第19話

「おはよう」

「うす」

 ニコニコ楽しそうな斉藤センパイの前で、オレは正座している。顔を上げられない。

 いつの間にか寝ていたようで、目を開けたら体育館の暗い天井が見えた。近い所からセンパイの顔が覗き込んでいる。センパイの膝の上に頭を乗せている、と気付いたところで飛び起きて、今に至る。

「よく寝てたね」

「うす」

「寝顔かわいかったよ。赤ちゃんみたいで」

「う……す」

 かわいいと言われるのは嫌だが何も言えない。二度目で恥ずかしさには少し慣れたが……いや無理。慣れない。なんなんだ今日は。今年分の恥ずかしポイント全部使い切ったんじゃなかろうか。

「あはは、そんなに気にしなくていいって。普通にしてて」

「うす」

 気にするなと言われてできるなら苦労しない。中二にもなって女の子にあやされて寝落ちしましたって……。埋めてほしい。物理的に。

「んー……。じゃあさ、あたしもちょっと恥ずかしい話。これでチャラ。ね」

「はあ」

 少し困ったような顔で笑っていたセンパイが、すっと真面目な顔になる。オレも思わず背筋を伸ばした。

「まあ、うすうす気付いてると思うけど。今まで出てきてたアクイはさ。あたし関連なわけ」

「はい」

 毎回同じアクイが出てくる。アクイに対するセンパイの複雑な表情。メフィの『すべては君次第』という言葉。そして、今日出てきたオレと関連するセカイとアクイ。あの女の子モドキがセンパイと何か関係があるのは嫌でも分かる。

「あれね、あたしが好きだった子」

「はい。……?」

 よっぽどオレが不思議そうな顔をしていたのか、センパイが吹き出した。緊張が和らいだようで、表情の硬さが消えている。

「あたしね、女の子が好きなの。恋愛的な意味で」

「はあ」

「あー、柊真には難しいかな、こういうの」

「いえ、べつに」

「あ、だから柊真は対象外っていうか。ごめんね」

「いえ、何も」

 むーっとしたオレの頬をつんつんつついて、センパイが笑う。子供扱いされて揶揄われるのは嫌いだが、センパイはたぶんこれから言いたくないことを言おうとしている。こんなんで気持ちが楽になるなら、いくらでも言ってくれて構わない。

「……あの子はね、小学校の時同じクラスで。すっごく可愛い子だったんだ。おしゃれで、何て言うのかな、自分が可愛いってのをよく分かってて。頭の良い子。本当にね、大好きで」

「はい」

「あたしもわりと人気あったからね。ミニバスやってて、かっこいいとか言われててさ。それで、小五の三学期にね、告白したんだ。一生懸命好きって伝えて。そしたら、いいよって言われて。本当に、舞い上がっちゃってさ」

 言いながら、センパイはすごく優しい表情になった。どれだけ嬉しくて幸せなことだったのか伝わってくる。

「で、二人でメッセージ送り合ったりしてね。好きなところを教えてって言われて。必死に考えてさ、送ったんだ。そしたら、」

 センパイの顔がぐにゃっと歪んだ。唇が小さく震える。

「それ、クラス全員に晒された。『きも』って一言添えて。笑っちゃうよね」

「────」

 何も言葉が思い浮かばなかった。俯き目を逸らすセンパイが、ぽつぽつ続ける。

「後でさ、他の子から最初の告白も流れてきたって教えてもらった。わざわざ録音してたみたい。本当に、頭良いんだよね。あの子」

「そんなの」

 酷すぎる。なんでそんなこと。許せない。いろんな感情が浮かんでは消えて、言葉にならない。そんなオレを見て、センパイは小さく笑った。

「あーまあ、昔の話だしね。そんな顔しないで。考えてみると分からなくもないしさ。あたしに好意向けられるってのが本当に無理だったのかもって思うと、悪いことしたなって」

「…………」

 うまいこと言えない自分が悔しい。柚菜ならきっと何か返せるはず、と思った時に、柚菜が文芸部の活動に混ざってきた理由を思い出した。合唱部の先輩に告白されて、居場所を失って頼ってきた柚菜。誰にも言えないと固い表情で本を抱える姿が今の話と重なって、余計に頭が混乱してくる。

「まあそんなこんなでね、ちょっと学校行けなくなったりして。親がね、わざわざこっちに引っ越してくれて、転校して。中学からは全部変えるんだーって、あたしなりに頑張ってみたりして」

 軽く言っているけど、その裏に何も無かったはずがないのはオレにも分かる。怖い顔になってしまっていたのか、センパイが軽くオレの額を小突いてきた。

「初めてセカイに入った時さ、怖かったけどちょっと嬉しかったんだよね。ああまた会えた、みたいな。結局ぶん殴ってるんだけどさ」

 そんな無理して笑わなくていいです。そう伝えたいのに、言葉にならない。オレの言葉じゃ、伝わる気がしない。

「みんな色々言ってくれるけどさ、あたしはこんな感じ。告白してフラれて逃げ出してさ、いつまでもうじうじ引き摺ってるカッコ悪い奴ですよー、と」

「カッコ悪くないです」

 思っていた以上に低い声が出た。目を丸くするセンパイに、ぐっと詰め寄る。センパイはカッコ悪くなんてない。黒いドレスを身に纏い、裾を翻して異形の大剣を振るうセンパイ。他の誰も知らないセンパイを、オレは知っている。

「カッコ悪くなんてないです。センパイは、カッコいいです。すごく、カッコよくて、強くて。綺麗です」

 語彙力なんて全くないオレの言葉が、どう伝わったか分からない。でも。

「……ありがと」

 そう笑うセンパイの顔は、少しスッキリしているように見えた。

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