第9話 

(メイドのひより)




 週末、玲衣ちゃんの家で勉強会が開かれ、あっという間にテストの日がやってきた。木曜から始まり月曜日に終わったテストの感触は今まで通り。お嬢様には負けるが、その他の人には負けないであろうといった感じ。余裕があるわけではないが、中学校からずっとこの成績を取っている私にはだいたいわかる。

 今回は莉亜と玲衣ちゃんと点数で競い合っていて、どうやら勝った人は負けた人からごほうびが貰えるらしい。私たちの学校は、成績が張り出されたりする訳ではないから、相手の成績は分からないけど、自分の成績順はしっかりと出る。今回の競技種目は5教科9科目(英語がAとBの2つあったりする)の総合成績だ。ちなみに、莉亜は理系のみでの成績で勝負をしようといってきたが、それでは文系の玲衣ちゃんが不利になってしまうので却下(物理(お腹をつねられた))された。


 と言うわけで担任の先生が務める、次の数学の授業で成績表が配られる予定になっている。しかし、私はそれを前に、猛烈な違和感を覚えていた。


 おかしいのだ。成績が。

 厳密には、伝えられた教科内一位の数が。


 成績が教科内(科目内)で一位だと、それを教えてくれる先生が一定割合いる。それが約半分の先生だ。

 そして私が教科内一位を伝えられるのは大抵、1つ、多くて2つ。一位でない場合は、他の生徒や、特別お嬢様が一位であることが多い。


 でも今回私は4人の先生から教科内一位を告げられた。こんなことは初めてだ。

 成績が上がった。万年二位から一位の兆しが見えたと喜べればそうしたいが、どうしてもお嬢様のことを考えずにはいられない。私がお嬢様を越えられるわけがない。そんなことはあってはならない。


 今回のテスト勉強は変わったことは何もしてない。むしろ、二人といる時間が増え、今までと比べたら勉強効率は落ちていたはずだ。そしてそれは本当に少しだけ成績にも出てしまっていた。

 それなのに、なぜ科目内一位をこんなにも告げられるのか?

 科目内一位を必ず発表するように方針転換したのか?

 いろいろなことが頭をよぎる。そしてお嬢様への心配が頭を支配していく。


 そんな状態でいると、すぐに次の授業が始まってしまう。玲衣ちゃんに、莉亜に負けそうで緊張してる?とからかわれたが、私はそれどころではなく、自分の成績が今まで通り二位であってくれ。杞憂であってくれ、と願った。




 テスト返却から数日が経って、テストの総合成績表が配られた。現実は残酷なものだ。一位の成績表を握りしめてこんな顔をしているのは、この私くらいのものだろう。

「えー! ひよりちゃん一位だよ!?」っと私に抱きついている莉亜に返事をすることもできずに、私は、私が勝てるはずのないお嬢様のことを考えていた。



 気がついたら数学の時間は終わって、それどころか帰りのホームルームが始まっていた。急いで帰りの支度をしながら、先生からの連絡に耳を傾ける。

 明日は終業式で、明後日の土曜日から夏休み。私たちの学校は2学期制だから通知表の返却などはなく、授業を2つこなした後に全校集会があり、いつもより長いホームルームが終わったら正午に下校。最終日まで授業とか鬼畜かよ〜!と先生に抗議の声をあげる生徒もちらほら。とはいえ私たちのクラスの授業は体育と課外活動だから、ほとんど遊んでいるのと変わらないのでは?とも思う。

 最後に先生がもったいぶりながら、数学の夏休み課題を発表して、クラスの生徒半分ほどを灰にした後、満足そうに笑ってホームルームを終えた。


 皆が立ち上がり始め、私も後ろのロッカーから鞄を持ってこようとすると、部活の用意を持った玲衣ちゃんに片手で腰をぐっと寄せられた。


「ひより。」


 私と玲衣ちゃんの体の側面がくっついて、ほのかに彼女の匂いを感じとる。


「なんだか成績表見てショック受けてたみたいだけど、元気だしなよ。」


「私たちだけじゃなく、あの白城さんにも勝ったんだしさ。

 明日はご褒美で、たっぷり甘やかしてあげるから。」


 ね?っと彼女に微笑まれ、うん、と答えると彼女は少し安心したように息を吐いて教室を後にした。



「もうほんと信じられない。せっかく明日から夏休みなのに、よりによって今日あんなたくさん宿題出すなんて。」


 隣にぶつぶつと呪詛を吐きながら莉亜がやってくる。


「莉亜、夏休みは明後日からだよ。」


 律儀に訂正してあげると、


「実質明日からみたいなもんじゃん。だって、明日遊ぶし。

 でしょ?」


 と、いかにも不満げな莉亜がいう。


「そうだね。予定立てなきゃ。」


 彼女が喜びそうなことを言ってみる。


「ほんとだよ!来年は受験で遊べるかわかんないし、遊ぶなら今なんだよ!」


 どうやら前向きな話題になって脳が切り替わったらしい彼女は、目を星のように輝かせて、夏休みにやりたいことリストを高らかに宣言し始めた。

 私はそんな彼女を見ながら、落ち着きを取り戻した頭で、またお嬢様のことを考え始めていた。


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