第19話 結界と尻尾


「なんで、そんなことを、あんたに教えなきゃいけないのよ────? いい加減にしてよ、もう!」


 意味不明な質問を繰り返す森山に、私は心底ウンザリしながら返答を拒否する。


 すると────


「朝、言ったろ。……これは大事な事なんだ。────いいか、よく聞け。渡辺……、お前の幼馴染、池野面太はな……、『魔王』なんだ。奴は魔王の力を持って生まれて来た、人間世界を滅ぼすかもしれない、危険人物なんだ」



 更に意味不明な返事が返ってきた。


 何言ってんの、コイツ?


 危ない妄想を並べ立てる森山に対し、私は恐怖を覚える。



 魔王がどうとか……、頭湧いてんじゃないの? 




 ドン引きしている私を置いてきぼりにして、森山の妄想は続く──


「奴の力は、神によって封印されている。……だが、その封印は────女とキスすることによって、解けてしまうものなんだ……」


 何その、馬鹿みたいな設定?


 キスで解けるって……もっと、ちゃんと封じときなさいよ。

 ────使えない神様ね。


 森山が面太の女性関係を調査している理由が、こんなものだなんて……さすがの名探偵でも、こんな答え、推理できるわけないわ。





「奴が女に相手にされない様に、封印がその『色欲の力』を押さえている。さらに奴の性欲を押さえてもいた。……だから、あいつが女に興味を抱いたり、女から言い寄られるようなことがあれば、要注意なんだ。────俺は天使からお告げを受けて、奴の身辺をこうして調査しているんだ」


 今度は、天使がどうとか言い出したわ。


 何なのよ、その妄想は……。



「まさか調査早々、これほどまでに、危険な状況に陥っていることを知るとは……」


 森山はそう言いながら、カバンから刃物を取り出した。


 なに、あれ……包丁?



 それを見て、私の背筋が凍る。


 これまでも、森山の常軌を逸した妄想や、敵意剥き出しの狂気じみた様子に対して、『怖い』という感情を抱いていた。だがそれは、『厄介な奴がいるな』『近づきたくないな』という類のものだ。


 しかし、あいつが取り出した包丁を見た今は、『早く、ここから逃げないと』という、切迫感にまみれたものになった。




 私は踵を返して、今度こそ、中庭から逃げ出すために走り出す。


 もう少しで、校舎の中……。


「はぁはぁ……」


 ここから下駄箱まで走って、靴に履き替えて……いや、そんな時間も惜しい。

 ────大声を出して、助けを呼ぼう。


 部活で残っている生徒は、まだ大勢いる!



 私は中庭から出ようと、ガラスドアを開け……行く手を阻まれる。


「キャッ!! えっ? ────なに??」



 中庭と校舎を仕切るガラスドアの所に、透明な膜の様な壁があって、外に出ることが出来なかった。


 私は弾力のある空気の壁に、押し戻されるように弾かれて、後ろに転んで尻もちを搗いてしまう……。



「なによ、これ────? 早く、逃げなきゃなのに……ここから出してよ。もう!!」


 私は立ち上がり、空気の壁を両手で叩くが、弾力のある壁を破ることは出来なかった。


 逃げれない────

 


 私の心に、絶望が広がる。


「無駄だよ、渡辺……この中庭は、結界で包んである。────この結界がある限り、ここから外に出ることは、誰にも出来ないんだ」


 森山が包丁を持ったまま、私に向かって迫ってくる。



「魔王が完全に復活してしまったら、人類がヤバいんだ。……だから、池野面太が好意を持った女は、『始末』しなければいけない……。そうやって封印を守るしかないんだ。────だって、そうしないと、人類がヤバいから……。だから、これは、人類の為、仕方ないんだよ。俺だってお前を、殺したくは無いんだ。けれど、殺さないと、人類がヤバい……だから、仕方ないんだ。これは、仕方ない事なんだ。分かってくれ渡辺、これは、仕方ないって奴なんだ。だって、そうだろ?────これは……」



 長ったらしい言い訳を並べ立てて、森山は包丁を構えて迫る。


 そして────





 ────ガキィィイインンンンン!!!!!!



 私から生えた『尻尾』が、それを受け止めた。

 

 ……なに、これ?

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