箱の中の思い~大輝と凛花
mynameis愛
序章
――夜空が深く、静寂が世界を包み込んでいる。月明かりだけが、その淡い光を街角に落とす。寂れた通りを歩く足音は、まるでこの世界から孤立しているかのように響く。
その中に一人、大輝がいた。彼は肩をすくめ、手をポケットに突っ込んだまま歩く。都会の喧騒は遠く、目の前に広がる景色はどこか寂しさを感じさせるもので、彼の心境とぴったり重なるようだった。
大輝の職業はディスクジョッキー。ラジオ局で働いているが、その職場での姿は、ステージの上とはまるで違う。彼が本当に求めているのは、音楽の力で人々を感動させることではなく、その裏で思索し、何気ない一瞬に人生の意味を見出すことだった。完璧主義者と言われるが、彼の目指す完璧さは他者には理解しにくい。音楽の中で自分を見つけること、そして人々の反応から自身を感じることが、何よりも大切なのだ。
歩きながら、大輝は思い出す。ある日の深夜放送で、一度だけ流した曲。あの日、リスナーから届いたメッセージ――その温かさが、どれだけ心を動かしたか。だが、彼はその感情に浸ることを許さない。彼にとって、感情に流されることは許されないのだ。
「今の自分は…」
ふと、その言葉が口をついて出る。自己分析を繰り返し、彼は自分の位置を見極め、常に冷静でいなければならないと自分に言い聞かせる。しかし、その冷静さが時に彼を孤立させ、周囲との距離を作ってしまうことに気づいても、変わらない。
突然、遠くからかすかな音が聞こえた。足音だ――女性の。それが気になり、自然と歩くスピードを緩める。足音はだんだんと近づいてきて、やがて彼の目の前に現れる。
「あれ?」
そこに立っていたのは、凛花。彼女は無表情で、まるでどこかに迷い込んだかのような様子だった。彼女がその場に立っている理由を、彼はすぐに察することができた。それは、他の誰にも言えないような、何かがあるからだ。
彼女は大輝を見上げると、少しだけ目を細めて言った。
「こんな夜遅くに、どうしたの?」
彼女の声は静かでありながら、どこか力強さを感じさせる。彼女の冷静さとその決断力、そして周囲と調和を取る能力。それらの特性は、彼女が持つ不安を隠すための防御の一環なのかもしれない。だが、彼女の真意は今一つ見えてこない。
大輝は無言で彼女を見つめた。彼の目に浮かぶのは、冷徹さではなく、どこか深い理解のようなものだった。何かが、二人の間に共有されていることを、彼は感じ取っていた。だがそれを言葉にすることはない。
ただ、その一瞬の沈黙が、二人をつなげているように思えた。
「こんな時間に…」
大輝が口を開こうとしたその時、また別の足音が近づいてきた。
「何してるんだ、こんな時間に。」
声の主は、貴至。彼はいつものように、周囲から信頼されるリーダータイプだ。実際、彼がここに現れることは予想していなかった。どこかで彼が時間を有効に使うことを常に意識しているのを、知っていたからだ。しかし、彼が現れることで状況がどう変わるのか、大輝は予測できなかった。
貴至の目には、いつもの冷徹さと深い思慮が浮かんでいたが、その表情には迷いの色も混じっていた。彼が何を思い、どう行動するか。大輝はその後の展開を、静かに見守ることにした。
次の瞬間、三人の間に一つの問いが浮かび上がる。
「これから、どうする?」
序章続
その問いが静かに響く中、大輝は貴至を見つめ、そして凛花の顔をじっと見た。何かを言うべきなのか、それとも黙っているべきなのか。言葉はすぐには出てこない。
貴至はもう一度、二人を見回すと、少しだけ肩をすくめるようにして言った。
「まあ、遅くまで悩んでいても仕方ないだろう。」
その言葉に、大輝は思わず眉をひそめた。貴至は何事も解決策を見つけようとする性格で、その言葉に一瞬ではあったが、違和感を覚えた。しかし、彼が言う通り、今は何かを決断しなければならない時だ。大輝は無意識のうちに、周囲の空気を感じ取りながら言葉を選んだ。
「でも、どうしてここに?」
凛花の目が少しだけ見開かれる。彼女はあまり大きな反応を示さないタイプだが、その問いには少し驚いたようだ。それでも、すぐに自分を落ち着かせ、淡々と答えた。
「ちょっと、悩んでた。」
その一言だけが、夜の静けさをさらに深くした。
大輝はうなずき、視線を貴至に向ける。彼が答える番だ。
「俺も、今は少しだけ迷ってる。」 貴至はそう言った後、少しの間沈黙した。彼の表情には、普段見せないほどの真剣さが漂っている。その目に宿る焦燥感が、彼の普段の冷静さを覆い隠している。
その変化に、凛花は少しだけ顔をしかめ、そして大輝と視線を交わした。
「私たち、何か決めないといけないの?」
凛花の問いに、大輝はしばらく黙っていた。自分が今何を感じているのか、どうしてこんなに迷っているのか、なぜ彼らが自分の周りにいるのか。すべてが、謎のように思えた。だが、彼はその迷いを振り切り、ゆっくりと口を開く。
「うん、決めるべきだと思う。」
その言葉が、彼の胸の中にずっとあった確信を形にした瞬間だった。それが何なのか、はっきりとはわからないが、大輝には自分がしなければならないことがあるということだけは、強く感じていた。
その時、もう一人の人物が登場する。
「おい、何やってるんだ?」
その声に振り向くと、省恵が立っていた。彼女は少し息を切らしながら、彼らを見ていた。省恵はその警戒心の強さと、冷徹に物事を判断する姿勢で知られている。普段はどこか距離を置いている彼女が、この状況に現れたことが、大輝には少し不思議に思えた。
省恵は少し目を細め、冷静に言葉を続ける。
「ここでうだうだしてても仕方ないだろう。何かするつもりなら、さっさと行動しろ。」
その言葉に、なぜか大輝は心がすっと軽くなるのを感じた。彼女の冷徹さと、データや事実を重視する姿勢が、今の彼にとっては必要なものだった。彼女がそう言うことで、逆に自分の心が整理されるように感じる。
大輝は深呼吸をしてから、再び口を開いた。
「分かった。」
その一言が、今後何かを動かすきっかけとなるのだろうか。彼は心の中でそう思いながら、無意識に歩き出す。
凛花と貴至も、それに続くように歩き出した。今、彼らの前に広がるのは、まるで道のように続く夜の世界。静かな夜道を三人が歩く姿が、どこか不安定でありながらも、一歩一歩確かな足音を響かせている。
その先に待つものが何なのかは分からない。それでも、何かしらの決断をし、前に進む必要があることは確かだ。
「どうしてこうなったんだろうな。」
大輝は心の中で呟きながら、その答えを探し続けるのだった。
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