3

 姉とやらがいなくなって、僕らの家族はそれなりの姿をとってギリギリを保っていた。


「やっぱり、年頃の似た男の子がおったから、いづらかったのだろうねぇ」


 学校から帰宅した時、母親とやらが、そんな風に電話している声が聞こえた。


 姉がいなくなったのは、どうも俺のせいということらしい。

 それが本当かどうかなんて知らないし、知ろうとも思わない。


 どうせ学校を出たらこの家はすぐにでも出て行く。その後に姉が帰って来て、今度は俺が帰れなくなったとしても何の問題もない。


 父は、母と結婚してホッとしたようだ。

 家事や子どものことを任せられる。それは、十分に父にとっては重要で、俺にとってはどうでも良かった。


 そんなに要らないならば、早く処分すれば良いのに、父親はそうしなかった。

 

 いいよ。どうでも。


 姉の帰って来ないのを俺のせいにしたいならすれば良いし、仕事に集中出来ないのも、それほど好きでもない女と結婚したのも、全部を俺のせいにして生きることで納得するなら、それで。

 

 いいよ。どうでも。


 制服を脱いで着替えたら、リュックを背負って挨拶もせずに玄関を出る。

 

 コンビニでおにぎり二つとペットボトルのお茶を買って、リュックへ詰めたら、向かう先は塾だ。


 希望する進路もないくせに塾に通うのは、ただ家に居た堪れないから。

 学校の延長線の先に、いる場所が欲しかったから。


 授業をぼんやりと聞いているだけで、無難に過ぎていく時間に、ふと姉のことを考えたのは、先ほどの母の電話を聞いたからだろう。


「……よって、証明された」


 証明問題の最後に決め台詞を先生が書き込む。

 故に、……であり、よって証明された。


 曖昧な命題は、明確に理由を示して証明されるが、姉がたった三回ほどしか会ったことない俺の何が気に食わなかったのかは、分かりはしない。


 母親を取られたと感じたのか、俺が姉に欲情しているとでも思ったのか、それとも単に生理的に気に食わなかったのか。


 いいよ。どうでも。


 上二つが理由ならば、完全なる間違いであるし、最後の一つが理由であったとしても、じきに俺はあの家からいなくなる。

 つまりは、姉がいなくなる理由もなくなるわけだ。

 父も交えて存分に家族してくれれば良い。

 俺には関係ない。


 よって、証明された。


 そう解決するはずなのに、心は晴れない。


「先生、猫飼ってるんでしょ?」

「ああ、そうだ。糖尿病でな、毎日注射しとる」

「どんな猫?」


 時間が余ったのか、先生と生徒達が雑談している。

 ふうん。猫も糖尿病なんてものになるのか。やはり、人間と同じで甘いものでも食べ過ぎたのだろうか。


 ぽっちゃりと太った猫を想像して、ノートの隅に落書きした。



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