第5話

 亡くなった道子の夫だった健司の実家は、福岡県の郡部の築上町ちくじょうまちだった。元々農家である。彼は一人息子だった。そして、農業が嫌いであった。

 彼は、地元の小学校、中学校を卒業して、豊津高校に進学した。この学校は、昔は藩校で、由緒ある学校であった。彼は豊津高校から福岡市にある福岡大学に進学して、卒業後は、当時、勢いを増してきたス-パ-マーケットのタカラストア-に入社したのだった。

 そして、そこで、配属されたのが、ス-パ-マーケットのかなめである、生鮮食品部門の鮮魚課だったのである。最初の店舗は、天神店だった。そして、二年後に西新店の主任になり、小倉店、野間店を経て、香椎店のフ-ズラインの担当次長に昇格したのだった。二十九歳での次長昇格は、同期入社のトップであった。

 でも、彼は管理職を嫌って、退職したのである。そして、自分で魚屋をやりたいと言って、魚市場に転職したのだった。そこで、道子と知り合い、結婚して、念願の自分の店を持ったのであった。しかし、突然、病魔に襲われ、志半こころざしなかばでこの世を去ったのである。かれは日本の食品、特に生鮮食品の流通機構を改善したいという大きな夢を持ってい居たのだった。 

 

 一方、跡継ぎがいなくなった実家の農業は、両親が元気な間は続けていたのであるが、いよいよ体力が続かなくなったので、農地は本家の柳井一郎に買ってもらったのである。

 その後、両親は過去の蓄財と少ない国民年金で、慎ましく生活していた。しかし、一人息子の健司に先立たれて力を亡くしたのか、父親の創太は健司が亡くなった二年後に、母親の妙子も四年後に亡くなったのである。

 二人の野辺の送りは、柳井本家がすべて執り行って呉れたのだった。道子は、正一とふたりで、出席した。本家の柳井一郎が、全てを仕切って呉れたので、道子は本当に助かったのである。

 しかし、一つだけ健司の実家に関して問題が残っていた。それは無人になった家屋敷であった。土地と家屋の税金は、わずかな金額ではあるが毎年、道子が払っていた。勿論、名義も道子に現在はなっている。ところが、昨年より、築上町役場から空き家の解体工事の案内が、税金の納付書に同封されてきだしたのである。

 築上町では、空き家になった廃屋を撤去する方針を打ち出したのであった。そして、そのための補助金も出すとの事だった。

 道子は解体を決心したのである。彼女は、此の解体で、ことを思い付いたのである。この家屋は、築100年以上経っていた。いわば古民家である。田舎の家だったので、表と裏に井戸を掘っていたのである。どちらも深さ10メートル以上あった。そして、どちらも今でも水がいていたのだった。裏の井戸は生活用水として、手押し型ポンプで汲み上げて使っていた。最近はモータ-で汲み上げていたようであった。表の井戸は、防火用水として、火事の際などにで汲み上げて使用する為であったのかも知れない。

 道子は、この表の井戸に、老女の死体を埋め込もうと考えたのである。

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