第12話 自然からのご褒美
「あ……うーん。置いてきた巫女達が、ますます過剰労働させられていないか気になっちゃって」
つい声が沈んだ。イベットはそんなシャロンの頭を優しく抱き寄せた。
「あなたは真面目だね。でもそもそも、なんちゃらクリスタルは破壊しちゃったんだし、巫女達も聖なる力が使えなくなるんじゃないの? 労働しようがないじゃない」
「た、確かに……」
しかしそうなると、別の心配も出てくる。
巫女達は、地方の貧民層や下位貴族の者が多い。今さら帰れと言われても、行くあてもないだろう。
それを言うと、イヴェットは呆れたように言う。
「それはあなたが悩む問題じゃないでしょ。ヨボ国の政治を回してる人達が考えなきゃいけないことだよ。元々あの国は中央だけが肥え太って、地方の農民達は虐げられてたじゃない? 公爵家のお嬢にだってそのくらいはわかるよ」
「まぁ……確かに」
「混乱に乗じて、どこかの悪い国が侵略の手を伸ばしちゃうかもね~。ま、そのほうが庶民は幸せかもしれないよ。この国なんて、庶民だって普通に医療も教育も受けられるよ。平民から成り上がった人も多いし。うちのお祖母様もそう。元は単なる町医者だったのよ」
確かに、シャロンがクリスタルを壊したことで、庶民は幸せになれるのかもしれない。
しかしシャロンのしたことで、一国の運命を変えてしまうなんて。どうして自分はそこまで重いことをしでかしてしまったのかと、今さらながら震えが走る。
「もうやってしまったことはしょうがない。きっとこれは運命だったんだよ。けしかけたのは始まりの聖女であり神様であるマリリンなんでしょ? これは神の意思ってもんよ」
ぽんぽんと背中を叩かれた。元気づけるように。
「大丈夫だって。あなたには手出しさせないし、巫女さん達もなんとかなるわ。無責任にこんなこと言ってるんじゃないのよ。今にわかるから。とりあえず今は自分の人生を楽しむことだけを考えなって。あなたはそんなに綺麗なのに、目の下はクマができてるし、顔色だって悪いわ。元気になることから始めましょ」
食器をかたずけると、イヴェットは夜の散歩へと誘ってきた。
「もう外は真っ暗よ。もう一回外に出てみない? 実はいいものがあるのよ」
ランタンの明かりを頼りにもう一度庭に出てみる。イヴェットはランタンをそっと消した。
「上見て」
見上げると、暗闇一面に宝石のような星空が見える。淡い光の帯がくっきりと見えた。あれがいわゆる天の川。なんていう贅沢だろう。
「うわぁ……綺麗だね」
素直に感嘆の声が出た。息を吸い込むと、少し冷えた新鮮な空気に胸がいっぱいになる。
「これが自然からのご褒美だよ」
しばらく無言で夜空を眺めていた。何も考えずにぼーっと空を眺めていられる贅沢に心が躍る。
「明日はシャロンは何もしなくていいよ。ゆーっくり休暇を味わうの」
予定がない休日なんて、この世界で生まれて、物心がついてから一日だってなかった。そんな贅沢が許されるのかと思ってしまう。
「何も考えなくていいよ。ここは箱庭。誰にも邪魔されないから」
◇◆◇
簡単にシャワーを浴び、パジャマに着替えた。イヴェットからはこっちこっちと手招きをされ、大きな一部屋に押し込まれた。
そこにはベッドが一台置かれていた。机と化粧台とクローゼット、大きな本棚とソファーが完備されている。
「ねぇ、イヴェット。なぜ客間は複数あるのに、同じ部屋で、しかも同じベッドで寝るの?」
この別荘には、恐らく主であるサブリナの自室と思われる大きな部屋の他、ゲストが泊まる部屋と思わしきお部屋が四部屋、あとはお供の人が泊まると思わしき離れがある。
「あくまでこの家は、サブリナ姉様のものよ。勝手に色々な部屋を使えるわけないでしょ」
「た、確かに。わがままを言ってごめんなさい」
あくまでシャロンは居候、しかも大犯罪者で匿ってもらっている身分なのだ。図々しい物言いだったと反省する。
しゅんとしたシャロンに、イヴェットは逆に慌てた。
「そんなにしゅんとしないでよ。仲良くしましょ。私は以前この客間を使ってたから、ここなら自由に使ってよ」
「あなたは十歳からギャブリエラ王国に来たんでしょ? そんなに頻繁にここに来ていたの?」
「そこまで頻繁じゃないけど。でも学校が長期休みの時は来ていたわ。だって、私は落ち着いたらギャブリエラのお父様の元から離れるつもりだったもの。その夢が叶ったわ。強引に家出してきたわけだけどさ」
そう言って、昨晩のようにギュッと抱きついてくる。
「あ、あなたね……っ! このベッドを二人で使うのは納得したけど、どうしてくっついてくるのよ!」
「えー、そんなの。好きだからに決まってるじゃない。あぁ、良かった。あなたはあのヨボ国の王子には勿体ないわ。あなたは私と一緒になるの。この山でずーっとね」
(あ、いけない。卵も)
ベッド脇に転がしていた卵を抱いて寝ることにする。
「卵って、神様の元恋人が入ってるんでしょ? シャロンが抱いてると、なんだか妬けるわね」
「そう聞くと生々しいね。でもちゃんと孵化させないといけないからなぁ」
シャロンとイヴェットの真ん中に置いた。
「でも考えてみたら、私達の子供みたいだね」
イヴェットはそう言って嬉しそうに卵を撫でた。
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