第21話 旅人

「は…」


 剣を降り下す前にドリューが俺の前から消えた。いや、正確には魔石だけ残して消えた。俺は普段自動回収をONにしているので魔石がその場にドロップするなどあり得ない。


 何故やどこに行ったなどと様々な疑問が湧いて出たがすぐに消えた。


「…無事?」


 目の前にがあったからだ。


「!?は、はい!ありがとうございます…?」


 俺を助けてくれた?人は…エメラルドの髪を腰まで伸ばし、眠たげな紫の瞳を持っている、感情の起伏が乏しい表情をしたエルフだった。


 エルフ…エルダさんから教わった内容ともともと俺が知っているエルフの知識は、人間よりもMTAK、SPD、DEXが高く、それ以外は低い。手足はスラリと長く、耳も長い。自然を愛す種族であり寿命が長い代わりに子どもはあまり生まれない。だから他の種族よりも子どもを大切にしていると習った。


「あの…」


 そのエルフは客観的に見てとても美しかった。顔の造形も美しいが…そうじゃない。生き方だ。一目で生き方が美しいと感じた。


 そこにいるだけで圧倒的な存在感があった。所作、瞳、落ち着いた声…全てが完成されていた。エルフは長寿。個人差はあるが成熟したらそこから老いないらしいので年齢などはわからない…。だが、自分という個を完全に完成させた恩人からは長く生きていることを確信してしまう雰囲気があった。


 エルフは森の中に村を築いて生活していると習った。だからかとても森が似合っている。


「あなたは…?」


 綺麗な立ち姿からは森にこのエルフがいるのではなく、エルフがいるから森があると錯覚してしまいそうになる。存在感がありすぎて森がこのエルフを飾る装飾品になっている。


 とても美しく、そして…かっこよかった。もしかしたら助けられた事により多少美化しているのかもしれないが通常時に見ても少なからず同じことを思うだろう。


「…人に名前を尋ねるにはまず自分から名乗るべき。」


「そ、そうですね!すみません。」


 確かにそうだ。前世、学校では最初に1人ずつ自己紹介し、今世でも村育ちでみんな知り合いみたいなところがあるから全くの初対面の人に一対一で自己紹介をするなど久しくしていなくて礼を欠いていた。


「いい、人は失敗して成長する生き物。」


 前世でも聞いた事があるような言葉、格言だ。だけど、その耳心地いい声のおかげか不思議と耳にこべりついて離れない。


「俺はアレ——」


「私はクレマチス・リーンスフィア。エルフ、503歳。一人旅をしてる。」


 こちらに自己紹介を促しておきながら突然喋り始めた自由人気質なエルフに一瞬驚くがそれ以上に驚愕したことがある。


「……え、ごひゃっ」


「クレマチスと呼んでいい。」


 それは年齢だ。エルフは長寿というのは知っている。だがシスターや両親にエルフの寿命などを聞いても教えてくれなかったのだ。


 もしかしたらエルフが長寿というのは真っ赤な嘘で子供の幻想を壊さないためにしてくれていたのかと考えたこともあったがゲーム時代でもエルフが長寿という設定はあった。ならばそれは間違い無いのだろう。


 よって俺の考察はエルフは寿命に大きな個人差があるので明確に答えられなかったと考えた。


「……」


 視線を感じ、自己紹介をし終えていない事実に思い至りゆっくりと口を開く。


「……俺はアレン…8級冒険者です。」


 一人称を僕にするべきかや冒険者として接するならタメ口にするべきかなどが脳内を駆け巡った結果中途半端な口調になってしまった。


「…アレン、子どもが一人で森に来るのは危険。家まで送る。」


 クレマチスさんが子ども大切にしていることが一言でわかる。ありがたいがその申し出の答えは決まっている。


「ありがとうございます。でも、俺は冒険者としてここにいます。」


 助けられておいてその生意気な言い草はなんだと自分でも思うがこれは決めた事だった。


「……そう。なら私はもう行く。」


 現れた時もそうだがとてもフットワークが軽い。内心エルフについて色々なことを聞きたかったが助けられた上に根掘り葉掘り聞き出すのは流石に図々しいだろう。


「あの!今は何にも無いんですけど次に会った時に必ず恩を返します!」


 今は何も無いと言ったが実際は少しだがお金はある。だが、見返りを求めずに助けてくれたクレマチスさんは子どもからお金を受け取ろうとはしないだろう。だから次に会ったときに返すのだ。


「…私が手を出さなくても倒せてた…でしょ?ただ、私は子どもが攻撃されるのを見たく無かっただけ。」


 クレマチスさんは俺に恩を着せないようにしている。だがそれでは助けられた側は一生無意識に恩を感じてしまうだろう。


「でも、嬉しかったです!いつか恩は返します、」


だから返すのだ。


「絶対!」


 『絶対は絶対ない』というのは誰の名言だったか…もう覚えていないがそんな言葉があったのを覚えている。俺もその言葉には同意するが、それほどの覚悟という意味で口走った。


「…そう、なら覚えておく。またね」


 現れてからずっと平坦だった口の両端が僅かに吊り上がる。常人だったらその表情に見惚れていただろう。だがアレンは恩人同様微笑み、元気に返事をする。


「はい!」


 そう言い終える前にクレマチスさんの姿は影も形も無くなった。

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