第5話「嘘つきは、だれ?」
大の字に寝そべったユーマはゆっくりと上体を起こす。左半身が焼けるように熱い。爆発に巻き込まれても、着鎧装甲(ガヴァリエーラ)には目立った外傷が無かった。
「……案外イケるもんやな」
手を突きながら重い腰を地面から離す。
「よぅおっさん。生きてんか」
少し離れた場所で同じように大の字に寝ていた環にのそのそと近づく。あちこち火傷して服が穴だらけになり、全身煤(すす)に塗れている以外は無事なようだ。
「なぜ……、加減した…… 」
目を閉じたまま、環が呟いた。
「あぁ?加減なんてしてへんわ。むしろ無事なんが不思議なくらいや。俺もあんたも」
ようやく冷めてきた左拳をさするユーマ。
「よく言う。これだけの事をしておいて」
改めて周りを見渡すと、そこは酷い有様だ。駐車場の至る所に爆発した跡やクレーターが形成され、特に最後の爆心地は一番大きなクレーターができていた。パーラー天下一匹のガラスは全て割れ、建物も半分煤と砂塗れだった。
「半分はおっさんが作ったやつやで、この穴っぽこ」
「しかしまぁ、この程度(・・・・)ではこの先苦労するぞ少年よ」
「よくもまぁそんな体制でそんな口が聞けたもんやな。せや、おっさん聞きたいことあんねんけど」
ユーマは伸びた環の横にしゃがむと、子供のように膝を抱えて顔を覗き込んだ。
「よかろう。この先に待つ者達、そして我が指導者であろう。その名は…… 」
「いやいやちゃうて。あんたのアフェクターってどんなやつなん。知りたいねん」
言葉を遮ってユーマは身を乗り出す。環は両目を一度見開くが、またすぐに閉じてしまった。煤で黒くなったワイシャツの胸ポケットから、右手の親指と人差し指で起用に摘まみ上げる。警察手帳だ。
「これに砕いた砂を引っ掛けるのだ」
「え、おっさんホンマに警察やったん!?アカンでホンマに悪いことしたら……」
ふっと環が微笑む。そこにもはや敵意などないようだった。
「あ、警察といえば。ガイアフォースのおばはん呼ばな」
すくっと立ち上がり、懐からベラールに貰ったあの追跡装置を取り出した。その青い玉を見て血相を変える環。
「やめろ。その玉を押してはいけないッ! 」
「アカンって 言わはるもんは、やりたなる。普遍の性(さが)どす。ちゃいますかぁ? 」
ユーマは環を見下ろしながら、わざとらしく言葉を区切って話す。その青い玉のくぼみにあてがった指に力を込めた
パーラー天下一匹事務所裏では、コンクリートの中をコアンダとなったベラールが泳ぎ回っていた。不意に水面(コンクリート)から飛び跳ねたかと思うと、液体から実体化した手に携えた小さなダガーナイフで兎を切り付ける。すばしっこい兎ではあったがこの不意打ち全てを避けきることは叶わず、体のところどころに大小さまざまな切り傷を作っていた。白いトレーナーは一部が切り裂かれ、また一部は赤く染まる。指先からは血が滴っている。
「フフ無様ね。私、嬲るのも好きだし殺すのも好き。でも、嬲って殺すのはもっと好き! 」
部屋全体にコアンダの笑い声が響く。「もっと楽しみたいけれど、そろそろあっちも片が付く頃合いだろうし、私達も潮時かしらね」
床から突然噴水のように水が湧き上がる。水の塊は兎を跳ね飛ばして後ろの壁に叩きつけた。だらりと脱力した兎の手足を、今度は壁から水のリングが噴き出してしっかりと拘束する。正面からゆっくりとコアンダが現れた。
「あなたのそのおなかの大きな傷、moche(モシェ)!とっても醜ぅーい。私が綺麗に治してあげる」
コアンダはいやらしく音を立てて、ダガーナイフをしゃぶり出す。水のような体は刃をも突き通し傷を作らない。非常に奇妙な絵面だ。しかし兎の笑顔は絶えなかった。全身拘束された上に、目の前ではサイコ女が下品にナイフを自分の口に出し入れしている様子を見ながら、クスクスと笑ってみせた。
「その薄気味悪い顔をやめろッ」
激昂したコアンダは兎の口の中にナイフを突き立てる。
「かわいそうなお姫様。お前はきっとおとぎ話のように、自分を救い出してくれる王子様(紅條ユーマ)を切望しているのでしょうね。でも現実はもっと悲劇的な結末。想像を絶する痛みで意識を失うこともできず、バラバラになった自分の手足(パーツ)を見ながら、寂しく一人孤独に死んでいく。ウサギの死に様としてはピッタリじゃあないかしら」
「ほへは、ひはふほ」
口にナイフを咥えながら、兎が何か喋る。何?と反射的に聞き返してしまうベラール。
ベキンッ
金属が折れる音。そんなまさか、この女。
「ナイフを……、噛み千切った……?? 」
コアンダは根元から折れた柄だけのナイフと、咀嚼するように顎を動かしている兎を交互に見比べた。
「美味しそうに一生懸命ペロペロしてた割には、別に美味しくはないんだぁねぇ」
兎はバラバラの金属片を、口の前で丁寧に揃えた両手に吐き出した。いつの間にか兎の拘束が解かれている。
「なっ……何ッ……。何なのッ……! 」
「あーそうそう、『それは違うよ』って言ったの」
兎の的外れな答えに、もう何から突っ込んでいいのかベラールには分からなかった。ただ徐々に、少しずつ、兎のオーラが変わっていく気がしていた。時間の経過と共に、それは気のせいなんかではないことがはっきりとする。兎の髪が緑色から紫色へ、頭皮側から毛先にかけて、まるでリトマス試験紙が色を変えていくようにすぅと染まっていった。反射的に後退(あとずさ)りするコアンダの両足。
「ユーマはね、私を救い出す王子様なんかじゃあない。変わった子でしょう?私がそうしたのよ」
兎は屍人のように俯いて、フラフラとこちらへ近づいてくる。
「それに私お姫様なんかじゃあないわ。寧ろ"煌(おう)"に仕える従者、二番目の悪魔(セコンド・ディアブロ)。我が名は、『ルナ・エマリーヌ・モナリスタシア』」
傷だらけだったはずの彼女の体は元通りの白い肌に完治していた。彼女の背後で何かが蠢いている。あれは、黒い翼……。
バサッと音を立て、大きな翼は無機質な部屋に黒のアクセントを加える。窓から差し込んだ太陽が逆行となり、兎の姿は黒一色となった。
「この……、化物がぁぁぁ! 」
震える足を液体にして、警棒を振りかざすベラール。その瞬間。
バリバリバリィィ
物凄い音を立てて、兎の背後の壁が窓ごと吹き飛んだ。急に照らされた太陽光にベラールが思わず怯む。兎は手を広げて夏の風が吹き込む窓へ、一歩ずつ下がっていく。兎の声は、まるで頭の中を掻き毟(むし)るかの如く反響する。
「我が主、貴様に裁きを下さん。信ずる神が居るならば、その名を捨てよ。案ずる先が在るならば、その希を捨てよ。貴様に永久の安寧を。我が煌(おう)に久遠の繁栄を。我らが闇、今来たり」
口上を終えると、兎は手を広げたまま2階の窓から後ろ向きに倒れて姿を消した。
何もかもが突然で、ベラールは脳みそが痺れる感覚に陥っていた。何だあの女は……。落ちた、のか?確かに後ろ向きに落ちていった。今あの窓の下を確認することが恐ろしくて堪らない。そんなことを考えていた矢先、突然黒い何かが飛び込んでくる。ヒッと腰を抜かすベラール。全身が黒い悪魔。これがあの女の言っていた主……?腕に何かを抱えている……女だ。しかし最後に見たおぞましい姿ではなかった。全身切り傷だらけの、緑がかった金色の髪をなびかせた少女。
「おやまぁガイアフォースのおばはん!随分ご到着がお早いですなぁ」
この黒い悪魔の正体は、紅條ユーマ!まさかこいつ、女の正体を知らないのか?ちらと兎を見ると案の定こちらを見返してウィンクし、人差し指を口元に添えた。ユーマがコアンダの視線を追って腕に抱く兎を見るが、彼女はすかさず気を失っているフリを決め込む。
そうかそうか、これならまだ勝機はある。何しろヤツはアレ(・・)に触れている。
「てか何で兎が窓から落ちてくるん、危ない危ないし。あ、それはともかくあんたがくれはった装置な、壊してしもたわ!なんかな、中からようけ水が」
「もういいわ。茶番は終わりよ紅條ユーマ。その様子だと、肉丸は死んだらしいわね」
出てきて……と惰性で続けるユーマを遮って、ベラールはコアンダでコンクリートに溶けていく。
「お、お、おばはん。体、溶けてんで」
ここでユーマは自分の身の上の変化にも気づいた。先ほど多量に吹きかかった追跡装置の水が、生き物のようにウネウネと体の上を這いずり回っている。
「うわっ!きもっ」
驚いて立ち上がるユーマ。その際抱えていた手を放してしまったため、そのまま再び地面にうつ伏せで落下する兎。気のせいか小さく痛ッと聴こえた気がした。
ユーマの腹で暴れていた水の精は、あっと言う間に黒い体を飲み込んでいく。装甲の中にまで入り込んでいるようで気持ちが悪い。
「紅條ユーマ。あなたは確実に殺さなければならない。今日確信したわ。あなたは、あのお方(・・・・)の障害になり得るッ」
液体に包まれた体の中から、コアンダの顔だけがニョキっと生えてくる。
「えらいお姉さん積極的やん。俺こういうプレイ慣れてないんやけど」
「全く、あなた達二人とも……。控えめに言って、病気ね」
なぜ今日会ったばかりの女に命を狙われ、病気とまで言われなければならないのだろう。ユーマはなんだかすごく理不尽に思った。
液体は更に量を増して、遂にユーマの着鎧装甲(ガヴァリエーラ)全体を飲み込んだ。言わずもがな呼吸ができない。必死に藻掻くが濡れ手で粟。状況は依然変わりない。次第に頭への酸素が足りなくなって、視界がぼんやりしてくる。これはいけない。あっけなく死んでしまいそうだ。
「あっけなく死んでしまいそうね」
喋ることもできないユーマの気持ちを代弁するコアンダ。まるで水族館の魚を眺めるように、外から憐みの眼差しを向けている。ハッと兎を思い出し後ろを振り返るが、未だうつ伏せの状態で不意打ちを狙っているようには見えない。
「信頼されているのか、はたまた呆れられているのか。まぁどちらにせよ、ここでさよならね。愛しの王子さ ま? 」
振り返ったコアンダは言葉を失う。黒い悪魔が赤くなっている。まるで茹で上がったロブスターかクラブのようだ。いやいやこの際どっちだっていい。こいつの能力は炎。空気の無い水の中から炎は出せない。小学生でさえ分かる常識だ。こいつが赤くなろうと白くなろうと、物理法則は歪まない。しかし明らかにユラユラと、悪魔の姿は歪んでいった。この世の理を、歪ませていくように。
小さな気泡が液体から一つ、また一つと浮かんでは消える。それは少しずつ数を増やし、次第に泡が黒い表面を覆っていく。コアンダが、沸騰しているのだ。
厭だ。何かが来る。しかしコアンダは目を逸らすこともその場を離れることもできない。化物と目が合っていたのだ。逃げられない。その間にも勢いが増していく沸騰現象(キャビテーション)。
刹那、悪魔の眼が赤くなった、気がした
ボコッと大きな気泡が目の前に現れた時、それまで死んだ魚のようにピクリともしなかったそれ(・・)の腕が突然動き出す。
バシャァァァ
コアンダが中から派手に破裂する。
「アァァァッッッッッツァァァァ!!! 」
飛び散った超高温の液体は、動けないベラールの全身に降り掛かった。顔を覆って地面に倒れると、その熱さに転げ回った。拘束から解かれた悪魔の体からは有り得ないほどの蒸気が上がっている。熱で空間が歪む。
「ええ湯加減やったわ」
くぐもった声が中から聞こえる。あの"ルナ"とかいう女が遠ざかったときとは逆をたどるように一歩、また一歩と地面に伏せたベラールに近づいてくる。
「たッ……、助け…… 」
覆った指の隙間から、ベラールが慈悲を乞う。彼女の体からも湯気が上がっていた。まだ赤く発光した鋼の手が彼女の髪を乱暴に掴み上げる。美しく整えられていた彼女のブロンドは高温に耐え切れず、プツプツと音を立てて千切れていった。
「さぁて、どう料理してくれようか」
「ひぃぃぃぃぃ……!!! 」
悪魔は大きな口を開け、ベラールの顔を引き寄せる。本来の着鎧装甲(ガヴァリエーラ)には有るはずのない、ホンモノの口。コイツはまるで、テルミナ
「と、見せかけて」
突然目の前で口をガチンと閉じ、手をパッと離す。勢いそのままベラールは顔面を地面にゴチンとぶつけた。
「実は外の筋肉おじさんが『生かしてくれ』言わはるんでな。慈悲深き我に感謝せよ」
しかし彼女は伏したまま微動だにしない。既に恐怖で気を失っていたのだ。
「あれ。もしもし?頭打った?え、もしかしなくても、漏らしてる?やだ死んだ?あれ。死んじゃった?もしもーし 」
「敵のお前に言うのも珍妙であるが」
環がぐったりしたベラールを背負い、未だ悪魔の姿を保っているユーマに話を切り出す。「ありがとう。約束を守ってくれて」
「ホンマにさっきまで殺しに来はった男の言葉とは思えんな」
ユーマはきまり悪そうにそっぽを向く。
「そうだ。珍妙ついでに、やはりアフェクターを渡してはくれないだろうか。これは君たちを守るためでもあるのだ。我らの命の恩人を」
環はまた顔をしかめる。ため息を一つついてユーマが答えた。
「あんたらなんでそんなに必死なん。確かにこのアフェクター、フェリシティは強いで。でもあんたらの方がよっぽど強い。ただ、頭が足りひんかっただけで」
環に背負われたベラールが殺してやると呟く。環は赤子をあやすように背負った彼女の身体を少しゆすった。
「致し方ない。負けた我々に権利は無い。だがこの先は修羅の道であることを忘れるな。全力で逃げることだ。この先君達を待つものは、私のような生ぬるい連中ではない。君達が選んだ道は、確実に間違った選択だ」
そう言い残すと、環はボコボコの駐車場を歩いて行ってしまった。
「負け組が人の選択とやかく言うなやアホ」
独り呟き、環と彼の背中にへばり付いたベラールを見送った。一体どこへ帰るのだろう。あれこれデジャヴュ……。
「あ、兎」
このクソ重い着鎧装甲(ガヴァリエーラ)を"フルちん"にならずに脱ぐにはあいつを起こすしかない。事務所裏に戻ると、まだ兎はうつ伏せで倒れている。よく見たらボロボロじゃあないか。これ、生きてるよな。そっと首筋に細く長い指で触れる。
「アァァァッッッッッツァァァァ!!! 」
聞き覚えのあるセリフ。兎が飛び起き、首を押さえながら転げ回った。
「あれ、まだそんなアチチやった?すまんな」
「すまんなちゃうわ!殺す気か! 」
半べそで兎が叫ぶ。結構本気で怒っている。
「しかも来るのちょっと遅いんじゃあないですかぃ?旦那、見てこれ。私ボロボロなんですけど! 」
「んなこと言うたって、こっちはこっちで絡まれててな。まぁそんなことよりほら、はよ脱がしてくれ。真っ裸で帰るのは堪忍やし」
はぁとため息をつく兎。前の主(・・・)はこんな手が掛かる人じゃあなかった。でもまぁ、これはこれで。首筋に手をかける兎。
「アァァァッッッッッツァァァァ」
「……、もうええて」
「見たまえ冨澤社員」
髙嶋が遠くを見る目で呟く。
「っす! 」
冨澤はテンポよく返事をした。
「お客様の避難が完了し、店に戻ってみたらこれだ」
「っす! 」
「いやおかしいやろ。なんやねんこれ。戦車でも乗り込んできたんか」
「っす! 」
穴ぼこだらけの駐車場。ガラスの割れた店。壁が崩れた事務所。
「よし、俺明日からラッパーで食っていくことにするわ」
「っす! 」
「お前、聞こえてへんやろ? 」
「ちょっとあまりの惨状に思考が追い付かなくて。でも自分、ヒップホップよりレゲエ派っす! 」
「なるほどなぁ。今日は残業やな」
髙嶋が遠くを見る目で呟く。
「……っす! 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます