最強の英霊と魔術師〜憑依された影響で魔力に目覚めた少年は、凡庸なスキルと膨大すぎる魔術知識で英雄になる〜

@tokizane

アクタヒトシとあうの縁

第1話 この章では、アクタの身に悪霊が取り憑き、魔力を身につける



 日常というものがこれほどたやすく崩壊すると僕は知らなかった。


 僕の名前はアクタ・ヨース。

 僕と両親はこの国の片田舎に住んでいた。ごく普通の家族だった。

 平民の身分にしてはかなりいい暮らしをしていたと思う。


 ヨース家は仕事の関係上、貴族との伝手コネクションがあった。

 おかげで僕はこの辺り一帯を治めている領主様の厚意でお抱えの家庭教師に指導を受けられた(この国において高等教育を受けられるということは幸運なことなのだ)。


 教養を身につけ経験を積み、数年後には父がしている家業を継ぐことになるのだろう。それなりの人生が僕には待っているはずだった。


 伏線だとかフラグなんてものは一切なかった。 


 ある日、母が乗っていた馬から落ち、首の骨を折り死亡した。


 1週間後、父は母の後を追うように(というか実際後を追う形で)首を吊って自殺した。

 僕はまだそのとき15歳だった。そして兄弟はいない。

 そのうえ僕には頼るべき友達などほとんどいないときている。領主様の家で一緒に勉強を受けている数人の同級生がいるのみ。


 たった1週間で天涯孤独の身になった。


 そうでなくても僕は口下手で、非社交的な性格をしていて——だから誰かに助けを求めることなんてできない。


 1週間ぶり2回目の葬式を終えた。

 前回は父が喪主だった。今回は僕が。

 父の事業は部下が引き継ぐことになったそうだ。

 事業は上手くいってない。僕には大した財産は残らなかった。数ヶ月なんとか食い繋いでいられるだけの額。

 僕は丸裸にされて嵐のただなかに放り出された気分だった。身を守るものなどなに一つない。


 遠い親戚や父の知り合いが帰ると、僕はただ1人、家に閉じこもった。

 1週間。

 なにも食べずに、ほとんど一睡もせずにいた。まるで自殺する直前の父親の行動をトレースしているかのようだ。


 死に引き寄せられる。


 ——家を訪れたのは一緒に家庭教師からの指導を受けている子だった。

 彼は悪友だった。

 いつも際どいジョークをかまして、イタズラ好きで、そして勉強の成績は最低な悪ガキ。

 けれど不器用ながら空気は読めるし、それに僕のことをいつも心配してくれているいい友人でもあった。


 そんな彼だったが、)。


 彼は両親を続け様に亡くした僕を慰める言葉を選び、家のなかに入った。

 この少年は、手に持っていた紙袋の中身を見せてくれた。

 両親が営んでいる商店の棚からクスねてきたというそれは蒸留酒だった。


 彼はそれを無理強いして飲ませてきた。もちろん初めてのお酒だった。この国では15歳になったら合法だ。

 最初は喉が焼けるような感覚にむせてしまったが、酔いが回るうちに慣れてしまった。


 悪友は1杯だけ付き合うと酒瓶を置いて帰った(これから起こったことについて彼を責めるつもりは一切ない)。

 ここしばらく睡眠不足だった僕はダイニングルームの椅子で座ったまま眠ってしまった——はずだった。

 そのまま夜が明け、寝ぼけた僕は家の外に出た。確かな記憶はない。

 

 おそらく家のそばにある丘を登り、そこにたどり着いたのだろう。

 崖。

 高さは20メートル以上、落ちれば命は助からない。子供のころから両親に「決して近づくな」と教えられたあの場所だ。

 そこに座り込んだところで僕は正気に戻る。


 すぐに家に引き返していれば良かったのだ。だが僕はそこでしばらく考え事をしてしまった。酔ってグチャグチャになっていた頭で。

 亡くなった両親との思い出だとか、

 これからの人生の見通しだとか、

 自分の無力さだとかそんなことを。


 魔が差した。


 僕は崖にむかって一歩足を踏み出した。

 下を覗き込む。

 頑強な岩肌が連なっている。死を直感させる光景だ。


 戻ろう。これは——


「ただの冗談だ」


 引き返そう、その場で方向転換しようとしたとき足を滑らせた。


「な……」


 後ろによろめいた。

 両腕を振り回してバランスをとろうとする。生きることにいまさら必死になって。だがしかし、重心がなにもない空間の方に偏るとそこからはあっけなかった。両足が地面から離れると、一直線に、重力にしたがって——

                              落ちる。

 自分の頭蓋が潰れる音を聞いた。

 そしてが聞こえてきた。

 頭のなかから響いてくるのは低い声。


『おいおまえ! 生きるか死ぬか選べ』

「だ、誰……なの?」


『名前はヒトシだ。んなこたぁどうでもいい。生きたいかこのまま死にたいかどっちかにしろ。このままほっときゃ全身打撲で死ぬぜ。俺なら助けられる。だがおまえが死ぬことを望むっつうなら助け損だろ?』

「僕は……」


『大事なことはさっさと速攻最速で決めろ』

「生きるよ……。たとえ1人きりだろうと、この世界で生きていきたい!!」


『——ならこうしてやる。恩に着れよ』

 ボロボロになった体が微かな光に包まれる。

 全身の激痛が治まっていく。これは……回復魔法?


「君は魔術師なのか!?」

『だよ。俺は大魔術師って呼ばれてた。最強。田舎もんのおまえは知らなくても仕方がないが』


 この世界に稀に現れる魔術の才能をもつ者——それが魔術師。

 その最高位——大魔術師ともなれば一個旅団(4000人の兵士)並の戦力を有すると言われている。ヒトシはそんな彼らと同等の強さを誇るというのか?

 大魔術師。そういえば帝都にそんな人がいて様々な事件を解決している……そんなニュースを聞いたことがあるような。


『だが2年前に殺された。

 最強のくせに不用心だな。

「それがどうして僕に取り憑いている……わけ?」


 痛みに顔をしかめながら目を開ける。周囲を見回しても人影はない。

 話しかけてくるこいつヒトシはやはり、この頭のなかに棲んでいる。


『理由はあとで話す。わかってもらっているようだが今の俺は肉体をもたない。おまえの肉体を借りて意識を取り戻しているだけだ。だが契約成立』

「契約って……?」


『俺の意のままに動いてもらう。現在進行形でおまえの体を治しているだろ? 自分の体じゃないから魔術の効率が悪いが……』

「恩に着せたがってるの? 君は僕の身体がなければ喋ることもできないんでしょ?」


『い、命の恩人に舐めた口を……ともかく言うことを聞いてくれないとおまえの身に災いが起こることは確定的に明らか』

「……」


『別に悪行を働いてもらうってわけじゃないよぉ。むしろ人助けだよぉ』

「……」


『露骨に警戒してくれてるなアクタ。肉体を共有しているからお互いの感情を読み取れるようだ』

「なんで僕の名がわかったの?」


『俺は貴様の記憶媒体を読みとれる。その逆は然りではないようだ』

「不平等だ!」


『気にするな、必要以上に情報はとらん。若いんだし知られたくないこともあるだろう。プライヴァシーは守ってやる』

 変に良心があるなこいつ。

「別に気にしないよ。僕はこの1週間で両親を続けて亡くして」


『そ、それは御愁傷様……』

 

「母さんが外で男つくって駆け落ちしようとしたところで事故死、父さんは自分が数年前から浮気していたことがその原因だと考え首をくくった」


 それが真相。

 僕は15年間あの家で生活していて、両親とともに長い時間をすごしてきたというのに、あの2人の間に発生していた感情の軋轢にまったく気づかなかった。ごく普通の仲の良い夫婦だと思っていた。


 僕はずっと騙されていたのだ。

 2人の演技を見抜けなかった。間抜けにも。


 1人息子である僕の存在は、両親にとって自分たちの関係を壊さないための安全装置にすぎなかった。そう父に言われた。

 ある時期から僕に注がれた愛は、『家族』という装置を動かすための燃料にすぎなかった。そう父に言われた。


 だから母は僕を捨て家から出て行った。

 だから父は僕を捨てこの世から退場した。


 1人きりになった僕は思う。

 もう自分以外の誰かを信じたりなんてしない。


 僕はこの世で誰よりも強くなってやる。

 自分アクタ・ヨースの価値は自分で創りだす。



 しばらくの間黙っていたヒトシが口を開いた。

『……アクタ、グッドニュースがあるんだ。貴様は俺が憑依した影響で魔術が使えるようになっている』

「僕にそんな力が?」


 自分に魔力がないことは検査を受けわかっていた(魔力の有無を調べる検査は王国政府が全土の子供を対象に行っている)。


『魔力量も覚醒したてにしちゃかなり多い。いやゴマ擦ってんじゃなくてマジで。どうよアクタ、生きる望みが生まれてきたんじゃね?』


 この世界において魔術師は優遇されている。魔術師でなければ就けない仕事だってある。富も名声も権力もあたえられる。それよりなにより——


 強い。


「僕は何者かになりたい。魔術師として強くなれれば、誰かを助けることだってできる」

『たとえば今の俺みたいにな』


 悪党を倒す機会だってあるのかもしれない。たとえばやたら言葉遣いが荒くて邪悪そうなこいつみたいな奴を。


 そうだ、僕はずっと英雄になりたかったんだ。

 今の自分にはそうなるための手段がある。


「……助けてくれたことは感謝するけれど、警戒はさせてもらう」

『こっちの目的についてはこれから話すとしよう。……いろいろあったみたいだが知らん。俺はおまえを利用するだけだ』


「ああ、僕も君のことを利用させてもらうよ。僕は魔術師になる」



 ——そんなわけで魔力に目覚めた僕と、


 自称・最強の魔術師であるヒトシの歪んだ共同生活が始まった。



=======

 ヒトシの心中。


『ずいぶん酷い境遇の子に取り憑いたもんだな……。もうちょっと運命も手加減してくれたらいいのに畜生すぎない?』


『憑依先の人間と仲良くするつもりはなかったんだが情が移っちまった。なるべくいい感じの関係を築いていくか』


『でも早速嘘ついちまったな。アクタにはと伝えた……』


『夜中に家に忍び込んで女とタイミングでその父親に見つかって殺されたなんて、我ながら死因が間抜けすぎて言えるわけねぇ……』


『しかし女神の奴、自分で解決できない問題があるからって死んだ俺を召喚するか? どんだけ人材不足なんだよ』

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