海に沈むジグラート 第60話【二人の運命】
七海ポルカ
第1話 二人の運命
「ジィナイース!」
ミラーコリ教会から馬車で戻ってきたアデライードとネーリが屋敷の中に入ってくると、待っていたようにラファエルが駆けてきた。
「ラファエル」
ぼふ! と思い切り両腕に抱きしめられる。
ラファエルとヴェネトで再会した時は随分立派になってしまったなあと思ったものだけど、嬉しそうに駆けてきた姿が少年時代と同じで、笑ってしまった。
「問題なく来れた?」
「うん。わざわざ教会に馬車を送ってくれてありがとう」
「当然のことだよ」
ラファエルは胸を張る。
神聖ローマ帝国の駐屯地を出るとき、フェルディナントが見送りに出てくれた。
周囲にいる騎士達もしばらくネーリがラファエル・イーシャの屋敷に行くということで、少しの間お別れになるからと見送ってくれた。単なる画家である自分を、そしてヴェネトの人間である自分を、彼らは本当に温かく迎えてくれたから、やはり見送られると寂しさを感じた。しかし「捜査が落ち着くまで」とフェルディナントが彼らにちゃんと説明していたので、「またいつでも来て下さい」「帰りを待っています」と優しい声も掛けてもらった。
ミラーコリ教会の神父にしばらく駐屯地を離れ、アデライードの屋敷にお世話になるということを伝えていると、事前に知らせをくれていた通り、教会までアデライードが馬車で迎えに来てくれたのだ。
フェリックスが二人の護衛を連れ、馬でミラーコリ教会に向かうネーリが街道をどれだけ離れても、駐屯地の入り口を出た所で、ずっとこちらを見ていた姿が印象的だった。
彼が十年前、ネーリが腕に抱いていた幼獣なら、ずっと会った時腕の中で大人しかったのに、別れる時に手足をバタバタさせて鳴いていた姿を思い出して、さすがに立派な成獣となった彼は手足をバタバタさせたりはしなかったけど、本当にあんな見送り方をしたのは初めてだったから驚いた。街へ出かける時、ちょっと見に来たりはしたことがあったが、あんなにじっと見つめてきたのは初めてだ。
本当にしばらく会えなくなることを知ってるみたいだった、と思う。
竜は人間の気配に聡いから、フェルディナントや騎士達がネーリを見送ってる姿にいつもと何か違うことを感じ取って、気にしたのかもしれないけれど。
フェリックスのその姿に少し心が沈んでいたネーリだったが、ラファエルが本当に嬉しそうな笑顔で迎えてくれて、心が温かくなった。
「笑って、どうしたの」
ラファエルを見上げていると彼が首を傾げて聞いてきたので、ネーリは笑ってしまった。
「今日駐屯地を出てくる時、フェリックスが外まで出てきてじっと見送ってくれてたんだ。
あんな姿初めてだったから、寂しがってくれてるのかなあって思ってちょっと心が沈んでたの。でも、ここに来たらラファエルが嬉しそうに迎えてくれたから。ありがとう」
そんな風に言ったネーリを、ラファエルがもう一度力を込めて抱きしめてくれる。
「僕はフランスの城で君と暮らすのが夢なんだから嬉しいのは当たり前だよ。昨日から楽しみで眠れなかった」
「アデライードさんもわざわざ迎えに来てくれてありがとう」
振り返ると、アデライードは目を瞬かせていた。
「? アデルさん?」
「あ……失礼しました。ラファエル様があんなに少年みたいに駆けてくる姿、初めて見たので……驚きましたわ」
「そうなの?」
「そんなことない。僕はジィナイースと会える時はいつも少年みたいにはしゃいでる」
「はしゃいでいるのは知っていますけど、あんな風に駆けてくるのは初めてですわ」
ラファエルは確かに社交的で明るく華やかな雰囲気を持った青年だったが、アデライードから見るに、フランスの高貴な身分の人らしく、振る舞いはいつも優雅でゆったりとしている。
少年のように駆けてくる姿など、彼女でも初めて見るものだった。
「そうなんだ」
アデライードの話を聞いて、ネーリは楽しそうに笑った。
彼女は驚いたようだが、嬉しそうな顔で駆けてきたラファエルは、ネーリの記憶の中の少年時代のままである。
大切な友達。
彼は少年時代の想い出の為に、ヴェネトまでネーリを探しに来てくれた唯一の人だった。
◇ ◇ ◇
「もう目を開いてもいい?」
「まだまだ。待ってて」
「?」
扉が開かれる音がした。
「いいよ。さあ目を開いて」
なんだろうと思いながら目を開くと、目の前に美しい、アトリエが広がっていた。
中は余計な家具はあまりないが、絵を描く道具が綺麗に棚に揃えられ、エメラルドグリーンの色の布を張ったソファ、そしてラグが敷いてある。
カーテンは海の色だ。
「わぁ……っ」
ネーリは驚いて、中に入ってキョロキョロしている。
何度かこの屋敷に来たことはあるけど、この部屋は初めて見る。
天井の花の装飾に見覚えがあった。確か応接間の一つだったはずだが、様変わりしている。答えを求めるように振り返って入り口を振り返ると、入り口の左右からラファエルとアデライードが顔を覗かせて、よく似た、輝く瞳を自分の方を向けていた。
「どうしたの? この部屋……」
驚きながらラファエルに尋ねると、ようやく彼は入ってきた。
「ジィナイースの為にアトリエを作ったんだ。この家に滞在することが決まったから」
「でも……もう僕の部屋を作ってもらったよ」
この屋敷には最初から、ネーリのための部屋が整えられていた。
自分好みの色でまとめられ、絵を描く道具すらきちんと揃った広い部屋だ。
「あれは君が寛ぐ寝室。作業部屋は別にしなきゃ。気に入ったらアデライードを褒めてやって。この部屋の家具は全部アデライードが決めたんだ」
まだ入り口の所から覗いているアデライードをネーリは振り返った。
「私は絵のお道具のことはあまり存じ上げませんので、絵の道具はラファエル様に選んでいただきました。ネーリ様のお使いになるものですから、いい加減なものではいけないと思って」
「そうだったんだ……ぼく、何にも知らなくて。ラファエルありがとう。アデルさんも。
手ぶらで来ちゃった。ごめんなさい」
ラファエルが優しく、ネーリの頭を撫でてくれる。
「お土産なんて要らないよ。君がこの部屋で寛いで、絵を描いてくれるだけで十分」
温かいもてなしを受けて、ネーリは嬉しかった。
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