第23話

 図書室を出てからもキャアキャア斉藤センパイにくっついている柚菜を、先に外靴に履き替えて昇降口で待つ。部活が終わるには少し早い時間で、下校するのはオレ達くらいしかいない。まだオレがいるのに気付いた柚菜は一瞬固まり、むっとした表情で傘を掴んで先に行こうとした。

「ちょっと待てって」

「何?」

「だからさ、ちょっと」

 ずんずん進む柚菜を追いかける。どうせ帰る方向は一緒だ。その様子を見ていたセンパイは、「またね」と手を振って別れていった。早足で歩く柚菜に正門で追い付くと、盛大に溜め息を吐かれた。弱い雨なのに、傘があっという間に濡れて雫が滴ってくる。

「何なの?」

「いや、ちょっとさ。話がしたいっていうか」

「ふーん」

 柚菜は視線を拒否するように傘を前に倒してきた。ぜんぜん話をするなんて態度じゃない。どうしたもんか。

「あのさ、合唱部どうすんの。もう夏休みになるよ」

「……行く。行くよ。夏休みの練習も、合宿も」

「じゃあ、斉藤センパイと勉強会は」

「べつに部活ずっとあるわけじゃないし。合唱部は夏休みは午前中だけだし、凛音先輩は午後でもいいって」

「あのさ、センパイも受験生なんだしあんまり」

「何なの」

 低い声に、続く言葉が出なくなった。傘で顔を隠したままの柚菜の声が震える。

「柊真さ、何か隠してるよね」

「何か、って」

「分かるよ、それくらい。何もなくって、凛音先輩と二人で作業なんてするわけないじゃん」

「いや、それは」

 柚菜の濃いめの赤の傘がぱっと後ろに倒れた。飛び散る水滴の向こうから、揺れる瞳が睨みつけてくる。

「私が邪魔ならさ、そう言えばいいじゃん」

「邪魔なんて思ってない」

「じゃあ何?同情してんの?かわいそうな奴だから面倒見てやるかーって?は?ウザ」

「だからそういうのじゃなくって。オレは」

「もういい。嘘つかれるのは嫌。じゃあね」

 ぱっと振り返って駆け出す柚菜を、追いかけなきゃと思いつつ足が出なかった。濡れて黒に近く見える赤い傘が、角を曲がって見えなくなるまでただ見つめる。

 隠してる、と言われて、何を話したらいいのか分からなくなった。セカイのことを言わずに、柚菜が納得するように説明できる気がしない。いや言ったとしても無理だと思う。この世界とは違う場所で変身して戦ってますなんて言われて、信じる方がどうかしてる。

 何も言わずに、柚菜がやりたいようにやらせてれば良かった?でもそれも何か違うと思う。どうしたらいいんだろう。

「あのー……」

 突然後ろから声を掛けられて、思わずニ、三歩つんのめってしまった。振り返ると、斉藤センパイが申し訳なさそうに立っていた。

「あー……あのさ、立ち聞きしようとかは思ってなかったんだけど」

「…………」

「なんか二人の様子がおかしかったからさ、気になって」

「……すみません」

「あーいや、うん……ごめん」

 お互い無言になったところに、静かに雨が降りしきる。先に口を開いたのは斉藤センパイだった。

「とりあえずさ、濡れないところに行こうか?」

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