第12話
未だにその意味をケインは理解できていない。
気が緩んでいた彼はうっかり手を滑らした。小瓶が床に落ち、その音で我に返る。
「やべっ!」
小瓶は転がり戸棚の隙間に入り込んだ。
ケインは戸棚の隙間に手を入れて小瓶を探す。
「あった」
確かな手応えを感じたケインはそれを掴むと引っ張りだした。
しかし、先程の小瓶ではないことに彼は気付く。
握られていた物は小瓶ではなくネックレスであった。
「これは……」
そのネックレスには見覚えがある。
ナンシーが付けていた物にそっくりであった。
「いや、まさか……そんな……」
彼女は天使の卵の養分になっていたのである。
しかし、ケインは信じたくなかった。
彼は辺りに散らばっている衣服を入念に調べる。女性用の衣服から1枚の写真が出てきた。
それはロイドの家にあった2人が写った写真である。
ケインは気分が悪くなり薬屋から飛び出した。
「大丈夫か?」
シーカーが現れて心配してケインに近づく。
「こんなの……こんなのあんまりだろ!」
ケインは薬屋でナンシーを発見したことを伝えた。
「すまない、私が……不甲斐ないばかりに」
シーカーはナンシーのネックレスを取ると、手を合わせる。
2人はしばらくベンチにもたれかかった。
お互い放心状態で空を見上げる。夜空はどんよりとした雲に覆われて星や月の光が差すことはなかった。
「どうしてあんただけ助かったんだ?」
冷静になったケインはシーカーに尋ねた。
「それは……」
シーカーは口を開いたが声が出ない。彼は辛そうに顔を歪めた。
「私は村の近くにある古い廃屋に天使の卵が出現したと聞き、騎士団と共に駆除しに来たのだ」
シーカーはケインに目を向けず、淡々と話し始める。
「卵を守る天使は2枚羽根。簡単に思えたが村に到着する時間が遅く、既に孵化し始めていた。天使を倒しても卵は消滅せず……」
「卵が孵化して村は全滅したのか」
「気が付いたら私はあの部屋にいてレイチェルの服を持っていた」
「レイチェル?」
「私の魔導騎士だ。彼女は人の為に剣を振う心の優しい騎士だった」
シーカーは呟くように謝罪を口ずさむ。
ケインにはレイチェルへの感情の他に、村に対する罪悪感を感じた。
「ロイドには言わなければいけないな」
ケインは手に持っていたペンダントを掲げる。
ロイドには真実を言わなくてはならない。大切な人だったからこそ嘘をつくことはロイドを苦しめるからであった。
次の日、2人は民家に戻るとロイドにナンシーの不幸を伝えた。
ロイドは酷く取り乱していたが時間が経つと冷静に戻る。
「ナンシーは苦しんだでしょうか?」
彼は涙を浮かべてケインに尋ねた。
ケインは肉体の消滅がどれだけの苦痛を伴うか知らない。彼には想像すらできなかった。
「ナンシーは殺された訳ではないよ。肉体の消滅は痛みを伴わない」
レジーナはケインにかわり、そう告げた。
「そうですか……」
ロイドは庭にでるとスコップで穴を掘り始めた。
「何をしているんだ?」
「妻の身体はないけどせめてお墓があれば彼女が安らげると思いまして」
「スコップ、余ってないか?」
ケインはロイドと共にスコップで穴を掘った。
ある程度の深さまで掘るとナンシーの衣服と写真を入れる。
「いままでありがとう」
ロイドはナンシーに別れの言葉を告げた。
ケインは額の汗を拭い、ロイドの後ろ姿を見つめる。
休んでいるケインの隣にレジーナが近づいてきた。
レジーナはケインの隣に腰をかける。
「まだ、彼女が亡くなったことを知れて彼は幸せかもしれないね」
「どういう意味だ?」
「肉体が消滅したということは死体が何処にもないということだ。知らなかったら彼は彼女の亡霊をずっと追い続けていただろうね」
「諦めがつくと言いたいのか?」
「そうは言っていないよ。ただ、彼女の死を真っ直ぐ見つめることができると言いたかっただけだよ」
ロイドはスコップを持ち、ナンシーの遺留品を埋め始める。
その姿を見たレジーナは立ち上がった。
「私も手伝おうかな」
レジーナの魔法によりナンシーの墓は完成した。簡素ではあるがロイドはこれで満足している。
ナンシーのペンダントを墓にかけるとケイン達は静かに手を合わせた。
「ケインさんとシーカーさん、妻のペンダントを持って帰っていただいてありがとうございました。肉体がない彼女にとってこれが生きた証になります」
ロイドは改めて2人にお礼を言った。
「村は無くなり、ここも危険かもしれない。私達はレグステ城に行くけどキミも来ないか?」
シーカーはロイドにそう提案した。
近くの村も無くなった今、彼を守ってくれる人はこの地にいない。
「いや、ここに残ります。妻と一緒に建てた家なのでこの地を守りたいんです」
「そうか……分かったよ」
ケイン達はロイドに礼を言うとレグステ城を目指して歩き始めた。
道中、ケインは一言も話さない。
女騎士はケインの顔を見ると頭を掻いた。
「いつまで暗い顔をしている」
「ロイドには本当のことを教えてよかったのか考えていたんだ」
「幾らでも誤魔化すことはできたがお前はしなかった。それは彼を思ってのことなんだろ」
女騎士は優しくケインの肩を叩いた。
「お前が気に病むことではない。彼が立ち直ることを信じればいいのさ」
「そうだな……ありがとう」
ケインの顔は徐々に明るくなっていった。
女騎士はそれを見ると満足そうに笑みを浮かべる。
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