第29話 恋は人を弱くする
「じゃあ、私は
いつまでも引かない父親をそのままにするわけにいかないのか、イヴェットはそう言って別荘を後にする。
「嫌よ、イヴェット! 行かないでよ」
「ちゃんと帰ってくるから」
「でも……っ」
ヒヨコからすっかり大きくなった鶏達は、今日も元気に卵を産んでいる。卵をパックに詰めて、イヴェットは龍の姿になったアネラの背にまたがる。アネラは龍の姿の時は、5mくらいの大きさになっていた。
「じゃあ私も行く。アネラなら二人乗れるでしょ?」
「アネラの問題じゃなくて、あなたがお父様に会うと困るのよ。ヨボ国の連中、あなたのこと必死に探してるらしいし」
そう言われると、引き下がらざるを得ない。
(私がいることがバレると、イヴェットにまで危険が及ぶわ)
イヴェットはクリフトン王国王太子の従妹。そうそう手出しはできないにしても、政治的におかしな展開になりかねない。
「大丈夫、ちゃんと帰ってくる。今日のごはんのお魚ちゃんと釣ってきてね」
イヴェットはシャロンに口づけてから、アネラの背中をぽんと押した。そのままふわりと上空に舞い上がった。
しゅーーん……と一直線に麓まで行ってしまう。
一人残されたシャロンは
「女神様、私……イヴェットと想いが通じ合ってから変なんです。イヴェットに依存してるみたいで」
以前は、誰かと一緒じゃないと不安だ、離れることが怖いと思ったことがなかった。他人に執着することがなかったからだ。
「前はよく、サブリナお姉さまに『イヴェットは愛が重い』とか言われていたけど、最近では私の方が重たい気がします」
イヴェットが帰ってこないことを考えると、景色から光彩がなくなるようだ。すべてが色褪せて見えてしまう。
『仕方ないわよ。私もアネラと離れ離れにされた時はそうだったわ。相手を大切に思うから心配だし不安なのよ』
「それだけでしょうか。なんだか私に縛り付けているみたいで」
たとえばイヴェットが「もう山籠り生活はやめたい!」「公爵令嬢に戻りたい!」と言い出したところで、それはイヴェットの自由。でもお尋ね者のシャロンとしてはそれは困る。シャロンは潜伏場所から動けない。
もっと遠くの国にどこまでも逃げるという道もあるが、それをたった一人でするというのは今のシャロンにはハードルが高い。イヴェットがいる生活に慣れ過ぎてしまった。
(私、弱くなったなぁ……)
ぽーん、と釣り竿を放る。ちゃぷん、ちゃぷんと引かれていても上の空で、シャロンは何匹も魚を逃してしまった。
◇◆◇
上空を大きな影が横切る。
ふわりと旋回し地面に降り立つそれを見て、ジュリアは震えた。
(こ……これが……龍!?)
美しい銀色をした、巨大なトカゲのような生き物だ。お世辞にも可愛いとは言えないが、畏怖を覚えるような存在だった。
足が震える。
(これを……封じる!?)
ムリなのではないかとすら思える。
龍から降り立ったのはイヴェットだった。婚約破棄の現場にいた令嬢と同一人物には見えない。パンツスタイルで肉体労働に従事しているような、庶民のような格好だ。
表情は明るく、大人しくおしとやかな印象とは違う。
なぜ、イヴェットが龍に乗っているのか。龍と共にいるのはシャロンではないのか。やはりイヴェットとシャロンは始めからグルで、二人で龍の力を一人――いや、二人占めしようとしていたのだろうか。
イヴェットは卵を巫女達に渡した後、また龍に飛び乗った。ジュリアが止める間もなく、上空へと舞い上がった。
「ねぇ、シャロンはもっと山の奥地にいるんでしょ!? イヴェットもなの!?」
後輩巫女に尋ねた。
「そ、そうですよ? シャロン様はイヴェット嬢の従姉であるサブリナ王太子殿下の別荘に住んでいるんです。イヴェット嬢と一緒に」
「やはりグルなんだわ!」
こんな山の中で何を企んでいるのか。生きた龍を王太子に渡すのではなく、なぜ何の地位もない二人が所有しているのか。
もしや王太子の所有物としているのを借りているのか。
(もし、王太子の所有物であるならば、これはまずいことに)
そこまで考えて、いや、と思い返す。
(もともとはうちの国の龍よ。それをシャロンとイヴェットを使って盗んだのはクリフトンじゃないの)
「なんかでかい生き物が飛んでいたな」
目元をこすりながら、ブラッドリーが麓の兵士達の宿泊施設から出てきた。
(この男は手柄を巡ってはライバル。でも、私一人で龍を封じるのは荷が重いわ)
どこに行ったのか謎だが、いずれは龍もシャロンの元へ戻ってくるのだろう。
「殿下、山登りをしてシャロンを捉えるのです」
ブラッドリーも山の上まで連れて行くことにした。
巫女達の活動は、山の上に薬草を取りに行く担当と、小屋に残り、ポーション製造に励む担当に分かれる。
ジュリアは「後輩達と神官見習を連れて薬草摘みに行く」と、イヴェットの母に伝えた。
「あぁ……神官くんは薬草摘みにしか戦力にならなそうだものね。それでいいわ」
何も疑われることなく要求は通った。
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