第18話





「うわ〜ん! 玲衣がいじめるー!」


 部屋に戻ると、突然莉亜に抱きつかれた。


 するとすかさず後ろからクッションが飛んで来て、莉亜の腰の辺りに直撃する。


「ぐぅ」


 そんな声を出して莉亜が倒れてくるので、一瞬支えそうになるが、思い直してそのまま身を委ねる。

 私たちはゆっくりと倒れ込んで、最後に莉亜が体をねじって、私を床で受け止めるように倒れ切る。

 予想通りただのじゃれ合いのようだ。それがなんだか面白くて、ふふと笑ってしまい、彼女もそれに続いて笑う。


「ほら、ふざけてないで、早くお風呂、入ってきなさい。」


 そう、後ろからちょっと強めの声が飛んできて。


「わかってるって! お母さん。」


「私は入ったよ、お母さん。」


 なんて二人で応える。ちょっと反抗的に。

 お嬢様も聞き分けが良く、私は従者として過ごしていたので、あまりこういう会話をしたことがなくて新鮮だ。なんだか楽しい。


「誰がお母さんって?」


 玲衣ちゃんがジト目でこちらを睨んでくる。


「あはは。」


 けれど莉亜は全く気にする様子もなく笑っている。


「けど、玲衣がお母さんか。毎日怒られそうで嫌だな〜。」


「ふふ、ちょっと楽しそう。」


「ひよりのお母さんなら喜んでなるけど、」


 そう言いながらこちらに来た玲衣ちゃんは、莉亜の頬をつねる。


「こんなバカ娘を産んだ記憶はございませんー。」


「いぃー!」


「はぁ、全く。」


 莉亜が私から離れて立ち上がる。


「それじゃあ、行ってくんね。

 ひよりちゃん、玲衣おばあちゃんには気をつけるんだよ。」


「おばあちゃん?」


 かなり低い声。

 そそくさと、じゃあね、と小走りに部屋を出た莉亜の横を、割と本気で投げられたらしいクッションが音を鳴らしながらかすめていった。


「はぁ。」


「ふふ。」


 机の方にゆっくり戻っていると、横で玲衣ちゃんがため息をついていて、笑ってしまう。本当に仲良しで微笑ましい。


 ベットを背にして座ると、


「ストレス溜まった。癒しが必要。」


 そう言われて横から控えめに抱きつかれる。


「オキシトシン?」


「うん。」


 こうやって甘えてくれる彼女が可愛くて、抱きついてきている腕を撫でる。

 人の温もりは、失い難いものだ。私の中でも確かに、幸せホルモンが巡っているらしい。

 ここ最近ずっと失っていた安らぎを感じる。


「ひより、ありがと。」


「うん?」


「私、もう莉亜とは関われないと思ってた。」


 私が、二人と話し始めた時、二人はお互いに全くの交流を持っていなかった。

 だから、二人が幼馴染だと聞いた時はびっくりしたものだ。


「なんか、高校に入って、1年クラス別でさ。その間に、あっちには友達たくさんできて。」


「うん。」


「羨ましかったんだよね。私友達あんまいないし、なんか見せつけられてるみたいでさ。完全に被害妄想だけど。」


 それは少し理解できる。私も、羨ましいわけではないけれど、お嬢様が他の友人と一緒に過ごしていると、切ない気持ちになる。いや、私の場合、その友達のことを羨ましがっているのかも知れない。


「だから、また話せて嬉しい。…あれには内緒だかんね?」


「うん。わかった。」


 少し力が籠るのを感じる。私も彼女の腕を抱きしめ返す。

「玲衣ちゃんもありがとう。私に話しかけてくれて。」


「ううん。ってかその後話しかけてくれてたのひよりじゃん。」


「あはは…。」


 そうだけれどそうじゃない。あの時、玲衣ちゃんが少しこちらに体を向けてくれたから、私も一歩踏み出せたのだ。

 だから本当に感謝している。

 あそこで玲衣ちゃんと話せたから。私は莉亜にも喋りかけることができた。


 しばらく、お互いに黙って過ごす。


「ところで、ちょっと聞きたいなって思ってたんだけど…。」


「うん?」


 めずらしく、目を逸らして、言い淀む玲衣ちゃん。


「あの…、さっき莉亜とも話してたんだけど、…白城さんとは、どうしたの?」


 なるほど…。その話…。

 お嬢様とどうした、か。

 なぜ喋らなくなったか、と言う話だろう。

 言葉に詰まる。どう答えたらいいかわからない。


「無理に答えなくていいよ。ただ、私も力になれたらって思っただけ。

 友達と話せなくなるのって、寂しいからさ…。」


「ありがとう。」


 そう私が答えると、玲衣ちゃんは少し安心したように笑って、私たちはたわいのない話に戻る。


 そのうち、莉亜が帰ってきたあと、玲衣ちゃんがお風呂に入って、テレビをみんなで見ていると、寝る時間になる。

 莉亜が、このまま徹夜しようよ!なんて言い出すが、流石に私も玲衣ちゃんも限界に近づいてきていて、寝ようということになる。


「そしたら、私こっちね。」


「えっ?」


 玲衣ちゃんが、布団の右を指して言いながら、ささっと布団に潜り込んでしまう。


「玲衣、ベットで寝るって言ってたじゃん。」


 そう莉亜が指摘するが、玲衣ちゃんは知らぬ存ぜぬの完全無視。


「ひより、ほら。」


 そう言いながら布団を持ち上げ、ここに入れと言うようにこちらを見る。隣から仕方なさそうなため息が聞こえる。


 でもせっかくだ。ちょっと布団は狭そうではあるけれど、みんなで寝られたら楽しそう。

 私は玲衣ちゃんに気を遣いつつ、布団に潜り込み、莉亜もそれに続く。


「それじゃあ、おやすみ。」


 楽しい1日だったな。そんなことを考えて、今日の思い出を振り返ろう、そう思ったのだけれど、いつも寝てる時間より遅かったせいか、私はそのまま疲れて寝てしまった。あったかい。まるで、4ヶ月前のように。

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