間話 鍛錬
「師匠!おはようございます!」
「おはよう、アレン坊。」
今日は
初日は剣の握り方を教わり、師匠がアストリア流剣術の型を見せてくれた。なら今日は何をするのか…。
「冒険者や騎士を目指すのなら、心技体を鍛え、いついかなる時も冷静な判断をしなければならん。」
「はい!」
師匠が普段とは違う力強い声色で戦闘の心得を説く。
「技と体は昨日したことを繰り返せば上達するが、心は違う。心は人と人との繋がりで成熟するものじゃがその前段階としてこれから10分間の瞑想をしてもらう。できるかの?」
「はい!」
瞑想…。瞑想は得意だ。なんせ赤ん坊の時はやる事がなさすぎて生理現象以外は女神様への感謝と未来へ思いを馳せる事、
「ほっほ、いい返事じゃ。それじゃあ坐禅を組み目を閉じるんじゃ。」
「はい。」
地面、というか自然の芝生の上で坐禅を組み目を瞑る。
得意…だと思っていたが赤ん坊の時とは全てが違っていた。昔は坐禅など組めなかったし瞑想というよりは虚無だった。考える事が無くなった結果目を瞑って頭の中を空っぽにしていた。なんなら睡眠の前段階だ。
「…」
今は違う。手足が思うように動く。前世では決してみる事が出来なかった絶景なんかを見に行こうと思えば見に行ける…。
手が、足がウズウズする。止まってていいのかと体が心に訴えてくるようだ。焦燥感や高揚感がずっと燻っている。
それに赤ん坊の時は屋内で寝ながらしていたが今は外坐禅を組んで瞑想をしている。目を瞑ることによりふくらはぎに当たる雑草の感触が鮮明になりとてもくすぐったい。普段はあまり気にしていないが視覚情報を遮断したことにより小鳥の声や風音がやけに大きく感じる。
瞑想って難しいのかもしれない。
「…鼻から息を吸って倍の時間をかけて口からはき出してみるんじゃ。」
集中できていないことを悟られたのか師匠がアドバイスをくれる。
「す〜〜ふ〜〜〜〜」
言われた通りにやってみるとなんだか気分が良かった。ただ空気が美味しいだけかもしれないがそれを鼻だけではなく体全体で感じ取ったような…。
「無理して頭の中を空っぽにしなくて良い。手をお腹に当てて吸った空気と出ていく空気を感じ取るんじゃ。」
師匠の言葉と同時に体が動く…。
……
「…よし、終わりじゃ」
「はい。」
何分経ったんだろう。もう10分経ったのか…?眠っていたんじゃないかという錯覚を覚える。
「なかなか筋がいいのう…。」
「ありがとうございます。」
普通の5歳児を基準にされたら筋がいいのかもしれないけど…なんかちょっと気まずい。
「明日から少しずつ時間を伸ばして最終的には毎日30分間瞑想じゃ。できるかの?」
「はい!」
その時、雑草の感触は気にならなくなっていた。
◯
鍛錬の日々を続けて1年経った。当初は鍛錬の後フォレ森に行ってモンスターを狩る計画をしていたがフォレ森には月に1回の狩りで掃討できてしまう程度の数のモンスターしか湧かないため月に1度しか行っていない。
では鍛錬の後、何をしているのかというと…もちろん知識をつけている。
「ここ、アストリア王国には三大公爵家がある、ダルヴァン公爵家、グラヴィア公爵家後一つは何かわかるかい?」
「はい、エヴェリス公爵家です。」
「正解。」
ここはフォレ村に唯一ある教会。の祭壇の横にある扉の中の小さな部屋だ。
フォレ村では5歳になれば教会で老シスターのエルダさんが文字、地名、計算など様々なことを教えてくれる。
「アストリア王国を中心として北にミラルダ湖、東にアストリア大山脈、南に海、西にレオガオン獣王国がある。」
「はい!」
本来ならエルダさんは1度に数人に教えるが、授業が終わった後に気になった事を聞きに行く毎日を送っていたら放課後?に1対1で時間を取ってくれるようになったのだ。
「レオガオンの北にはエルヴァルト神聖王国があってさらにその先には未踏破のエルヴァルト大森林、」
始めは迷惑かなと思っていたけどエルダさんの表情を見ればわかった。エルダさんは人に教えるのが好きなのだ。ならば遠慮する事はない。気になる事などは全て聞いてしまおう!
「レオガオンの西にはドランガル帝国が、またその先にも未到破領域がある。」
「…アストリア大山脈にも未到破の地帯があるんですよね?」
「ああ、そうだね。」
同世代の子達には勉強が好きな奇妙な人に見えるかもしれないが別に勉強は好きではない。この世界が好きなのだ。
「なんで未到破なんですか?」
「簡単な事だ。ある程度進むと3級モンスターや2級モンスターが出てくるからさ。」
そんなこんなでエルダさんを質問攻めにしていた。
どうやらこの「ジョウキ」に似た世界では未到破領域があるらしい。
それを聞いて興奮しない俺ではない。ここが教会じゃなかったら楽しみで狂喜乱舞していたところだ。危ない危ない。
「さ、もういい時間だ帰りな。」
「はい、ありがとうございました!」
エルダさんは髪は白く染まっており、年齢を感じさせる手をしているが背筋はピンと伸び、その蒼色の瞳からはシスターなのに戦ったら絶対勝てないと感じてしまう雰囲気がある。元ヤンなのかもしれない…。
◯
「基礎ができてきたのう…」
「そうですか?」
数日後、いつもと同じように師匠の元に行き、瞑想と一通りの鍛錬をした後、終わりかと考えていたところで師匠が徐に口を開いた。
「そろそろ模擬戦もするかの。」
「っはい!」
模擬戦…実はした事がなかった。今までは瞑想や素振り、型などの基礎を身につけていたのだ。
「…さ、剣を構えるんじゃ。」
「…はい。」
剣を眼前に構える。いきなりの出来事だが焦ったりはしない。日頃の瞑想の成果が出たのかもしれない。
「どこからでもよいぞ。」
「…」
…おそらく俺の剣は師匠に掠りもしない。
この世界には女神様の加護、ステータスがある。攻撃を喰らっても痛くないしHPが0になっても加護が一時的に無くなるだけで無傷だ。
だけど
もう還暦を過ぎている相手に木剣で切り掛かるというのは俺の前世からの価値観としてはあり得なかった。
「来ないのかの?」
どうする…。
どうすればいい。
「来ないのならこっちからいくぞ」
瞬間、師匠が俺の世界から消えた。
だが風を感じた。
後ろだ。
師匠は俺の後ろにいる。
「っ!」
そう思考する前にただでさえ小さいこの身を折り曲げ師匠の木剣による恐ろしく早い一閃を間一髪躱す。
文字通り間一髪だ。
なんなら髪は掠っていたかもしれない。
「…」
しゃがんで避けた後、すぐに後ろに振り返り師匠と向かい合う。
「よ、容赦ないですね…。」
「ほっほっほ、怪我はしないからのう。」
なるほど、確かにそうだ。HPがあるから怪我をしない。だから模擬戦でも全力を出せる。それがこの世界の価値観なのだ。
「今度はアレン坊からきなさい。」
師匠は俺が…躊躇っていたのをわかって全力を出したのだ。
教えてくれたのだ。
俺の攻撃など当たらないということを。
当たっても痛くないということを。
「いきます!」
今の自分にとっての全速力で師匠向けて走り出し、
俺の木剣は師匠の木剣を狙っていた。
これは模擬戦とはいえ稽古。
師匠は俺を吹き飛ばすことなどなく木剣で受け止めてくれた。
「…アレン坊はやさしいのう。」
心では木剣が当たっても無傷という事はわかっている。親世代や同世代が相手なら容赦なく剣を振るえるかもしれない。悪人が相手なら振るえるかもしれない。
だけど俺は、ロウ爺には剣を振いたくなかった。
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