第7話 生きる者たちの為に

「……特にないな」


 少し気が引けたが情報を持っていないかゴンダと泥潜蛇グランド・サーペントの死体を探る。

 どちらもほとんど収穫は無かったが、泥潜蛇に不審な点が見受けられた。それは酸性の毒液である。毒液を分泌する蛇系の魔物は存在するが、俺の記憶が確かなら泥潜蛇にそのような特徴は無い。勿論、魔物の専門家ではないため種族を勘違いしているだけかもしれない。

 しかし『寒い時期に活動する』という点においては全ての蛇系の魔物に当てはまらない特徴だ。


「環境への適応、が一番妥当な線か……」


 だが泥潜蛇が上空から出現したのはもう一人の仲間の仕業だろう。逃げる時間を稼ぐついでにダンテを口封じするとは、まんまとしてやられた。しかもこっちは顔を知られてこちらは姿も見えなかった。

 裏社会の連中が家族に危害を加えないよう周囲を警戒した方が良さそうだ。


「来世があるなら次こそ真っ当に生きろよ」


 俺はゴンダの遺体を埋める。悪人とはいえ俺が怪我させたのが原因で死なせたようなものだ。これくらいの事はしなければならないだろう。

 泥潜蛇も埋めようと思ったが脅威がいなくなったと知ってもらうため、人目に付きやすい場所に置くことにした。これなら商人たちがレブロック山脈に立ち寄りやすくなるはずだ


 ***


 怪しい男たちと泥潜蛇の戦いを経て、薬草探しを再開してから二時間が過ぎる。


「ああァ! もう見つかんねぇ!」


 何の成果も挙げられない俺はレブロック山脈のド真ん中で不条理を嘆いていた。


「何で見つからねぇんだよ! こんなに探してんのに……」


 膝を屈し両手を地面に押し付ける。

 歩き慣れない山道、体温を奪う寒さと大雪、そして広大な捜索範囲という高難易度な条件を突きつけられ、心身ともに疲弊しきっていた。


「眠い……」


 漏れる弱音を積もった雪を両手ですくい、顔面に押し当てて目を覚ます。

 そしてゆっくりと立ち上がり、おぼつかない足取りで雪道を歩き進める。

 しかし――――。


「こんなに大変なら来なければよかった」


 隠すことなく正直な思いを吐き出した。


「っていうか何で来たんだっけ? ああ、レイナのためだったな……はぁ、ツワリぐらい我慢して欲しいもんだ。前世の妻メレインはそんな様子なかったのによぉ――――違うだろ……」


 なかったんじゃない……


 俺はその場で立ち止まり、彼女との記憶を思い出す。

 メレインと結婚し、身籠った時も俺は変わらず国の最大戦力として戦争に出向いた。一緒に居たい気持ちはあったが、俺の代わりが居なかったから当時は割り切っていた。

 だが今こうして振り返れば自分の行動がいかに身勝手で彼女に寄り添っていなかったか理解できる。

 しかし彼女は戦争から帰って来たおれを温かく出迎えてくれた。食事の席では、辛かった事や苦しかった事を親身になって聞き入れ、何度も慰めてくれた。


 そんな彼女に甘えて、俺は何もしてやれなかった……。


 そんなだからレイナが妊娠した当初は驚いた。こんなに体調や機嫌が悪くなったり匂いに敏感になったりするのだと……。

 

「俺は本当にダメな奴だ。最愛の妻が苦しんでいる時、傍にいることも気づいてやることも出来ないなんて……」


 大丈夫か? そんな一言だけでも声を掛けられたら、と今更ながら後悔する。


 しかし、前に進むと決めたんだ! ならこの後悔は今を生きる者たちに活かすしかない。 


「母さんは……俺が助ける!」


 おぼつかない足取りでは無い、しっかりと前を見据えて雪を踏みしめた。


 ***


 更に二時間ほど時間が進む。空は変わらず真っ暗だが、太陽が昇る時間は確実に迫ってきている。

 メーデルに教えられた場所に辿り着いた俺は積もった雪をかき分けて目的の薬草を探していた。


「時間的にこれ以上は……」


 六時間以上も寒空の下で動き回っていたため、体の芯はすっかり冷えていて声が震えていた。


 でも諦めたくない、何もできなかったあの頃の俺にはもう戻りたくないんだ!


 凍ったように冷たい右手で雪を払ったその時、濃紫色の小さなつぼみが姿を見せる。そのつぼみは図鑑で見た薬草の色と酷似していた。


「――――⁉」


 期待を膨らませて周辺に積もった雪を払いのけると、濃紫のつぼみが一面に広がっていった。


「ついに……ついに見つけたぞぉ!」


 見つけた途端、全身の力が抜けて仰向けになりながらズリズリと雪の上を滑る。


「……起きろ。あとは帰るだけだ」


 睡眠欲を跳ね除けて起き上がり、両手いっぱいに薬草を持って山道を駆ける。


 正確な時刻は分からないが五時半だと仮定し、ロイドがどんなに早く起きても七時頃……つまり九十分以内に家に帰らなくてはならない。


 体力、気力ともに全快だった行きだけでも三時間近く掛かった。


 半分の時間で間に合うのか? 疲労困憊の俺に……?


「間に合わせるほかねぇだろうがァァ――――‼」


 頭の中で浮上する負の感情を大声で否定し、走りに集中する。


「……!」


 暗い雲の間に一筋の光が差し込む。光があるなら、が使える。


「【影移動シャドウムーブ】!」


 足元に広がる影の中に潜り込み、一気に加速した。


 王都に着く前に今後の流れを考えよう。

 まずは薬草を診療所、もしくはメーデルが気付きやすい場所に置く。そしてロイドにそれとなく診療所に行くよう促して薬を取りに行かせる、以上だ。

 様々なケースを考えておくべきなのだろうが眠くて頭が回らない。あとは未来の俺に任せよう。


 外壁を乗り越えた俺は、影の中から出て診療所の玄関前に薬草を置いた。

 少し怪しまれるかもしれないけど、この際どうでも良い! 


 そのまま家まで突っ走り、跳躍して窓から自分の部屋に侵入する。


「誰も来てないな……」


 安心したのも束の間、階段の軋む音が聞こえる。俺は服を脱ぎ捨てベッドに入った。


「おはようアルム、雪が積もっているぞ」


 ロイドは元気よくドアを開ける。


「おはよう……」


 俺が起きるのを確認したロイドは階段を下って行く。

 薬草を届けられた、家出もバレなかった、色々あったが作戦は成功だ。

 だが……。


「超ーゥ眠い」


 睡眠不足で頭がおかしくなりそうなのに、ベッドに入ったせいで完全に脳はお眠り状態に入ってしまった。

 だが、寝ることは許されず顔面に平手打ちをして何とか目を覚ました。


 ***


 昨日と同様、店は大繁盛し仮眠を取る暇も無いまま夕方を迎える。


「父さん、メーデルさんの診療所に行ってみよう!」


 明日に陳列する商品を運んでいるロイドに提案する。


「メーデルさん家の? 悪いけど明日に――――」


「母さんの病気に効く薬が手に入ったんだって」


「よし、今すぐ行こう!」


 持っていた商品を棚に置き、俺を抱えて診療所へ駆ける。


「本当なんだな、アルム?」


「メーデルさんが言ってたんだ!」


 数時間前、驚いた様子で店に来たメーデルはロイドではなく俺に声を掛けた。

 教えた薬草が翌日の朝、玄関前に置かれているのだから俺を疑うのはもっともだ。

 知らないフリをしようと考えたが、知らない奴からの薬草は使えないなんて言われたら俺の苦労が無駄になる。

 だから『冒険者さんに依頼したからです』とそれっぽい理由を並べると、メーデルもそれ以上は何も言わず、夕方に薬が出来ることを伝えて店を出て行った。


「メーデルさん! いらっしゃいますか?」


 ロイドは診療所の扉をやや強めに叩く。


「待っていたわ、ロイドさん」


 メーデルが扉を開けると手には白い小瓶を持っていた。


「そ、それが……!」


「ええ、奥さんの症状に効くお薬です」


「本当にありがとうございますッ!」


 ロイドは深く頭を下げ、俺も作ってくれた彼女に対して頭を下げた。


「お礼を言うなら、アルムちゃんに言った方が良いですよ……薬草が届くよう祈っていましたから」


「なんと……最高の息子だ!」


 ロイドはわしゃわしゃと俺の髪を撫でる。

 メーデルが依頼したことを言うのか一瞬焦ったが、良い感じに誤魔化してくれて助かった。


「お代は結構ですから、早く奥さんに飲ませてあげて下さい」


「……本当に、ありがとうございました!」


 ロイドは小瓶を受け取り、同様に俺を抱えて家まで走って帰った。

 調薬代すら請求しないなんて、本当に彼女には感謝しかない。次は彼女の欲しい薬草を取りに行ってあげよう……雪山以外で。


 息を切らしながら家に帰宅するロイドは寝室のドアを開ける。


「レイナ! いいお薬が入ったよ!」


 彼の足音に反応したのかドアを開けた時には目を覚ましていた。

 しかし顔色が悪く、気分が優れていないのは一目瞭然だった。


「少し静かにして、頭に響くわ……」


「ああごめん、でもこの薬を飲めば楽になるぞ!」


 小瓶の蓋を外してレイナに手渡す。薬の匂いに顔を歪ませつつも、少量を口に流し込んだ。


「……少し楽になった気がするわ」


 顔色はまだ優れていないが、久々に彼女の笑顔が見えた。


「薬の事はアルムが教えてくれたんだぜ。それにこいつが居なかったら店は回らなかったと思うよ。本当に自慢の息子だ!」


「……まだ八歳なのに、無理させてごめんね」


 レイナは俺の頬にそっと手を添える。


「夕飯を作ってくるから、アルムは看病していてくれ」


 やる気に満ち溢れた表情でロイドは寝室を出ていく。

 昨日より元気なだけ、マシな料理になることを期待しよう。


「母さん、水でも飲む?」


 俺は任された仕事をこなそうとするが、彼女は首を横に振った。


「看病は大丈夫。それよりも――――」


「えっ?」


 俺の背中に腕を回し、か弱い力で自分のほうへ引き寄せる。特に抵抗せず、彼女の力に身を預けるとベッドに顔を埋めた。


「疲れているでしょう、夕食までここで寝ていなさい」


 己のベッドを半分ほど俺に受け渡す。

 『真冬の山で魔物と戦いながら夜通し薬草を探していた』と勘付かれたわけでは無いだろう。疲労は見せないよう気を付けていたが、母親とは隠し事が通じないな。


「……うん」


 待ち望んだ眠りを抗うはずもなく俺は目を閉じる。

 レイナの温もりと落ち着く匂いで、瞬く間に眠りに落ちた。 

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