第29話:束縛する真実の愛と満たされぬ夜(後編)

ローランシアの王子、サマルティアの王子、ムーンベリクの王女は、数百年前に築かれたドワーフの大トンネルを抜け、西部地方最大の都市にたどり着いた。この大トンネルを使ったことで、過酷な旅ではあったが、本来のルートの半分の時間で到着することができた。


それでも、最後に街を出てから1ヶ月が経過しており、3人の疲労はピークに達していた。ただし、1人を除いては。


「悪いけど、先に宿屋で休ませてもらうよ。」


サマルは朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めながら、気絶寸前の身体を引きずり、宿屋の扉を開けて消えていった。


「だらしねぇなあ。」


対照的に元気なローランが軽口を叩くが、サマルは右手を軽く挙げるだけで応じた。


「さて・・・」


ローランはこの街に着くなり心が弾んでいた。これほどの規模の街であれば歓楽街もあるだろう。久しぶりに、豊満な女性を抱けるのだ。道中で何度かムーンを抱くこともあったが、彼は元来、巨乳で尻が大きい女が好きなのである。娼館の扉を開ける瞬間が近づいてくるたびに、彼の足取りは軽快になっていた。


「ちょっと……ローラン。」


その時、ムーンが彼の袖を弱々しく引っ張った。顔を赤く染めて俯きながら、控えめな声で問う。


「ひょっとして、娼館……ってところに行こうとしてる?」


その問いに、ローランは少しだけ照れたような仕草を見せる。


「まぁ、そうだな。」


困ったように頭を掻きながら、彼は素直に認めた。


「……王族なんだし、そんなところ行くのやめなよ。必要なら、私が……するし……」


ムーンは視線を逸らしながら俯き、彼の袖を掴む力を無意識に強めた。


彼女の言葉に、ローランは小さくため息をついた。しかし、それは彼女に対して不満を抱いたからではなかった。

ムーンは、無償の愛を注ぐことのできる女性だ。それが彼女の生まれ持った本質なのか、それとも王族としての教育の賜物なのか、ローランには分からない。

ただ、その優しさや献身は、彼にとっても心地よいものだった。彼女の存在は決して煩わしいものではなく、むしろ特別な安らぎを与えてくれていた。


とはいえ、彼には別の欲求もあった。正直なところ、彼は早く、ふくよかな女性のぬくもりを感じたかったのだ。


ローランはきっぱりと言い放った。


「いや、他の女で済むときは、他の女で済ませるさ。」


その言葉に、ムーンは目に涙を浮かべながら袖をそっと離した。拒絶されれば身を引く。それが彼女の性格だった。だからこそ、ムーンは決してローランにとって「重い」存在ではなかった。


実際のところ、ローランにとってムーンを相手にすることは、さほど負担ではなかった。むしろ、娼館に足を運ぶよりも、宿で彼女と時間を過ごすほうが楽だった。

加えて、ムーンの容姿は街の娼婦たちよりも遥かに魅力的で、彼女と過ごす時間には安らぎすら感じていた。

それでも彼は、できる限り彼女に手を出したくなかった。これまでの旅路でムーンに性欲処理をさせておいてこう言うのは矛盾しているかもしれないが、彼女はローランにとって「大切な仲間」だったのだ。


「覇王の剣技」の代償として性欲の抑制が困難になるという話は、まったくの嘘というわけではない。その剣技は、偉大なる英雄の血を濃く受け継ぐ者にしか使えない秘技であり、現時点でそれを継承できるのはローランだけだった。

しかし、英雄の剣技とともに受け継がれてしまったものがある――それは、偉大なる英雄が生前に持っていた女好きな性質だった。


どうしようもなく我慢できないときだけ、彼女の身体を借りる――それが彼の中での最低限の線引きだった。そして、その一線は可能な限り守り続けたいと思っていた。


「じゃあ、夕飯には戻るよ。」


ローランはムーンに背を向け、手を振りながら繁華街へと消えていった。


「……ローランのバカ……」


ムーンは涙を浮かべながら、その背中を見送った。心の中で、彼が帰ってきた時に優しく迎える自分を思い描きながら。



********************



ムーンはローブの中で、夫であるサマルの手が自分の敏感な場所を巧みに慰める感覚に耐えながら、自分も負けじと彼の固くなった部分に手を添えていた。その動きは、彼をもっと喜ばせたいという彼女の純粋な想いそのものだった。


お互いの息遣いが荒くなり、限界が近づいているのを感じる。やがて、ムーンの身体が限界に達し、全身が弾けるような感覚に包まれた。それと同時に、彼女は激しく脈打つ感触を手のひらに感じていた。それは、彼も満足したことを物語っていた。


「……はあ……はあ……はあ……」


息も絶え絶えに、ムーンはサマルの胸にそっと頭を預ける。その胸の温もりに包まれながら、彼女の心は満たされていた。


「ああ、この人は私を必要としてくれる。」


そう思うと同時に、かつて自分が感じた寂しさが胸をよぎる。自分が愛を求めても受け入れてくれなかった人の冷たい態度――ローランの背中。あの時の孤独感と絶望が、不意に心を締め付けた。


「……ローランのバカ……」


無意識に、その言葉がぽつりと口をついて出ていた。


「……え!? わたし、今何か言った?」


ムーンははっとして顔を上げる。何か大きな失態を犯してしまったような、不安に駆られる。


しかし、サマルは穏やかな声で答えた。


「ん? 何も聞こえなかったよ。」


その言葉に、ムーンの不安は払拭された。彼女は再びサマルの胸に身を寄せ、甘美な時間に心を戻した。


一方で、サマルの心の中には複雑な感情が渦巻いていた。最近、彼は思うのだ。ムーンとの関係が深まるにつれ、冒険の最中にローランが彼女に対して犯した過ちの後始末を、自分が引き受けさせられているような気がしてならなかった。


ローランが大切な仲間として、どれだけパーティに貢献してきたかはサマルもよく覚えている。しかし、それでも彼がムーンを傷つけたという事実は変えられない。冒険の最中、ローランの軽率な行動が彼女に深い心の痛みを与え、その傷跡がいまだに彼女の心に消えない影として残っていることを、サマルははっきりと感じ取っていた。


サマルはムーンをそっと抱き寄せながら、心の中でローランに対して愚痴をこぼした。


「まったく……あのままおとなしく死んでいればよかったのに。」


その呟きには、彼自身も驚くほど柔らかな響きがあった。なんだかんだといっても、ローランは彼にとって大切な親友だ。憎むことなどできるはずがない。それでも、ムーンへの愛情と彼女の心の傷を思うと、ふとそんな考えが浮かんでしまう自分に苦笑した。


そうして、サマルは改めて目の前の愛しい女性に意識を向けるのだった。

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