不惑の年だが

入江 涼子

第1話

 私は現在、四十歳になっていた。


 と言っても、昔は結婚していて相手もいた。確か、二歳くらいは上で名前をレンドルフと言った。身分は伯爵家当主だが。私と結婚はしていたけど、三年経っても四年経っても。子供ができなかった。

 仕方なく、六年目が過ぎた頃に離縁した。当時、レンドルフが二十七歳、私は二十五歳だ。

 そして、荷物を纏め、実家のある領地に帰ったのだが。

 これが今から、十五年前の出来事だった。


 現在は両親のいる実家もとい、メリルシア侯爵家のタウンハウスにて暮らしている。

 まあ、領地経営や家政を担う両親の補佐をしながら、何とかやっていた。


「……それにしても、ローズマリア。あなたがレンドルフ様と離縁して長い時が経ったわね」


「そうね」


「ええ、我が家には長男のギリウムや次男のグレンに子供がいるから、跡継ぎには困っていないけど。そろそろ、あなた自身の幸せも考えなさいな」


「はあ、けどアテがないわ」


「アテはあるの、ギリウムや奥方のルカリアさんに頼んであるから」


「……いつの間に」


 私は驚きを隠せない。母はにっこりと笑いながら、言った。


「あなた、今後も独り身でいるつもりなんだろうけど。私や父上も心配でね、せめてお見合いだけでも受けてちょうだい」


「分かった、けど。お会いするだけよ」


「それで十分よ」


 母はそうは言ったが。内心は納得していないと思う。メイドが淹れたお茶はすっかり、冷めていたけど。なんとはなしに飲むのだった。


 あれから、十日が過ぎた。今、季節は一月の下旬で寒さが厳しい。我がメリルシア領は北部に近いからか、雪が降り積もっている。

 そんな中、鷹がタウンハウスに飛んできた。いわゆる伝書鷹だ。よく訓練されていて、自室の窓をくちばしで突いて知らせてくる。私は立ち上がり、窓を開け放つ。途端にびゅうと冷気や雪混じりの風が中に入り込む。あまりの寒さに震え上がりながらも鷹を招いてやる。


「よく来たわね、アル。はい、これはご褒美のビーフジャーキーよ」


「ぴぃ!」


 鷹もとい、アルは高らかな声を上げた。私は厨房からもらってきたビーフジャーキーをちぎって少量を与える。本来は駄目なのだが。

 アルは昔から、これが好物だった。羽根をバサバサと動かす。私はアルがついばむのを見ながら、足首に取り付けられた小さな管から蓋を外した。中には巻かれた紙が入れてあり、それを出す。内容をざっと確認した。


 <ローズマリアへ


 元気にしているか?


 母上から話は聞いているとは思うが。


 お前に、縁談が来た。


 お相手は第二王子のハインリ殿下だ。


 春になったら、王都のシティハウスに来てくれ。


 詳細は悪いが、省く。


 それでは。


 ギリウム・メリルシア>


 簡単にこんな事が書いてあった。最後にあるように、差出主は兄のようだ。私はハインリ殿下をふと思い出す。確か、私と同い年で未だに独り身だったはずだ。王弟殿下であり、非常に文武両道で有名な方で。そんな高貴な方がお見合い相手とはね。そっと、書状を近くのテーブルに置いたのだった。


 あれからさらに二ヶ月が過ぎた。

 季節は三月の下旬になり、春真っ盛りとなっている。私は兄との約束通り、王都に来ていた。現在はメリルシア侯爵家のシティハウスに滞在している。兄一家もだが。


「ローズマリアさん、今日も良いお天気ね」


「そうね、ルカリア様」


 私がルカリア様と呼んだ銀髪に淡い紫色の瞳の年齢不詳の美女はにっこりと笑う。ちなみに実兄の奥方であり、三人いる甥っ子や姪っ子達の母でもある。

 ルカリア様は元々、公爵家の三女に当たった。五人いる姉妹の真ん中であったが。

 夜会にて出会った兄に一目惚れして、猛アタックしたらしい。そう言った意味ではなかなかに積極的な女性だ。

 まあ、明るく朗らかな性格の人ではある。


「んもう、わたくしの事はルカで構わないのよ?」


「いや、さすがに年長の方を愛称では呼べませんって」


「あら、わたくしとローズマリアさんは二つしか違わないわよ」


 私は苦笑いした。そう、ルカリア様は若々しい外見ではあるが。もう当年取って四十三歳。一番上の息子で甥のゲイルが既に十九歳だ。二番目の娘で姪のコレットは十七歳、三番目で同じく甥のサミュエルが十四歳である。

 皆、私をちゃんと叔母として慕ってくれていた。


「ローズさん、それはそうと。ハインリ殿下とのお見合いだけどね」


「はい」


「今日の三のとき頃にお越しになるから、そのつもりでいてね」


 ルカリア様に言われて私は背筋を正した。真面目な表情で頷いたのだった。


 三の刻になり、私は軽くお化粧や髪などを直して応接室にいた。ソファーに腰掛け、メイド長が知らせに来るのを待つ。手持ち無沙汰なのでお茶やお菓子を摘みながら、ぼんやりとする。


「……ローズマリア様、殿下がお越しになりました」


「分かったわ、今行きます」


 ドアをノックしてメイド長が知らせに来た。私はソファーから立ち上がると、深呼吸をする。エントランスホールに向かった。


 たどり着くと、既に背が高い男性やルカリア様の姿が見えた。男性は私と似たような赤茶色の髪を短く切り揃え、後ろに流している。見慣れた姿から、実兄だと分かった。


「あの、兄上。殿下がいらしたと聞いたのだけど」


「ん?ああ、ローズマリアか」


「あら、ローズさん。丁度良かったわ」


 兄に声を掛けるとルカリア様も一緒に振り向く。二人は対照的な瞳で私を見つめた。

 兄は鮮やかな紅色でルカリア様は落ち着きがある紫色だ。


「……殿下、こちらが我が妹のローズマリアです。マリー、挨拶を」


「初めまして、ローズマリア・メリルシアと申します。以後お見知り置きを」


「初めまして、ハインリ・ナイトレイと申します。よろしくお願いします」


 私は少し離れた所に佇む男性に目が釘付けになる。男性もとい、ハインリ殿下はレンドルフとは真逆の穏やかそうな方だったからで。

 レンドルフは見るからに神経質そうな顔をしていた。しかも、白金の真っすぐな髪に濃い緑色の瞳が麗しい超がつく美男だ。

 こんな最良物件、どこで見つけてきたのよ。

 まあ、私よりは年上っぽい気はするけど。


「とりあえず、自己紹介は済みましたし。マリー、殿下と庭園でも散策してこいよ」


「分かったわ、では。行きましょう」


「はい」


 私は前半を兄夫妻に、後半は殿下に向けて言った。ハインリ殿下は頷くと自然に片手を差し出す。戸惑いながらも自身のそれを載せた。キュッと握られる。二人でゆっくりと庭園に向かったのだった。

 


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