第8話
外では衛兵隊が飛び回る吸血蝙蝠と戦っていた。天使とは違い、衛兵でも吸血蝙蝠を倒す事ができる。
弓矢を放ち、次々と吸血蝙蝠を撃ち落としていた。
「おい!炭鉱から化物が現れたぞ!!」
衛兵の1人が坑内から現れた天使を指差す。
「よせ、攻撃するな!!」
ケインの警告は彼らの耳には届かず、弓矢の照準が吸血蝙蝠から天使に移った。
衛兵隊は弓を引き絞り、号令を待つ。
天使は雄叫びをあげてケインに向かっていった。
「放て!!!」
号令と共に無数の矢が天使に降り注ぐ。
しかし、天使の鱗は硬く矢を弾いてしまった。
天使の注意がケインから衛兵隊に移る。
衛兵隊は矢を装填して再度攻撃を試みようとしていた。
その時、天使は火炎を噴き出して衛兵隊を攻撃する。 火炎は衛兵隊の鎧の隙間に入り込み、肉体を焼き尽くした。
阿鼻叫喚と化した火の海はまさに地獄を彷彿とさせる。
ケインはその光景に耐えられず思わず目を逸らした。
「た、助けてくれ!!」
生き残った衛兵隊は剣を振り回して抵抗の意思を示していた。
天使は口から舌をチラつかせてゆっくりと近づいていく。
ケインは意を決して天使の背後を取ると剣を突き立てた。
剣は厚い鱗をものともせずに滑らかな動きで天使の身体に深く刺さる。
「食らえ!!」
ケインは刺さった剣を力一杯引き裂いた。 天使の背中は切り裂かれ鱗が辺り一面に散らばる。
天使は悲鳴をあげて尻尾を振り回した。
暴れ回る尻尾に吹き飛ばされたケインは地面に倒れる。
天使の3つの頭は完全にケインを脅威と見做した。
「そうだ。俺と戦え、蛇野郎」
ケインは口に溜まった少量の血を吐き、剣を天使に向ける。
彼は天使に向けて風の刃を放ち先制攻撃を仕掛けた。
しかし、その攻撃は天使の厚い鱗を切り裂ける程の威力は無かった。
「やはり、剣で直接斬るしかないか」
天使はケインに向けて火炎を噴き出す。
ケインは飛び退いてかわすと天使の懐中に入り込もうとした。
しかし、天使の3つの頭がそれを阻む 。3つの頭は交互に牙を剥き出してケインに噛みつこうとした。
彼は剣で牙を防ぐことしか出来ず、一旦距離を取る。
「死角を取るか……」
ケインは3つの頭に邪魔されない背後から攻撃する事を思いつく。
彼は素早く天使の周囲を駆け回った。
しかし、天使の頭の1つが必ずケインを捉えており背後に回れる隙が無い。
「走り回れば悪戯に体力を消耗するだけだぞ!」
聞き覚えのある声がケインの背後から聞こえてきた。
振り返るとそこには女騎士が立っている。
「お前は魔導騎士だ、魔法を使え」
「使えって言ったって」
「その剣にはレジーナ様の魔力が込められている。つまり、風の魔法を使う事ができるんだ」
天使が火炎を噴き、紙一重でケインはかわす。
「足に風を纏う想像をしろ。そうすれば敵の死角も見えてくるはずだ」
「死角……」
ケインは気を落ち着かせる為に目を閉じた。 天使は全方位を警戒している為に死角が無い。
真っ暗な世界で白い一筋の糸は上へと伸びていた。 唯一、天使の予期しない死角が1つだけある。
「風を纏うイメージ……」
女騎士の言葉を思い出して足に力を込める。
天使の3つの頭が同時にケインを目掛けて襲いかかってきた。
「飛べ!ケイン!!」
女騎士は咄嗟に叫ぶ。 その言葉と同時にケインは力強く大地を蹴り上げた。
彼の身体が宙を舞う。 風を纏ったケインの跳躍力は天使の巨体を飛び越えた。
「これで終わりだ!!」
剣に力を込めて天使の首目掛けて振り下ろした。
剣先は伸び、3つの頭を切り落とす。
天使は悲鳴をあげる暇も無く、地面に頭が転がり落ちた。 天使が見た最後の光景は切り離された自分の胴体がゆっくりと倒れていく姿であった。
「はぁはぁ、やった……のか」
息を切らしながらケインは額の汗を拭う。
女騎士は満足そうにケインに駆け寄った。
「まだ改善の余地はあるが……まぁ、悪くは無い」
「ああ、あんたが助言してくれなかったら俺は死んでいたかもな。ありがとう」
「なッ!?べ、別に好きで助言したわけでは無いぞ。私の腕が治るまでに死んでしまったら困るからな」
女騎士は顔を赤らめてそっぽを向く。
「魔法使い様が天使を倒したぞ!我々も続け!!」
ケインの功績は諦めかけていた衛兵隊の心に火を灯した。 衛兵隊は吸血蝙蝠に向けて弓を引き絞る。
天使が倒された姿を見た吸血蝙蝠は衛兵隊への攻撃を止めると撤退を開始した。
「まずい、あの量の蝙蝠を逃したら町に被害が出るぞ」
ケインは風の刃で吸血蝙蝠を倒していくも全てを落としきることはできない。
その時、上空に無数の球体が浮かび上がる。
球体に触れた吸血蝙蝠の身体は弾け飛んだ。
衛兵隊に紛れて黒いローブを羽織った女性が姿を現す。
「レジーナか!?」
突然現れたレジーナによって吸血蝙蝠は弾け飛んでいく。
地上に血の雨を降らせながらレジーナは無慈悲に詠唱を口ずさんでいた。
先程まで大量に飛んでいた吸血蝙蝠は数分も経つとレジーナの魔法により見る影も無くなった。
「掃除は任せたよ」
呆気に取られる衛兵にレジーナは涼しい顔で言った。
衛兵は我に返ると負傷者の確認をする。
「実に見事だったよ、ケイン。予想では明日の夕方までかかると思ったんだけどね」
「俺が天使を倒しに行くって知ってたのか?」
「最初から分かっていたよ。本当は隠れて見ている予定だったんだけど途中から彼女はいても 立ってもいられなかったようだね」
「レ、レジーナ様、それは違います」
女騎士は恥ずかしがりながら慌てて否定をする。
「ともかくありがとうな」
「フ、フン。剣の腕は申し分ないのだから魔法について見識を深めるのだな」
女騎士はケインに目を合わせずに先に宿へと帰ってしまった。
「素直じゃないな、彼女はあまり他人を褒めないんだよ」
レジーナはケインの頭を撫でる。
ケインは女騎士と少し距離が縮まった感じがして嬉しかった。
その時、町の方からハーメルが向かってくるのが見えたのでケインは手を振る。
「おお!天使を討伐して頂きましたか!!」
「まぁな。かなり手強かったけど倒したよ」
ハーメルは深々とお辞儀をする。
「ありがとうございます。これで元の日常に戻る事が出来ます、あなたには感謝しきれない」
「別に気にすることじゃない、仕事だからな」
傷だらけのメローナも前に進み出ると敬礼をした。
「無理するなって、まだ休んでろよ」
「いいえ、ケイン様が頑張って戦って頂いたのに私が休息を取るなどおこがましいです」
ケインはハーネスやメローナと他愛もない会話を楽しんだ。
レジーナはその会話に加わることなく天使の亡骸を確認する。
「1枚羽根か……」
レジーナはライラの聖鈴を取り出して再度、天使の卵がないか確認した。
ライラの聖鈴に反応はなく沈黙を続けている。 一先ずはロックが安全である事がわかり、彼女は安堵した。
ふと、吸血蝙蝠が向かっていた先を見る。 遠くの空には稲妻が走り、不穏な光景であった。
「レグステ城の方角か……」
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