額を抑えながら、独り言のように呟く。「あたしね、ここでアンタ達とずっと暮らしてもいいかなって思っちゃった」

 思わずユーマは麗奈の顔を覗きたくなった。しかし自分が今どんな顔をしているのか、少し心配でそのまま傾いた正面の景色を眺め続けた。

「四季を感じながら田畑を耕して、美味しい物食べて、夜はこうやって星空を眺めて。街生まれだからかな、こういうの憧れてた。都会の喧騒も、戦いの痛みや血の味もすっかり忘れてさ。普通の女の子みたいに生きてもいいかなって」

 麗奈はどんな表情で、どんな気持ちで話しているのだろう。声だけでは汲み取れない。でもどこか、寂しそうだった。

「誠(マコト)って友達がいたの、入間粛(イルマ マサシ)さんの妹さん。もともと根暗な私とは対照的な程、明るい子だった。いつも真っすぐで曲がった事は許さない。まぁそのせいで他の子と衝突したり損したりすることもあったけど。どっかの誰かさんみたいに」

 暫し沈黙。意図してというより、感情の高ぶりを抑えようとした結果のインターバル、のように思う。麗奈の腿(ひざ)が小刻みに震えているのが分かる。

「夏休み前さ、突然地元に帰ることになったらしくて。アタシ本当ダメな子だからさ、ずっと一緒だった誠が居なくなっちゃうのが耐えられなくて、ちゃんと送り出してあげられなかった。帰省先でさ、突然現れたテルミナに襲われた小さい男の子を助ける為に咄嗟に庇(かば)って、そのまま。昔から危うかったからまさかとは思ったけど、本当にお節介で死んじゃうんだ、って」

 突然現れるテルミナ、襲われる男の子、庇って犠牲になる構図。キーワードを拾っていくと、ひどく自分の境遇に重なってユーマは心臓が狭窄する思いだった。

「アタシが強かったら、誠もあんなお節介な性格にならなかったのかも。アタシがもっと強かったら、テルミナから守れたかも。強かったら、サヨナラもちゃんと言えたし。強かったら……、死なずに済んだんじゃあないかなって…… 」

 黙って彼女の言葉を聞いていたユーマの頬に一粒二粒、温い雨が降る。一つ鼻を啜ると、麗奈は無理に笑って見せた。

「それからだよ。呪いみたいに強さに固執し出したのって。少しの安息も許されない気がして。でもアンタは違う。誠みたいに強い芯がある。だからさ、アンタにはきっとやれるよ。兎さんを助け出して、生きて帰ってこられる。だからやっぱりここで立ち止まっちゃあいけないよね。アタシ本当に馬鹿だよね」

「……」

「アタシも最後まで手伝いたい。もう足手纏いになったりなんかしない」

 ユーマは応えなかった。葛藤が在った。心に在る蟠(わだかま)りを全て麗奈に伝える事ができなかった。とても、辛かった。

 それ以降は意識が無くなるまで、お互い言葉を交わすことの無い沈黙が続いた。そんな二人を見下ろして、静かに星は廻るのだった。


 その日は叫び声から始まった。慌てて目を覚ますユーマ。軒先に横たわったまま、上から薄い布団が掛けられていた。朝日はまだ山に遮られていることから、今は早朝である事が分かる。何やら外が騒がしい。急いで表へ出てみると二、三軒離れた家屋の入口に騒ぎを聞きつけ数人が集まっている。どうやら玄関近くの犬小屋を見ているようだ。何事かと村人の間から覗くとそこには犬、だった物が転がっている。首より上が無くなっていた。生前相当に暴れたのであろう、首に繋がれていた鎖は全身に巻き付いていて見るも無残な姿だった。

「熊や。熊が山から下りてきたんや」

「いや熊やない。身体を残して首だけ持ち去る訳がない。テルミナの仕業や」

「いやいやこれは鷲か鳶(とび)だ」

「ひょっとしてオシラサマでは」

 口々に村人が意見を出し合うがなかなかまとまらない。それだけ惨状は異常であった。


 野生動物か悪魔か、いずれにせよ化物が村の近くに居るかもしれない。オシラサマの件から日が経ち、やっと落ち着きを取り戻した奥多魔村に再び暗雲が立ち込める。穂積の家でも危ないという理由でその日の農作業は中止となった。その日は朝から雨が降ったり止んだり霧が出たりと天気もぐずっていて一日中家に居る事を強いられた。まだ齢十幾(よわいじゅういくつ)にもならぬ穂積には体を動かし足りないだろう。しかしそんな状態も長くは続かない。昼過ぎ、事態はまた急変した。

「峰さん家(ち)の達郎がおらんくなった」

 息を切らした老人が穂積の家を尋ねる。曰く、峰家の末っ子である達郎が目を離した隙にやんちゃな他三人の子供と共に山に入り、内三人は戻ったが達郎だけ逸(はぐ)れたらしい。各家の大人達が集められて救助隊を結成し、ぬかるんだ山へ分け入るようだ。ものの小一時間も経たぬ内に、救助隊は麻袋を担いで山から下りてきた。そこには両の眼を抉り取られ、死体となった少年が納められていた。捕食されたような後頭部の損失、鼻からの出血と倒れた際に出来た数か所の切り傷や打撲以外、争った形跡や防御創などの目立った外傷は見当たらない。達郎の母親は麻袋ごしに抱き付いて慟哭している。また雨が降り出していた。

 やっとぐずっていた雨も止んだ夜、一連の不穏な事態は続く。今度は玄関戸を荒く叩く音がする。穂積の父が対応に出ると、殺気立った男たちが数人押し寄せてきた。何事かと問うと彼らは興奮冷めやらぬ調子でこう喚(わめ)いた。

「今朝から続く怪事件はオシラサマの祟りだ。オシラサマの逆鱗に触れた余所者二人を今すぐ引き渡せ」

 何とか家の者が宥(なだ)めるが聞く耳を持たない。穂積は蒼い顔でユーマと麗奈にこの事を告げた。

「オシラサマの信徒達です。裏口から逃げてください。見つかったら何をされるか」

 もちろんユーマも麗奈も応じない。このまま逃げれば今度は穂積の家が奴らの標的にされることは眼に見えていたからだ。しかしだからとて奴らの前に出て来て、悪魔の力で焼き殺すのかと言われればそれも無理な話だった。紫波なら斬ったであろうが、彼らとて人。この村の住人なのだ。そんな二人に穂積は語気を強めた。

「この場は私達が治めますから心配しないでください。ここは逃げて、また春に蕗薹(ふきのとう)を食べに来てくださいね」

 幼い少女に諭され、唇を噛み締めながら裏口に出るユーマと麗奈。モグゥも心配そうな面持ちで犬小屋より這い出てくる。まだ雲が残る夜空は少し肌寒い。怒号はもう聞こえなかった。別れ際、穂積は二人の片手を自分の両手で包んだ。

「私は、貴方達を悪魔だなんて、思っていません。貴方たちのお陰で村は救われました。オシラサマの呪縛から解かれたんです。本当に、ありがとう」

 少女は二人の眼を見ながら言葉を区切って想いを伝えた。

「こちらこそ、とてもお世話になったよ。ありがとう」

「必ず戻ってくるからな、絶対無事でおんねんで」

 穂積はニコッと微笑んで、家に戻っていった。明るい家の灯が、ぼんやりと夜の闇に浮かんでいた。


 どのみち明日にはここを発たねばならなかったとはいえ、唐突な別れに二人は意気消沈していた。特に気掛かりなのはやはり一連の怪事件。テルミナの仕業も考えられる中、村を去るのは辛い決断だった。何ならこれから山に分け入って諸悪の根源を探し出し叩いてもよかったし、そうすべきなのかもしれない。しかし先に迫る使命を果たさなければならなかった。兎と村を天秤にかけた訳では決してない。村にはあと数十時間でG.I.A.F.が来るが、兎は他ならぬユーマが助け出さなければ間に合わないのだ。それにこれ以上村に干渉するべきではない。自分たちが過干渉すればするほど村は自衛力を失い、いつまでも紫波の様な人間を頼り続ける事になる。それこそ危険だった。そうやって自分にいくつも言い訳を付けて、ユーマは後ろを振り返らなかった。二人は街への方角とは逆、ステルミナーレの城"メギド"へ向かうのだった。

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