ラブコメに出てくる新聞部 実はエッチ
三角テトラ
第1話 スキャンダル大好き♪
新聞部の部室は、ボロボロの部室棟の一角の、狭く薄汚い空間の中にある。
ろくすっぽ手入れがされていないので、壁には無数のヒビが入り、ペンキも所々がはがれて下地がむき出しになっている。
床は擦り切れて木目の部分が露出し、歩くたびにギシギシと嫌な音がたつ。
窓はひび割れ、風が強い日には冷たい隙間風が入り込む。
机や椅子も年季が入っており、天板は歪み、脚がグラグラと揺れる。
壁や机はマジックの落書きだらけで、彫刻刀で刻まれたものまである。
蛍光灯はチカチカと点滅するか、さもなくば切れており、教室全体が薄暗い。
新聞部部長の一色(いっしき)智(ち)世(せ)はそんな中で、黙々とノートパソコンに記事を打ち込んでいた。
彼は今はインタビューした音源を書き起こしている。
新任の教師、優秀な成績を修めた運動部の主将、学園祭のゲスト出演が決定したお笑い芸人のコメント、など。
「ふう……」
うーん、と背伸びをして、肩の骨をポキポキと鳴らす。
眼鏡を外し、眉間を指でつまみ、グリグリとツボを押す。
本当は、学生起業家やキュレーター的な活動をしているカリスマ編集者、学校教育現場でSDGsの理解促進に努めている大学の教育学部の教授のインタビューができればいいのだが、限られた部費では思うようにはいかない。
せめてこのボロボロの環境だけでもなんとかしたい。
もう少し良い部室に移動したい。
そして、この立ち上がるまでに数分かかり、画像データを何枚か貼り付けただけで固まってしまうオンボロなノートパソコンも買い換えたい。
その為には学園に新聞部の意義が認められるよう、質の高い紙面作りを行い、クオリティの向上を目指したいのだが……。
「うひゃ~~~! 先輩! ヤバい! ヤバいです~~~~~!」
バーン!と豪快な音を立てて、部室のドアが勢いよく開かれた。
ガタピシとボロボロの教室が揺れ、蛍光灯がチカチカと点滅し、天上から埃がパラパラと落ちる。
「うわぁっ! 急に何だ!」
「スクープですよ、スクープ! 特大のスクープ!
とんでもないスキャンダル発覚です!」
やんちゃな瞳を輝かせながら、少女が叫ぶ。
明るい髪質の無造作な髪型が、溌溂とした雰囲気を醸し出す。
「はあ……どうせまたくだらないゴシップだろ?
前回は同居している義妹と付き合っている破廉恥男子高校生の話だったっけ……」
眼鏡を慌てて掛け直しながら、智世はぼやく。
「ゴシップはくだらなくないです!
フィクションでは得られないリアルさが最高に魅力的な、極上のエンターテインメントです!
身近な人のゴシップなら尚更です!
前回の記事だってメチャクチャ話題になったじゃないですか!
あれは会心の出来でした!」
ふふん、と胸を張る少女は五十嵐立夏。マスコミ志望の高校一年生だ。
小柄な身体に有り余らんばかりのエネルギーを秘め、八重歯が覗く愛嬌たっぷりの笑顔を振りまきながら、ちょこまかと校内をせわしなく動きまわっては様々な噂を集めてくる。
カーテンや壁の間に隠れて会話を盗み聞きしたり、小型カメラやマイクを様々な場所に仕込んで盗撮や盗聴をしたり、挙句の果てにはインターネットでクラッキングまがいの情報収集をしたりと、高校生とは思えないような高度な諜報能力を誇っている。
ただ、そういった才能とエネルギーはゴシップ収集のみに活用されている。残念な天才児なのだ。
「まあ……確かに君の特ダネは凄いものばかりだけど……。
もうちょっと、普通の記事を書いてくれても良いんじゃないかな?」
「嫌です!
わたしはスキャンダルとゴシップが大好きなんです!
下世話であればあるほど、恥ずかしければ恥ずかしいほど良いのです!
隠されたものは必ず暴きます!
それがジャーナリストの使命です!」
きっぱりと言い放ち、大きく胸を張る立夏。
下世話であることがジャーナリストの使命ではないだろう、と流石の智世も苦笑する。
ここまで正々堂々と開き直られるとある意味清々しい。
「ふう……やれやれ……。で、『特大のスクープ』とやらは一体何だ?」
あかん、頭痛がしてきた。こめかみをぐりぐりと押しながら智世は尋ねる。
どっかりと智世の前の席の机に腰を下ろし脚を組む立夏。
椅子ではなく、机である。お行儀の悪いこと、この上ない。
「現生徒会長の真壁丈一郎と、副会長の花京院亜理紗。
この二人がデキているって、知ってました?」
「えっ? あの二人が? 嘘だろ?」
「ふっふーん♪ 良い反応です。合格です」
腕組みをした立夏が智世を見下ろしながら得意そうに言った。
「ふーむ、真壁と花京院が、か……」
顎に手を当て、考え込む智世。
智世が驚くのも、無理はなかった。
真壁家と花京院家は、どちらも製薬会社を経営しており、互いにしのぎを削り合うライバルなのだ。
特に真壁家の跡取りの丈一郎には、許嫁も存在した筈だ
丈一郎と亜理紗に男女の関係があると知れたら、大問題になるだろう。
「ねっ♪ ねっ♪ ねっ♪ 凄いでしょ?
わたしが、この足で探し出したスキャンダルなんだからねっ♪」
と、智世の目の前で堂々と脚を組み替える立夏。
智世はなるべく立夏の脚を見ないように目を反らした。
しかしスカートの奥が一瞬チラリと…………。
————否! 見えてない! 俺は見ていないからな!
なんとか冷静さを取り繕いつつ、智世は尋ねた。
「しかし……証拠はあるのか?
噂話をまとめただけでは記事としては弱いし、最悪の場合、新聞部が根も葉もない中傷を広めたとして、部そのものの存在が危うくなる。
俺や五十嵐さんにもそれ相応の処罰が下るだろうし、下手をすると訴訟にまで発展しかねない。
面白半分で取り上げていいネタではないと思うけど」
「証拠ですか……。
それに関しては問題があるのです」
立夏がむうっ、と唸り、組んだ脚に頬杖を付いて前かがみになり、真面目な顔つきになった。
真剣に話を聞いてくれたことに安堵しつつも、目の前で前かがみになられると今度は胸元が気になってしまう。
————見えてない! 気にしてない! 俺は立夏の胸なんて興味ない!
色即是空、空即是色と心の中で唱えながら欲望と煩悩を追い払おうとする智世。
「……で……問題とは?」
精神的に満身創痍な状態でなんとか会話を続ける。
「あの二人が、予備校の帰りに落ちあってラブホテルに泊まっていることはわかっているのですが、別々に入っているので一緒の写真が撮れません。
できれば内部に潜入して、二人でいるところの写真を撮りたいのです」
「なるほど、決定的な証拠に欠ける、というわけか」
「というわけで、先輩に手伝ってほしいのです」
「えっ?」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかった。
「一体どういうこと?」
「だから、私と一緒にラブホテルに泊まって欲しいのです」
「断る」
即答する智世。
「どうして俺がそんなことしなくちゃいけなんだ」
ゴシップの為にわざわざリスクを冒す気にはなれない。
智世は健全に高校生活を終えたいのだ。
何が悲しくて親や学校にバレたら問題になるようなことをわざわざすることがあろうか。
「——どうして? うーん、どうしてでしょうかねえ……」
斜め上を見上げながら顎に人差し指を上げ、わざとらしく考え込む仕草をする立夏。
「それは、これです!」
立夏が机から飛び降り、そのまま智世の膝の上に乗る。
そして、智世の頭の後ろに手を回し、己の胸に智世の顔面をぎゅっと押し付ける。
「わっ! 何をっ! むむむむむむむむむ……」
突然の事に動転する智世。
じたばたもがきながらも、顔全体で柔らかい胸の蠱惑的な感触を味わう。
爽やかな香りも嗅いだ気がした。
——ヤバイヤバイヤバイッ!
気を取り直して、なんとかこの天国のような地獄から抜け出そうとするが……
——カシャッ! カシャカシャカシャカシャッ!
刹那、すぐ近くでカメラを連射する音。
思わず音の方を見ると、立夏の手元のスマホには少女の胸に顔を押し付けた智世の画像が。
「うわっ! 何をするんだっ!」
「あららららー、先輩、最低ですねー、女の子の胸に顔を押し付けちゃってぇー。
いくら超絶メチャ可愛い後輩だからといって、セクハラをしていいわけではないんですよぉー。
ほらぁー、ばっちり証拠が残っていますねぇー。
いやぁー、これは問題ですねぇー。
いたいけで清らかな少女を腕力で押さえつけて、無理やり胸に顔を押し付けるなんて、言語道断、鬼畜の所業!
これは許せませんね。
こんな横暴、許されていいわけがないですね。
正義の鉄槌が下されるべきですね」
智世の顔面からさあっと血の気が引く
「イヤイヤイヤイヤッ! 違うだろっ! 明らかに逆セクハラだろ!」
「うーん、どうでしょうかねぇー」
再び上目遣いで人さし指を顎に当てて考える仕草。
随分と芝居がかっている。
「真実は、このスマホの画像に残っているんですねー。
後輩の胸元に顔を埋める先輩を見て、セクハラをしているのが誰か判断するのは、見た人に拠るのではないですかねぇ?
例えば先輩の親御さんとか、担任の先生とか、お友達とか、どう思うのでしょうかね?
試しに聞きに行ってみます?
LINEのグループで聞いてみてもいいですよ?
セクハラをしているのが先輩か、それとも私かは、画像が観測されて初めて決定するのです。
あはっ。シュレディンガーのセクハラ、なんちて」
「やっ、やめてくれっ! 頼むからっ! というか、消してくれっ!」
「嫌です」
「うわあああああああっ! 破滅だぁ!」
頭を抱える智世。
立夏がその頭をぽん、とやさしく叩く。
「先輩、大丈夫です。破滅なんて、この立夏がさせません」
立夏が天使の笑顔で微笑む。
「え……」
「先輩は、立夏と一緒にラブホテルに入って、スキャンダルの証拠をゲットするお手伝いをしてくれればいいんです」
「脅迫か!」
天使に擬態した悪魔の笑顔だった。
「人聞きの悪いことは言わないでください。
脅迫なんかではありません。
その証拠に、今すぐこの画像を拡散してもいいんですよ?
そうすれば脅迫ではなくなりますよね?
我々は正義を旨とするジャーナリストです。真実は常に暴かれるべきです!」
「わああああああああ!
やめてくれ!
わかった!
わかったから!」
立夏の言っていることはメチャクチャだが、最早交渉の余地はない。
「じゃあ、一緒に行ってくれますね♪」
「…………はい」
蚊の鳴くような声で智世は呟いた。
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