第10話 第一幕 城塞都市 ②
〈ライヤ視点〉
ライヤたちが居を構える辺境領地、オリガミエ領から馬車で3日ほど揺られた先に、地方領地であるブルタンク領が存在する。
大陸最古の
万が一、オリガミエで抑えきれなかった
つまるところ――
「――う、うわあ。うわあああ。見てくださいエル兄様。ライ兄様。ひ、人が、あんなにいっぱいいますよ!」
王国全体で見れば田舎と称される辺境領に慣れ親しんだ者からすれば、その活気は、驚きに値するというわけである。
ブルタンク領の中央に座する城塞都市。
未だ都市の外周を囲う防壁にすら到達していないのに、周囲には、人が溢れていた。
自分たちと同じく幌馬車に揺られる旅人をはじめ、整備された街道には、荷台に大量の商品を積載した商人や、その日取れた作物や牛乳を配達する農家、貴人を乗せていると思わしき豪奢な作りの馬車に、遠征の帰りなのか草臥れた表情を浮かべる冒険者たちの姿が見てとれる。また城門周辺には、そうした人間たちが門を潜るまでの待ち時間を商機と捉えた商人たちが露天を開き、男娼たちが客を誘い、芸人たちが持ち技を披露して、人々の賑わいにさらなる彩りを加えている。
「うわー、うわー、すごいなー。ね、ねえねえ、クロちゃんも見てよ、ほら。門の外なのに、あんなに人がたくさんいるよ。あの人たち、魔獣が怖くないのかな? あんまり強そうには見えないし、護衛も見当たらないけど、襲われたらどうするつもりなんだろう?」
訂正。
眼前の光景に驚いていることには違いないが、その理由はやや、剣呑なものであった。
しかし当人としては、純粋な疑問である。
不思議そうに首を傾げる
苦笑を浮かべた白と黒の
「あー、そっか。ハルは
「いいですか、ハルジオさん。普通、あれほどの規模の街の周辺というのは、魔生樹は間引きされ、魔獣は駆逐されているため、安全が保障されているものなのですよ」
「そうそう。年がら年中
「ふ、ふええええ……そ、そうだったんだあ……。っていうかクロちゃん、物知りだね! すごいっ!」
「いやまあ、フツーに常識っスね。ハルはもっと、真剣に座学にも取り組むべきっス」
「そうですよハルジオさん。座学中、居眠りばかりしているからそのような醜態を晒すのです。あといい加減に、幌から顔を引っ込めなさい。ライヅの門下生としても、男としても、はしたないですよ?」
「う、うう……ごめんなさい、エル兄様あ……」
義家族に例えられるライヅ一門の兄役として敬愛し、また世の女たちの理想ともいえる美貌と品性を兼ね備えた男性としても尊敬するエルクリフに叱られて、ハルジオはしょんぼりと、その大きな身体を縮こまらせた。
何せ彼女は、身体こそ女であるものの……
心の性別は男であると自認している、
所謂『性同一性障害者』だ。
そのため普段から男らしく露出を控え、言動にも気を遣っているのだが、如何せん、生来の能天気さが足を引っ張っている。
しかし言い換えるなら、その純朴さはそれはそれで得難いものであり、胸の金言に『子どもの長所はとにかく伸ばせ』と刻まれている大男が、しょぼくれる鬼人に笑みを向けた。
「良い、ハルよ。無理をして、他人に合わせることはない。オヌシはオヌシの歩みを以て、オヌシの生を歩めば良いのだ」
「そうっスよ、ハル! オジサンの小言なんて、聞き流せばいいんス!」
「しかしエルの忠言もまた、オヌシのことを想ってのこと。それは違えてくれるなよ」
「その通りっスね! たまにはオジサンも、良いこと言うじゃないっスか!」
「……貴方のそのよく回る二枚舌、自分で恥ずかしいとは思わないんですか?」
「いやジブン、男の趣味に合わせる系の女なんで。むしろもっと、お館サマの色に染めてほしいっス!」
「これクロよ。あまり茶化すでない」
軽く頭を小突かれるものの、そんなお仕置きすらご褒美だとでもいうように、にやにやと相好を崩す
ちなみに幌馬車の内部においては、片面の壁にライヤが背を預けており、左右を白と黒の精人が挟み込む。その反対側に、幌から顔を引っ込めたハルジオが、足を畳んで腰を下ろした。
「そんなことよりも、お館サマ。それでそれで、どうなったんっすか? ハナシの続き、聞かせてくださいよー」
「ん、それは構わぬが……しかし内容は、オヌシも既知のものであろう?」
「んー、それはそうっスけど、それはそれとして、お館サマの口から直接聞きたいんっスよ。お館様の、昔のお・ハ・ナ・シ。城門までもう少し時間はあるみたいだし、問題はないでしょ? ね、オジサン」
「……まあ、強いて否定する理由はありませんね」
エルクリフとしても、ライヤの口から自分たちの大切な思い出が語られることに、悪い気はしていないのだろう。兄役がそのような消極的肯定を口にすると、弟役の鬼人もまた、紫苑の瞳を輝かせて先を促してきた。
仕方がない、と切り替えて、ライヤは過去の記憶を掘り返していく。
「そうだな。では拙者はそうして、『前世』の記憶を取り戻したのであるが――」
⚫︎
――記憶の糸が手繰られて、
今からおよそ十五年前。
ライヤの今世の肉体に、
前世の記憶が蘇った直後のことである。
頬に感じるのは、硬い床の感触。
全身を苛む激痛。呼吸困難。
間近に感じる死の気配。
そうした瀕死の少年の目に映ったのは、豚の妖魔と見間違えんほどに丸々と肥えた妙齢の女性が、嫌がる半裸の少年を撫で回している場面であった。
あとに聞いた話によると、この女はやんごとなき血筋の貴人であるそうなのだが、性癖と男癖が非常に悪く、この日も奴隷少年たちを買い集めては、獣欲を満たそうとしていたらしい。ライヤが記憶を取り戻す前の少年も、そうして買い取られた奴隷のひとりであった。
もはやその出自は定かでないが、この国では珍しい黒髪黒目が、彼女のお眼鏡に適ったとのこと。しかし彼は、豚貴族に反抗的であった。どれだけ口汚い言葉で罵倒され、折檻され、吐き気の催す行為を強要されても、それに唯々諾々と従うことはしなかった。
ゆえに棍棒を用いた暴行を受けて、
意識を失ってしまったのだ。
おそらくこのときに一度、
今世のライヤは死んだ。
全身の打撲に、一部骨折、内臓の損傷と、幼い命を奪うには十分過ぎる深手は、少年の魂に取り返しのつかない損傷を与え、同時に、その奥に眠っていた前世の記憶を目覚めさせた。
深淵に堕ちていく今世の人格と入れ替わり、一部が入り混じるようにして、前世の記憶と魂が浮上する。
そうして意識を覚醒させたライヤが、
いの一番にとった行動は――
「――チェストおオオオオ!」
「っ!? うお、なんだいこのガキ、急に息を吹き返して……っ!?」
兎にも角にも、あの豚畜生を成敗すること。
先ほどまで散々に自分を打ち据えていた棍棒を手に取り、前世における『氣』、今世における『魔力』を練りあげることで、重篤な肉体を無理やりに動かし、新たに少年を毒牙にかけようとしていた豚貴族へと突貫。
魂に刻み込まれたライヅの技を用いて、気を動転させた悪女を強かに打ち据えることで、その意識を刈り取ったのだった。
「……ふん、他愛ない。これならまだ、野豚のほうが歯応えあるわい」
「「「 ……………… 」」」
吐き捨てて。
のちに、そうした光景を唖然と見つめていた少年らに向かって、手を差し伸べた。
「……良し、皆の者、逃げるぞ!」
当然だがこの時点においては、
ライヤの意識は混濁している。
ここは何処で、自分は誰で、今がどういう状況なのか、判ずることなど出来はしない。
それでも行動に、迷いはなかった。
何故なら脳裏には、たとえ何度生まれ変わっても決して忘れることない、主君の玉言が刻まれていたのだから。
――いいかライヤ、どんなときでも、チビたちは守れ。
――それが先に生まれた人間の、役割ってやつだ!
たとえ自分が何者で、
どんな苦境や逆境であろうとも、
主君の命令を違えることだけはしない。
「さあ、拙者とともに、征こう!」
力強く差し出された手に、
無数の視線が注がれた。
【作者の呟き】
大柄巨乳童顔太眉の可憐な男性に憧れる和装系僕っ娘。
躊躇うことはありません。
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