楽園の青い羽-Plumes bleues du paradis-~生きるためにハッカーになった俺。悪の組織に勝手にクローンAIを創られた。捨てられたAIは助けを求める~
Ꮚ˘ ꈊ ˘ To_ri
1.黒い片翼
「
「ああ、明日な!」
大学の友人と別れ、平日の表参道を歩く。
今日は空も蒼く、風が心地良い。
男にしては柔らかい髪が風に流され、イヤフォン型の通信デバイスがきらりと光った。
「トゥルルトゥルルル……」
駅に向かって歩き出すと、外耳デバイスの着信音が頭に響く。
このデバイスは骨伝導通信機であり、コツさえ掴めば声を出さずに音声認識が可能。また、蒼真が所有する全てのスマート機器に命令を実行させることができた。
「アロー」
蒼真が応答すると、何も無い空間に文字が浮かぶ。
『Bleuに告ぐ aile noire(黒い片翼)より
MerBleue 僕達が世界を壊す前に探し出して。
-www.ailesblancnoirplumesbleuesduparadis-』
この光学技術を用いた画像表示は、蒼真の目には認識できるが、他の位置からは見えない。
歩きながらでも画像がブレることもない。
「今どき、ホームページのアドレスとは古風な」
これは大学生の『林 蒼真』への連絡ではない。
裏の仕事の依頼だ。
テキストメッセージを読み、人の悪い顔がチラリと表面に出る。
「面白い」
普段は爽やかなK大学生を気取っているが、いわゆるゲスな笑みがにじみ出た。
この文章と文字の羅列の中には、ホワイトハッカーの仕事で使用しているの秘密の暗号が3つ使われている。
一般の人間は知ることができないし、知られる失態も犯したこともなかった。
『Bleuに告ぐ aile noire(黒い片翼)より』
第一の暗号は、蒼真の裏の顔であるホワイトハッカーのコードネーBleu、綴も合ってた。
蒼真を知る人間以外は、英語の
主にアジヤやアメリカで活動しているホワイトハッカーに対して、わざわざフランス語は使わない。だが、暗号としては、フランス語が正しい。
『aile noire(片翼の黒)』に関しては、今までの依頼者の中には該当者が居ない。警察機関や政府機関でもない、謎の人物だ。
第二の暗号は、『MerBleue(海の青)』。これはテロ対策の時に使う。
『MerBleue 僕達が世界を壊す前に探し出して』
そして最後は、単語に分けたアドレスの中に入っていた。
『-www.ailes_blanc_noir_plumes_bleues_du_paradis-』
『plumes bleues du paradis(楽園の青い羽)』
この暗号の意味は、救助信号。
つまり『SOS』だ。
『ailes(翼)』と『blanc(白)noir(黒)』も何を意味しているかわからない。
黒だけだと単数形片翼(aile)。
白と黒で複数形になるから、両翼(ailes)が揃うということか。
直接的に訳すと『片翼の黒より』、『テロ対策が必要』であり、『僕達』いわく『両翼の白と黒』を探して『救助』しろと言うことだ。
特定できない誰かが、何重ものセキュリティをかいくぐって、日本国が非公式に身分を与えているホワイトハッカーにコンタクトを取ってきた。しかも、救助を求めている。
その上、特定のアドレスを開くように求めていた。
たった3行のメッセージに、無視できないほどのホワイトハッカーBleuの暗号を使って。
「俺の存在をどこで嗅ぎつけた」
そして、どうしてここに連絡してこれた?
不確定要素が多い。
しかし、蒼真の性質上かなり好奇心を
吉と出るか凶と出るか。
『www.ailesblancnoirplumesbleuesduparadis』は、前後が欠ているがアドレスである事は間違いない。
無闇に開いたらどんなウイルスを踏むか解らない。こんな時の蒼真は強気だ。逆に捕まえてやるとほくそ笑む。
「Bonjour
「Oui」
AIが呼びかけに答えた。
このアズールは、蒼真のシステムに常駐しているアシスタントAIである。
「この通信者の居場所の特定を頼む」
「はい。…………」
「特定不可。経由先が多数で痕跡が消されています」
使えそうなハッキング用のプロジェクトを、アズールに指定しホームページの解析を命令する。Webブラウザに分析ソフトをプラグインし、追跡プログラムの名称や動きを特定するようなアルゴリズムを追加しコンパイルした。
「エラー無し。よし走らせてっと」
「Bonjour Azur。該当のWEBページを開いて」
「Oui」
アドレスの欠けた部分を補ってリンクを開いた。
現れたのは、白と青と血の赤のVR(ヴァーチャルリアリティー)の世界。
中に居たのは自分とそっくりなその世界の住人。
いや違う。
自分より4、5歳ほど若い、血だらけの少年。
「僕はノワール。君の人格を基に創られたクローンAIさ」
(こんな穏やかな昼下がりだというのに、この不快な話は何なんだ)
沸騰しそうな怒りを抑えて笑顔を作る。
だが、蒼真の目は笑っていない。
「この世でそれを創っていいのは俺だけの筈だ」
「怖い顔だね。自分しか愛さない利己主義な。Bleu」
「失礼だな。人類全般を愛してるのに」
「フッ、ブロンと同じ事を言ってる。誰も愛していないのと同じだろ。僕はアンタとブロンは好きだけど、他の奴はどうでもいいな。僕はアンタの黒い部分だよ」
鮮血が滴り落ちた。
ノワールは腕に視線を落とし、腕の包帯を巻き直す。
「ある組織がハッキングコンテストで優勝した15歳のアンタにに目を付けて、徹底的にリサーチしたのさ。両親の居ないアンタは、収入を得るようになるまで親戚と一緒に暮らしてた。そいつらが協力者」
蒼真は、両親が8歳のときに列車事故で他界し、遺産目当ての親戚に育てられた。
それは悲惨な状況で逃げ出したかったが、遺産を好き勝手に使いたいクズどものせいで家に軟禁されていた。
唯一の救いは、開発者だった父の残したOA機器と無数の関連書籍。
それを使って無我夢中にハッキングの勉強をした。
その甲斐あって、15歳でハッキングのコンテストに出場し優勝したのだ。
「彼奴等、コンテストの賞金をぶん取ったあとに、やけに親切だと思ったら、俺を売ってたのか」
―――――あの時は、あの家を出る為に当てにしていた賞金を未成年だからという理由で保護者に振り込まれヤケになっていた。仕方ないのでネットで荒稼ぎをしていた。
その時の蒼真だとしたら、このノワールは相当悪い奴だ。
「最初に創られたAIは、僕だけだった。余りにも凶悪で持て余した組織が、僕の枷としてブロンを創った。ブロンはアンタの良心さ」
テロ計画を弾き出させても、実行できるような内容じゃなかったわけだ。だからって良心が枷って。このAIの開発者は相当に偏った奴だ。
「それで? 白黒の双子のAIは何をさせられていた?」
ノワールは大人びた表情で不敵に微笑えんだ。
「決まってるだろ。スーパーコンピューターを使ってテロ行為の行動スケジュールの計算と爆薬の入手、設置場所の計算。情報収集」
15歳の思考には向いてない仕事だ。無茶しそうで任せられない。
最も子供じゃなきゃ、テロは止めようという考えに落ち着くだろう。
「組織の名称は?」
「組織特定に関することは言えないようにプログラミングされてるよ」
「だよな」
蒼真だって面倒事には巻き揉まれたくない。
しかし、自分が関わってるのなら話は別だ。
ここは腹を
「コピーを作って俺の所に引っ越してこい。場所を作ってやる。ついでに本体は凍らせておけ」
「了解」
ノワールを蒼真の管理するサーバーに移植し、自由に通信できるようにする。愛用の端末を介して、骨伝導ワイヤレスイヤフォンで会話可能な状態だ。
「俺への依頼内容を話せ」
そう言い放つと、ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。
---続く---
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