間話 模擬戦

 俺はロウ爺には剣を振いたくなかった。


「…ほっほっほ、丁度いいのう。」


「?」


 ロウ爺が俺の後ろに目を向けて不敵に笑う。


 丁度いい?何のことだ?不思議に思い、ロウ爺の視線を追って振り返ってみる。


 するとそこには同じ村に住んでいるというのに数日前に初めて会った1歳年下の少年——


「グロウ君…?」


 ——グロウ君がいた。


「覗き見していたようでごめんなさい。」


「ほっほっほ、よいよい。ちょっとこっちに来とくれんか?」


「はい。」


 ロウ爺が手招きをしてグロウ君を呼ぶ。


 それにしても何故グロウ君がここに…?グロウ君のお母さんとは偶に話すがグロウ君は大抵は家で本を読んでいるらしい。村の端に来たという事はロウ爺に用があったのだろうか…。


「グロウ坊、アレン坊の模擬戦の相手をしとくれんか?」


「え」


 声を上げたのは俺だった。確かにロウ爺よりもグロウ君の方が模擬戦の相手としては適切であり俺も同世代とチャンバラごっこをしていると思えば剣を振るえるし効率的なのかも知れないが、グロウ君が剣を握ったことがないというのは数日間話したので知っていた。


 グロウ君はロウ爺の誘いに乗るのだろうか…?俺はグロウ君が剣を持って戦うイメージができない。それに、教会から二人で帰る道中…彼は同世代のチャンバラごっこを冷めた目で見ていたので体を動かすのが好きではない気がする…。


 結論、グロウ君は剣よりペン派だ。おそらく断るだろう。


「はい、いいですよ。」


「え」






 唖然としていたらいつの間にかロウ爺の〈木剣〉を持ったグロウ君と向かい合っていた。


「え、グロウ君ほんとに戦うの?」


「うん。」


 うんって…


「手加減とかできないよ…?」


「うん、全力で来て。」


 あれ、グロウ君ってこんな感じだったっけ…。俺の知ってるグロウ君は冷静…というか無気力な少年だ。けれどたまに今と同じように少し瞳が輝いていて——


「始める前に戦闘の心構えを教えようかの。」


 脳内で思考をしているとロウ爺の声で現実に戻らされる。


「「心構えですか?」」


「ああ、そうじゃ。これは魔物と戦う時も人と戦う時も重要な事じゃ。」


 心構え…。パッと思いつくのは心で負けないとか気持ちで勝つとかの精神論だろうか?


「これはわしの実体験じゃが…初めて格上の魔物と戦った時、とても怖かったんじゃ。」


「!」


 驚いた。何故か…普段あまり過去の話をしないロウ爺が真剣な面持ちで話し始めたからだ。


「その時のわしは腰は引けていて後ずさっていた…」


 ロウ爺は元3級冒険者…この世界では2級冒険者が実質トップなので2番目に強いランクと言っても過言ではない。


「気持ちでも負けていたんじゃ。」


 そんなこの世界の人類では最強格のロウ爺の心構えとは…。


「じゃが二本の腕だけは、剣だけは敵を見ていた。」


「ッ」


「心が裏切っても磨き上げられた剣は裏切らない。わしはそう思っておる。」


 磨き上げられた剣は裏切らない。今、その言葉が俺の辞書に刻まれた。


「老人の戯言じゃがの、ほっほっほ。」


「…その言葉、心に刻みました。」


「僕も同じです。」


 俺はまだ今の自分では勝てない強大なモンスターや危機的状況にはあっていない。だけどいつかは必ず起こることだ。忘れないようにしよう。


「さて、それじゃあ始めようかの。」


「はい!」

「はい。」


 ロウ爺の心構えを心に刻み、改めてグロウ君と向かい合う。


「ルールは、感覚で分かると思うが女神様の加護が半分になったら負けじゃ。自己申告するように。それ以外は特にない。準備はよいか?」


「はい!」

「はい。」


 両手で〈木剣〉を握りグロウ君をチラッと見る。初めて剣を握ったとは思えないほど様になっている。これが天才肌というやつなのかもしれない。


 だが、いくら天才肌と言ってもグロウ君はおそらくレベル1、対して俺は〈見習い剣士〉レベル9。圧倒的なステータスの差がある。


 接近戦で重要なステータス、要素はHP、ATK(攻撃力)、DEF(防御力)、SPD(素早さ)だ。そして〈見習い剣士〉で上がるステータスはその4つ+MPだ。MPも大事だがおそらくスキルを持っているのは俺だけなので使うのはやめておこう。


「それでは」


 ゲーム「ジョウキ」でもこの世界でもレベル1の時点でステータスは全て10だった。俺の主要なステータスは19。ならばグロウ君と俺の差は約2倍だ。結果は見えている。


 グロウ君には悪いが、負けるのは癪なので大人気ないが勝たせてもらう。


「…模擬戦開始じゃ!」


 ロウ爺の開始の合図と共に5m程離れた位置にいたグロウ君が俺目掛けて駆けた。その速度はレベル1とは思えない程、


「はやッ」


 速かった。下手したら俺と同じ、いやそれ以上に速いかもしれない。


 少し驚いたが頭の中は冷静だった。そもそも前提が間違っていたのだ。グロウ君はモンスターを倒した事はないがレベル1ではないのだ。


 これはエルダさんの授業で知った事だがこの世界の人間はステータスやレベルを見る事は出来ないがレベルが上がると実感できるらしい。


 そして、レベルはモンスターを倒すだけではなく訓練でも上がるらしい…。らしいというか最近実感した。(モンスターを倒す方が効率はいい)


 つまり、グロウ君は家で本を読んでるフリをしてコソ練をしていたのだ。


「ふっ!」


 俺の頭を上から容赦なく狙った一撃を〈木剣〉で受け止め……困惑する。


 …おかしい。いくらなんでも攻撃が


 相手のATKの正確な値はわからないがSPDが20だとしたらATKも20な筈だ。


 俺はステータス画面からジョブを変えられるが他の人はおそらくステータスが見えず、自分でジョブを切り替えられない。だから〈木剣〉を持てば自然と剣士系のジョブになり、ステータスもそう変わると言ったような旨が本に書いてあった。例外は一つの武器で二つ以上のジョブ適正を持っている武器だがグロウ君が持っている武器は確実に〈木剣〉だ。


「ふっ!はっ!」


 ならば、何故…?手加減している…?いや、する意味はない。


 もしや他のジョブをレベル20まで上げている…?いや、それは流石にないだろう。あんまり外に出ないというのは知っているし、訓練はレベル上げ効率が悪いというのは俺も知っている。


 数日前にモンスターを倒していないのにレベルが上がったのを不思議に思いエルダさんに聞いたのだ。つまりその1レベル以外は全てモンスターを倒して上がったということ…。感覚からも先人の経験からも訓練でのレベル上げ効率が悪いというのは確定だろう。


「どうした…考え事か?何を考えている?」


「いや、ごめん…。」


 戦闘中だというのに戦闘がお粗末になり気分を害してしまったかと思ったがその瞳を見てなんとなく違う気がした。


 そうだ、この瞳は


「はっ」


 ———本の内容を語る時と同じ目だ。


「ふっ!」


 その瞳を見て冷静になり、理解した。


 俺は愚かだということを。


 固定観念に囚われすぎていた。


 何故全人類の初期ステータスを10だと思っていたのか…。「ジョウキ」は仲間などは出来なかった。つまりプレイヤーは主人公のステータスしか知らなかった。今世でもそれは同じだ。


 だから初期ステータスは絶対10なのだと思い込んでいた…だがその考えだと矛盾が生じる。ゲーム時代でも種族によって特色があった。エルフは人族と比べてMATK、SPD、DEXが高くそれ以外は低いなど…。そしてゲームではマッチョなエルフなどもいた。つまり…。


 初期ステータスには個人差がある…?もしかしたら成長率の違いなんかもあるかもしれない。


 相手のステータスを確認する方法なんてゲームにはなかったし今世でも聞いたことがないので100%個人差があるとは言えないがほとんど確定だろう。


 漸く頭の整理ができた。


「ごめんグロウ君、少し考え事をしてた。」


「気にしなくていい。」


 考え事は終わったが戦闘はまだ続いている。


 SPDが同じだけならば俺が剣の腕前で圧倒していただろうがグロウ君は明らかに剣の天才だ。その証拠に俺の一撃はさっきから掠りもしていないのにグロウ君の攻撃は避けきれていなかった。


 いくら攻撃力が低いと言ってもこのままではジリ貧だ。


 スキルを使えば形勢逆転できるかもしれないが流石にそれは大人気なさすぎる。


 何か…何か活路はないか…?


「アレン坊、環境も使うんじゃ。」


 俺が攻めあぐねているのを悟ったのかロウ爺が俺とグロウ君に聞こえる声でアドバイスをしてくれた。グロウ君にも聞こえているから意味はないかもしれないが少し視野が広がった。


 環境…チラリと下を見てみるが雑草が生い茂っておる。木などは近くにはなく、小石などもない。雑草の下の土を拳いっぱいに握って投げるか…?いやそんな隙を見逃さないグロウ君ではない。


 ロウ爺は環境を使えと言うが雑草くらいしかないじゃないか…。雑草を千切ってグロウ君向かって投げ、視界を奪う?いや、奇跡でも起こって都合よく風が吹かなければそんな結果にはならないだろう…。


「くっ」


 だがそれしか思いつかない。…模擬戦なんだ、無謀な作戦でも試してみよう。


「はああ!」


 打ち合っていた剣を弾きバックステップをして距離を稼ぐ。


 〈木剣〉を左手に持ち、右手で草を毟る。


 やる前から結果がわかってしまう…本当に馬鹿げた戦法だ。


「ん?」


 賢いグロウ君は俺の行動を訝しんでるようだ。


 グロウ君との距離は3m程…。一発当てられれば推定レベル1のグロウ君のHPを半分くらいにはできるだろう…流石にHP特化型のステータスではない…はず。


 俺のHPはあと2回程当てられればHPが半分になってしまう。ここで決められなければ負けだ。


「いくぞ!」


 宣言と共に右手に掴んでいた雑草を投げ、すぐに剣を両手で持ち、グロウ君向かって走り出す。


「なっ」


 誰が出した声だったのだろうか、もしかしたら全員かもしれない。


 


 雑草と風のせいで耐えきれず目を瞑ったのが見えた。


 動揺している場合ではない。足で大地を蹴って跳び上がり、グロウ君の頭部向かって全力で剣を振り下ろす。


「はああああ!」


「ぐっ」


 これ以上ない程に綺麗に入った。グロウ君のHPゲージを見てみると3割ほどになっている。


「…僕の負けです。」


 こうして俺は対人戦初勝利を収めた。

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