第2話:火曜日 励ましあい、歌いあう弁当
★
火曜日の昼、僕は再び「ほくほく弁当」を訪れた。
昨日、弁当が喋った――それが夢だったのか現実だったのか、まだ自分でも信じきれない。でも、あの弁当のおかげで、少しだけ気持ちが軽くなったのは確かだ。
「いらっしゃいませ。」
柔らかな声で迎えてくれる店主の姿は、どこか穏やかな安心感を与えてくれる。白いエプロンが、きちんと洗い込まれた布の柔らかな質感をまとい、整然とした清潔感が伝わる。
筋肉質な腕には年輪を感じさせる薄い傷跡がいくつかあり、それが彼の長い経験を物語っていた。ただ左腕には深くえぐれたような大きな傷があり、かつての激しい痛みを今も静かに秘めているように見えた。
ラグビー選手のようにがっしりした体格でありながら、どこか落ち着いた動作のひとつひとつには温かさが滲んでいる。
「今日はどれにしますか?」
少しだけ低く落ち着いた声が、こちらを気遣うように響く。その声は単なる客対応というより、本当に僕の体調を気遣ってくれているような優しさがあった。
僕は迷わずショーケースを指差して言った。
「特選幕の内弁当をください。」
店主は一瞬だけ目を細めて笑い、丁寧に弁当を手に取った。
「気に入っていただけたんですね。」
僕は昨日の出来事を思い出しながら、小さく頷く。
「ええ、すごく……元気が出た気がして。」
★
家に帰り、弁当をテーブルに置く。僕の目の前には、昨日と同じ特選幕の内弁当がある。おかずたちがまた喋り出すのか、それとも昨日の出来事はただの夢だったのか。
胸が少しだけ高鳴る。震える手で蓋の端に指をかけ、そっと持ち上げる。
蓋が完全に開き、湯気がふわっと立ち昇る――そしてその瞬間だった。
「やったー!おかえり!」
焼き鮭の声がテーブルいっぱいに響く。
小さなコロッケが入っていたり、昨日とはメニューがいくつかは変わっているようだった。
僕は思わず手を止め、ぎこちなく口を開いた。
「どうも……昨日はありがとう。僕はコージといいます、」
弁当たちは一瞬静まり返った――そして次の瞬間、歓声が湧き上がる。
「コージか、よろしくな!じゃあ俺たちも今日は自己紹介!」
焼き鮭がそう仕切ると、弁当箱の中から、我先にと騒がしく、次々と声が上がり始める。
だが、弁当箱の端にいる2つのおかずだけが黙ったままだった。一つは小さなコロッケ。もう一つは鮮やかな緑色をしたピクルスだった。
親分肌の焼き鮭が声をかける。
「おい、コロッケ、ピクルス、お前らも自己紹介しろよ!」
すると、ピクルスがため息をつき、不機嫌そうに言った。
「I’ll never fit into this Bento. Everything here is Japanese—beautiful, traditional. I’m just… out of place.」
(俺はこの弁当に馴染むことなんてできない。ここにあるのは全部、日本らしくて美しいものばかりだ。俺はただの場違いな存在なんだ。)
輸入品であるコンプレックスから馴染めないということは僕は少しは理解できたが,他のおかずたちは英語が分からないようだった。
そこで、きんぴらごぼうが低い声で語り始めた。
「違うからこそ意味があるんだ。」
ピクルスが顔を上げる。
きんぴらごぼうはゆっくり低い声でこう言った。
「The Bento itself is a metaphor for life. True harmony isn’t achieved by sameness—it’s created by diversity.」
(弁当そのものが人生の比喩なんだ。調和は“同じ”ことではなく、“違い”から生まれる。)
ピクルスは静かに問い返す。
「How can diversity create harmony?」(どうして違いが調和を生むんだ?)
きんぴらごぼうは静かに微笑む。
「Your bold tang from across the sea balances the richness of the fried foods here. You’re not an outsider. You’re the flavor that completes this Bento.」
(お前の海外からの大胆な酸味が、この揚げ物の濃厚さを和らげてくれるんだ。お前は“部外者”なんかじゃない。この弁当を完成させる味なんだよ。)
ピクルスの表情が柔らかくなり、静かに「Thank you…」と呟く。
焼き鮭が口を挟む
「何を喋ってんだ?」
「ピクルスはもう大丈夫だ。」
きんぴらごぼうはそう低い声で答えた。
そのとき、コロッケがポツリと呟いた。
「俺はだめなやつだ。」
その一言に、全員が彼の方を振り向く。
唐揚げが声をかけた。
「おいおい、コロッケ、何言ってんだよ?」
コロッケはうつむきながら答えた。
「俺は冷凍食品だ。一回死んでるんだ。冷凍庫で、何も動けず、ただ時間だけが止まった中で、俺の命は終わったんだって思ってた。こんな俺が、どうしてこの弁当に……?」
その言葉に、きんぴらごぼうが静かに語り始める。
「俺にはこう見える。“一度止まった命が、再び動き出した”のだと。」
コロッケが驚いた顔をする。
「お前は冷たく暗い場所でじっと耐え、そして再び揚げられた。その時間は無駄じゃない。それこそが、お前の強さだ。」
コロッケの目が潤み、小さな声で言う。
「俺にも……強さがあるのかな……?」
きんぴらごぼうは静かに微笑む。
「お前が今ここにいる。それだけで、お前は立派だ。」
コロッケは涙を拭い、少しだけ笑顔を見せた。
「……ありがとう、みんな。」
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コロッケの目に涙が浮かび、ピクルスが静かに微笑んだその瞬間、弁当箱全体に温かい空気が広がった。まるで舞台の幕が上がるかのように、焼き鮭が弁当の端から立ち上がり、堂々とした声を張り上げる。
焼き鮭
「たべてくれ!俺は、この弁当の顔だ!」
ふっくらした身を揺らし、湯気を纏いながら、力強く歌い上げる。
唐揚げ
「たべてくれ!俺は、弁当を盛り上げるスパイスだ!」
衣をカリッと鳴らしながら、中央でくるりと回転し、自信満々に声を響かせる。
卵焼き
「たべてくれ!優しさと温もりを、君に届けるために。」
ふんわりとした体を軽く揺らし、柔らかい声でサビを引き受ける。
切干大根
「たべてくれ!噛むほどに染み込む、俺の味を忘れるな!」
少し控えめに、でも芯の強い声で後押しする。
筍ご飯
「たべてくれ!この香りと歯触り!」
ほのかに香る筍を漂わせながら、底から弁当全体を支えるように歌う。
茄子の揚げ浸し
「たべてくれ!だしの旨味!」
じゅわっと染み出る出汁の香りを纏いながら、上品に歌い出す。
煮卵
「たべてくれ!」
その丸い体をぶるぶると揺らす。
きんぴらごぼう
「たべてくれ!」
深みのあるバリトンボイスで、弁当全体のハーモニーを引き締めるように響かせる。
ピクルス
「Eat me, please! I’m proud to be here!」
(食べてくれ!俺はここにいることを誇りに思う!)
英語で高らかに歌い、海外から来た自分の存在意義を声に乗せる。
コロッケ
「たべてくれ……俺も、君の中で生きたいんだ!」
震える声で、弁当の片隅から歌い出す。彼の声には、不安と希望が入り混じったような温かさがあった。
全員の声が重なり合い、弁当箱全体が一つの大きなハーモニーを生み出した。湯気がスポットライトのように彼らを照らし、全員が弁当箱の中で踊り出す。
「たべてくれ!
俺たちは、一つだ!
たべてくれ!
君の力になりたい!
唐揚げが回転し、焼き鮭が堂々と前に出る。卵焼きが優雅に揺れ、ピクルスは鮮やかな緑色を輝かせながら歌い続ける。最後には、コロッケが片隅から前へと歩み出し、全員の中心で歌い上げた。
「たべてくれ!」
その歌声に僕は胸が熱くなり、そっと箸を取った。
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僕は一つひとつ丁寧に箸を進めた。それぞれの味が見事に調和していて、どのおかずも自分の役割を全うしている。焼き鮭と唐揚げは相変わらず美味しいし、卵焼きの優しさが心に染みる。
ピクルスの酸味が弁当全体を引き締めていることに、改めて気づいた。そしてコロッケのホクホクした甘さには、彼がどんな道を辿ってここにたどり着いたのかを想像させる深みがあった。
全てを食べ終えたとき、体の奥からじんわりと温かさが広がる。ただの満腹感ではない。彼らの調和した力を、自分の中に取り込んだような気がした。
★
弁当たちは、お互い励まし合い,讃え合いながら「ハーモニー」を作り出していた。そして僕は、そのハーモニーをいただいている。
ただお腹を満たすだけじゃない。彼らの調和した力を、自分の中に取り込んでいるんだ。
今夜は弁当のおかずが英語まで喋り,さらにはみんなで踊り出した。僕は自分の頭がとうとうおかしくなったんじゃないかと思ったが、それでも,僕の心と体は昨日以上に軽くなっていた。
(火曜日の特製幕の内弁当)
1. 焼き鮭
2. 唐揚げ
3. 卵焼き
4. 切干大根
5. 筍ご飯
6. 茄子の揚げ浸し
7. 煮卵
8. きんぴらごぼう
9. コロッケ
10. ピクルス
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