キャプシーヌ

友未 哲俊

第1話 疎開

 キャプシーヌ・ボワネットとの十一年ぶりの再会に、私は自身でもとは悟れぬまま、秘かなときめきのような感情を隠し持っていたのだろうか。

 最後に遊んだのは彼女がまだ七つだった秋、黒髪の輝くあどけない面立ちには、悪戯な子鹿のような幼い好奇心がいっぱいに詰まっていた。ふたりは、同じ年の同じ月、当時、広大な敷地の上に肩を並べてそびえていたそれぞれの館で、地方貴族の従兄妹いとことして生れ、その後、私の父が破産して落ちぶれ、この地を離れるまでの七年間を実の兄妹のように育てられてきた。

 この年、一昨年来の内戦は激化し、戦火は地方都市にまで飛び火しはじめていた。ボワネット家の領地を含む周辺地域の治安は貴族支持派の兵士たちによっていまだ際どく保たれてはいたが、それも風前の灯で、時折り国境くにざかいのあちこちで小さな銃撃戦が散発的に繰り返されはじめていた。とはいえ、私と両親の暮らす東北部と比べればまだまだ穏やかなもので、領地内に在る限りは日々の平和を享受することができるのだった。

 一方、凋落したとはいえ、名家の末裔として、依然、幾許かの財力と虚栄にすがり続ける我が父は、いよいよ戦火が迫り、近辺の顔見知りの領主や友人たちが次々に他の地へ去り続けて行く状況の中でも、その人脈と血縁と家名を最大限に駆使して、最後までその地に留まるべく工作を施し続けた。実際、その手腕は大したものではあったが、如何せん戦況が複雑過ぎた。守旧派の貴族と、解放を唱える小作農の対立に加え、教会勢力までもが武力介入をはじめ、のみならず、各地に主義も主張も全くバラバラな無数の武装組織や盗賊まがいの私兵集団が興り乱立して、もはや先行きを見通すことなど誰にも不可能となり果てた。

 そして、遂にある朝、前庭のハーブ畑の土手をえぐった一発の流れ弾が土しぶきを撥ねる事態に至って、父も立ち退きを余儀なくされることになったのだ。

 「お前はとりあえずボワネットの処へ行け」

 斯くして、父と母が全てを整理し終え、異郷の地に新たな暮らしを整えるまでの一春を過すため、私、セザール・ブラボヴズは図らずも懐かしいボワネット館の前に今、馬車を降り立とうとしていた。


∮ 第1話 挿絵:https://kakuyomu.jp/users/betunosi/news/16818622172856393658




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