第15話:清々しい朝じゃのぉ

 昨日は上手くいかなかったが、今日こそは目を見て感謝を伝える。

 そう心に決めてアナは散髪屋さんから教わった髪のセットに奮闘する。昨日の顔面凸凹男を見て、それでも気を遣わねばと思うのは天晴れ。

「お~、早いね。あ、これ新品だし使う?」

 Bのルームメイトも凄く厳格な武人、って感じの人になるかとびくびくしていたが、出会ってみればノリの軽いお洒落女子であった。

 夢は冒険で一発当てて人生上がること、ノリノリの俗物である。

「そ、そんな、悪いし」

「大丈夫大丈夫、買ったの忘れてたやつだから」

「じゃ、じゃあ遠慮なく」

「どぞどぞ~」

 気のいい同居人に恵まれ、アナも前向きになった。セリュとも友達となり、あとはアハトとも出来れば友達になりたい。

 やるぞ、とやる気と勇気を振り絞る。

「学食いこ~」

「うん!」

「……気合入ってんね」

 いざ、出陣。


     ○


「じゃから、わしゃあ何も知らん」

「僕はただ、君が何故見抜けたのかを知りたいだけだ」

「知らん知らん。わしゃ知らん」

 学食へ赴いたアナは若干ざわつく様子など気にも留めずに、アハトの言葉がした方へ振り向く。一緒に食べよう、ルームメイトを紹介するね。

 その言葉は、

「へ?」

「うーわ、なにあの子。まつ毛バチバチじゃん。ちょー美人」

 全部爆速で引っ込んだ。

 理由は明白、黒髪の少年と会話するおそらくアハトであろう人物がえげつない美形であったから。誰だ、何者だ、制服的に男子だと、あれが、俺たぶんいける、朝から下ネタ言ってんじゃねえ、などなど。

 騒然としている理由も昨日の凸凹大魔神と入れ替えに現れた中性的な美形男子の到来によるものであった。

 ついでに隣り合う黒髪の少年もかなりの美形。どちらも中性的で、男子のみならず女子の視線も二人して奪い去っていた。

 オーラが半端ない。

 眩しくて、

(うわあああああああ!)

 眼が合わせられない。

 昨日なら、昨日の彼なら、じゃがいもを数段凸凹にした彼なら、目を合わせられたのに、圧倒的陽キャオーラにアナの眼は焼き尽くされる。

 そこに、

「本当に顔見てなかったんだ」

「せ、セリュちゃん。あれは、いったい」

 Cで初めてできた友人、セリュが現れて声をかける。アナのルームメイトが「ども~」と挨拶し、セリュも「はじめまして」と返して、

「受験が同日の子はアナ以外驚いていないでしょ?」

「……あっ、本当だ」

 ファリアス国立学院は受験日を複数設けており(受験自体は一度切り)、一緒に受験して合格した者はそれほど多くない。だから、昨日の凸凹男で認識している同期も多かったのだが、セリュ含めて数名はそれ見たことか、という表情。

 たぶんあいつイケメンだぞ、と言って馬鹿にでもされたのだろう。

「初めからあっちが本当の顔。あれで変な訛りじゃなかったらモテモテだったでしょうね、異性に。もしかしたら同性にも」

「ひ、ひええええ」

 住む世界が違う、とアナは尻込みしてしまう。

「さ、みんなで朝食を食べましょ。私のルームメイトも紹介す――」

 ほら、一緒に日陰へ行きましょう、と手を差し伸べるセリュであったが、


「おお! アナではないか! ぶはは、おはよう! 今日もめんこいのぉ」


「め、めんこい!?」

「ちぃ!」

「うわーお、懐かれてんじゃんアナっち」

 ドタドタドタ、と駆け寄ってくるアハト。その背を影のように追う黒髪の少年。圧倒的顔面偏差値の襲来に膝が抜けそうになる。

「セリュもおはよう! 本日も学業に励もうぞ!」

「……おはよう」

「暗いのぉ」

「ちっ!」

 朝っぱらから元気いっぱいのアハトに圧倒される一同。まあ、仕方がない。彼はかなりの朝型人間である。逆に夜は早い。夕方にはちょっぴり眠くなる。

 若干前世のジジイ感覚が抜けていないのだ。

 そして――


「すっげーメンツ。びっくらぽんじゃん」


 朝食会場の一角に集う、この学年の注目メンバーたち。それもそうなのだ、Cの受験トップである首席(セリュ)がいて、全学年が注目する特待生で魔族、七大貴族『ノワール』の称号を持つ血統を継ぐ少年、クーもいるのだ。

 さらに昨日顔面凸凹より一夜明け、美形に変貌したある意味目立つアハトもいる。

「僕の質問に答えろ」

「わしは何も知らん」

 今朝、瞑想を経て復活したアハトの顔面を見てから、黒の剣士クーは先日遭遇した人物と重なり、びっくりしてからはずっとこの調子であった。

 わざわざ無関係なことに首を突っ込むのはもうこりごり。昨日の件も経緯もわからずに突っ込み過ぎた、と反省しているところ。

 明らかにそれ以上に面倒そうな案件には関わらない。

 そう決めたのだ。

「Bは体力づくり?」

「そーそー。前期は一日の半分が基礎トレ。大事なのはわかるけどしんどーって感じ。メイクも落ちるしさ~」

「お洒落さんね」

「ど~も~」

 俯くアナを挟み、セリュとアナのルームメイトが会話を重ねる。

「セリュってあのフォルジュ?」

「ええ」

「じゃあ、やっぱりクラブはソード? もしくはシルト?」

「検討中」

「さっすがサラブレッドぉ」

「どうも」

 会話のやり取りはいまいちわからないが、仲良きことは美しきこと、とアハトは若者たちのやり取りを見て元気をもらう。

 ただ、

(また元気がないのぉ。どうしたんじゃ? 下痢かの?)

 アナの様子は少々気になるが。

 まあそんな考えも、


「失礼しますッ!」


 怒声の如く響き渡る大声にかき消されたのだが。

「なんじゃあ、朝っぱらから声がデカいのぉ」

「あなたも大概だけどね」

「なんじゃと!?」

「事実」

 アハトとセリュが睨み合うも、その声の主がずんずんと突き進み、周囲の視線がその歩みと共に移動する。

 スーッと移動し、言い合う二人の方で止まった。

 つまり、

「おはようございますッ!」

「!?」

 アハトの背後で立ち止まり、持ち前の大声でアハトの耳朶をぶち抜いた。超音波攻撃を受け、アハトは眼を白黒する。

 声の主のその気はない。

「聞こえなかったか……おは――」

「聞こえとるわドアホゥ!」

「よかった」

 振り向いたアハトの前には両手に包帯を巻いた男が立っていた。そして、見紛うはずもない、天を衝くとさかも聳えている。

「……何の用じゃ? お礼参りなら後にせえ」

「今の俺が手も足も出ない御方だと言うことは理解しております」

「……?」

 え、なら何しに来たの、とアハトは首をかしげる。昨日の仕返しがしたくて呼び出し、仲間を加えてリンチでも、と思ったのだが。

「俺、中等部の一年までは結構成績良くて、調子に乗っていたんです。ただ人より体が出来上がるのが早くて、早熟だっただけなのに……案の定、途中から伸び悩んで、成績もどんどん落ちて、正直、高等部への進級は無理だと思っていました」

(い、いきなり自分語りじゃとォ?)

(す、すごい人。学食にいる人全員見ているのに動じていない)

(ある意味大物ね)

 アハトはおったまげ、アナも目を見張り、セリュは他人の振り他人の振り、とほんのり距離を取る。クーは無視して食事に勤しむ。

「自分でそう思ってるんです。周りもそう思っていました。でも、進級が決まって、周りは親父が手を回したって……あっ、親父ちょっとした金持ちで、この都市にも色々と顔が利くみたいで、俺もそうかな、って……ただ、親父に聞いても、先生に聞いても、当たり前なんですけど、実力だって言われるだけで……それで」

「とさかをおっ立てたわけじゃな」

「あ、これは元からっす。自分のポリシーなんで」

「……ほ、ほーか」

「で――」

(まだ続くんじゃの。わし、友達じゃったか?)

「――ちょっとグレて、そういうダチも作って、イキリ散らかしていたんです。親父への意趣返しみたいな……ダセーっすよね」

「あ、あやつらもここの学生なのか?」

「いえ、その辺のヤンキーです」

「部外者校内で連れ回しとったんかぁ」

「っす」

(思ったよりイカレとるの、こやつ)

 何故自分は昨日、あそこで口を挟んでしまったのか。あまりにも厄介な人物であった。自分の考えていた方向性とはまるで異なるものだが。

「あのクソガキ、有名な煽り屋なんですけど、わかっていたのにキレちまって、あいつらも煽るんで尚更こう、ぶち上がっちゃって」

「そんなんもおるんか」

「っす。Bが手を出せないことをいいことに、とにかく悪口をぶつけて煽り倒す連中が集まるクラブがあるんです。非公認ですけど」

「治安大丈夫なんか、ここ」

 昨日見た魔窟の如し工房棟もそうだが、このファリアス国立学院はどうやら単なる優等生が集う学び舎ではなさそうである。

「だけど、昨日兄貴を見て、俺わかったんです。このままじゃダメだって。兄貴の背中に、俺は漢をみちまった! だから――」

 とさかを立てた男は膝を折り、頭を、額を地面につけ、

(こ、この世界にもあるんじゃのぉ)

 DOGEZAの姿勢を取った。

 そして、


「俺を兄貴の弟子にしてください!」


 真っすぐな瞳、邪気のない、キラキラした眼は熱意に満ち溢れていた。

 ゆえに――


「嫌じゃ!」


 当たり前だがお断り、である。

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