やベぇヤツだった

千東風子

前編


 同い年。

 付き合って八年。

 ……フられて二ヶ月ちょっと。


 友人いわく、海外赴任している遠距離中だった彼女が向こうで結婚したそうだ。


「帰国を我慢できずに結婚しちまったのか!? 結婚したのに何で言わないんだ水臭い!」


 そう、友人が俺をカモろうと嬉しそうに電話してきた。

 俺と彼女が遠距離中のまま結婚したと思っているようだ。


 俺は彼女から何も聞いていない。っていうか、連絡断絶中。

 で、彼女は向こうで結婚したと。


 俺、存在を無視されて無かった者にされた、ということだよな。


 まあ、辛いけど、分かっていた部分も大いにある。


 そう言うと、友人は電話先で黙ってしまった。







 兆候はあった。思い当たる程あった。


 彼女との出会いは大学一年の時、「友人の紹介」だ。


 友人(女・腐れ縁・親戚のおばちゃんみたいな感じ)の彼氏が彼女の幼なじみで、一つのことに集中すると食事も風呂も忘れる彼女には、世話焼き婆の俺がぴったりだと、失礼なことを言って紹介してきた。


 俺がそうなったのは(自覚ある)、友人(朝起きない・掃除しない・片付けられない・食べたらこぼす・ほっといたら肉しか食べない)のせいだが。


 そんな失礼な紹介だったが、いわゆる日本トップ大学の彼女と、そこそこ大学の俺は不思議にウマが合った。まさに需要してほしい供給したいの一致である。


 学区が違うから接点はないものの、実家が同じ市内というのも親しみがあった。


 彼女は「ぽやん」としていてとてもカワイイ。何かのスイッチが入ると、本当に食べもせず寝もせず没頭するので、キリの良さそうなところでご飯を食べさせて風呂に入れて洗ってやる。もちろん色々スる。(健康な男なので)


 疲れて寝落ち(失神か?)する彼女を拭いて、もうちょっとシて、彼女が寝ている間に彼女の服にアイロンを当てたり、部屋の掃除をしたり、ご飯の仕込みをしたり、充実した時間を過ごすのが俺の日常だった。

 彼女の世話も大事だが、独りの時間も大事だ。(え、独りの時間じゃない? イヤイヤ)


 俺の友人(卵焼きを作ろうとして緑色の謎物体を作成できるスキル持ち)はドン引きしているが、友人の彼氏(緑色の物体を笑顔で食べる強者)は、ようやくお役御免だと、俺の手を取って泣いていた。それまでは、幼なじみである彼が自分の親から厳命されて面倒を見ていたらしい。ママ友ネットワーク強ぇな。


 ほぼ同棲のような大学生活を送り、卒業後は両家了承のもと、一緒に住み始めた。


 何やら小難しい研究を生業なりわいとしている彼女は、世界に名だたる大手企業に就職し、一年で海外赴任していった。二十四の時だ。


 一方の俺は、程々の企業に頑張って就職し、まだまだ戦力になりきれていないピヨピヨ君だ(自覚あるさ)。


 結婚するにはちょっとまだかな。


 彼女は、少なくとも三年は赴任するということで、今はまだ早いけれど、帰って来たら結婚しようと約束をした。お互いの両親にも挨拶した。


 それからはそれぞれの場所で頑張っていたのだが、彼女が赴任して三年目の夏前くらいから、メールの返信が無くなった。いや、今までも返信が遅いことはあった。っていうか、いつも遅い。

 なので、「返信がない」のではなく、「また返信が遅い」と思うことにしていた。(ポジティブだろ)


 向こうで彼女は激務のようで、いつ研究室にいるか、いつ会議をしているか、いつスポンサーにプレゼンしているか分からないから、そんな理由で電話はNG出ない。連絡手段はメールだけだった。


 週に一度はお互いの近況などをやりとりしていたが、彼女の返信が週に一度から半月に一度……一月後にやっと来たこともあった。俺、毎週送ってるけど。


 そんな状況の彼女が一時帰国するはずもなく。


 俺はスマホの写真を見て思い出をよすがにメールを送り続け、浮気することもなく(チャンスもなかった)、風俗に行くこともなく(我慢我慢我慢)、ひたすら一人前の社会人にならねばと、俺なりに頑張ってきた。


 彼女からの最新の返信が「いまいそがしい」。

 漢字に変換することもなくひらがな七文字。それが夏前のこと。


 いくら俺でもちょっと思うところはあった。


 彼女にとって俺ってもしかして面倒見てくれるだけの人なのか?(今更? とか言うな)


 彼女が生活不能者であることはとっくに彼女の会社にはバレているので、向こうでハウスキーパーを付けてくれている。生活が成り立ち、研究に集中したら、俺を思い出すことも無くなったのだろうか。


 俺は、心配もしたが、有り体に言えば、いじけた。


 俺からの週に一度のたわいのないメールを半月に一度にした。

 彼女からのメールは来ない。


 秋になる頃には一月に一度にした。

 彼女からのメールは来ない。


 彼女の「最新」メールから三ヶ月が経っていた。


 一応、治安は良いとはいえ外国なもんで、不測の事態を心配して、彼女の両親にしばらく連絡がとれない旨を連絡してみた。


 両親へは、両親からの厳命もあり、一月に一度は生存しているメールが来ているそうだ。


 俺には来ない。


 月に一度のメールを送り、冬が訪れるにつれ、これはいよいよ覚悟しなければならないかもしれないと思っていた。


 街がクリスマスカラー一色になる頃。


『お疲れさま。ちゃんとご飯食べているか? 身体を壊していないか心配しています。春の帰国スケジュールはどうなってる?


 電話でもメールでもいいから何かしら連絡をくれ。あ、でも良いから。返信が何も無くて心配している。

 もし、もう俺と連絡を取るつもりが無いなら、せめてそう言ってくれ。


 まだ、お互いの道が同じ方向に寄り添って進むなら、年内に連絡をお願いします。無ければ、悲しいけれど、もう会うことも連絡を取ることもなく、違う道を行くと判断します。』


 とメールした。俺からの最後のメールだ。


 女々しいって言うな。泣くぞ。まだ泣いてないからな、くそ。


 大晦日、ずっとパソコンの前に座り、メールフォルダをカチカチ更新しつづけた。


 そして、テレビの「明けましておめでとうございます!」を聞いた。


 受信(0)。(チーン)


 これは、あれだろうか、あれだな……。


 ああ、フられた、ってヤツだ。


 結婚の約束なんて、俺の存在なんて、彼女にとっては軽いものだったのかな。


 会いに行くかな。会ってちゃんとフられる?


 ……死ぬな。


 元カノたちの「あんたウザい」「ママよりうるさい」と罵倒されての別れが頭を過よぎる。


 一月は実感がわかなくて機械的に日常生活を送り、二月に入り、徐々にこみ上げてくる思いがあり、仕事に集中できずに小さなミスを続けてしまった。


 今、三月。


 予定では帰国するはずの彼女からの連絡はない。清々しいほどに一切。


 そんな折、俺の友人(黒くて粘性のある味噌汁を作り出す神の手を持つ)と彼氏である俺の彼女の友人(最近よく消化器科に入院する)がまもなく結婚する。


 式は春先で、彼女の帰国後のため、中々連絡が返ってこない彼女に参加強制の電話をしたらしい。


 奇跡的に電話に出た彼女は、友人たちの結婚を喜び、そしてこう言ったそうだ。


 あたしも結婚したんだ、と。

 そして、呼ばれたからじゃあね~と切られたとのこと。


 それで友人カップルから俺に電話が来たわけだ。(冒頭)

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