第8話:暴かれた裏切り
サマルティアの王子は、変装を解いて別室に移動すると、記録の水晶を再生した。
そこに映し出されたのは、ローランシアの王子に変装した自分と、ムーンベリクの王女の情事だった。激しく交わされる言葉や行為、その中で見せる王女の表情――その全てが、映像として克明に記録されていた。
彼はその映像をじっと見つめながら、胸に複雑な感情が渦巻いているのを感じた。
「行為そのものは楽しめた。彼女の反応を引き出したのは、僕だ。」
そう思いながらも、映像の中の王女の表情に目を奪われた。自分に対して見せたことのない、女としての本能的な反応。喜びと欲望が入り混じった顔。それは王女が完全にローランシアの王子を想い、彼にだけ心を開いている証だった。
「僕など、男として見られていない。」
その事実が胸を鋭く刺した。
「ならば!」
王子は小さく呟いた。
彼女のために優しく接し、彼女がいつか自分を愛してくれる日を待つ――そんな努力はもうやめるべきではないかと考えた。
結婚してから半年間、王女は一度も彼に心を向けたことがなかった。それどころか、心の中ではずっとローランシアの王子を想い続けていた。
「そして、今夜……。」
変装していたとはいえ、見た目がローランシアの王子である男に身体を許してしまった。それは、単なる心の浮気を超えた、明確な裏切りであり、不貞だった。
だが、サマルティアの王子は王女と別れるつもりはなかった。彼は今でも王女のことを愛しているのだ。それは揺るぎない事実だった。
「ならば、方法を変えよう。」
王子はもう一度呟いた。
王女の心が完全に自分を離れているなら、それを無理に取り戻そうとする必要はない。むしろ、彼女が罪悪感を抱えたまま、自分のもとから心が離れるのを許してやればよい。しかし、身体は別だ。
「彼女の身体は、僕のもとから逃げることはできない。」
王女はムーンベリク家再興の使命を背負い、サマルティアの王子と政略結婚をしたのだ。彼との間の子どもにムーンベリク家を継がせるという目的がある限り、彼女が彼から離れることはできない。
これまで、彼女が夫以外の男を想いながら罪悪感に苛まれている様子を楽しんでいた。しかし、その楽しみ方にも飽きが来ていた。
「これからは……。」
王女が自分を嫌い、拒絶しようとするその姿を抱くことに新たな楽しみを見出そうと決意したのだ。
サマルティアの王子は水晶を見つめながら、静かに微笑んだ。
「君がどれほど僕を嫌おうとも、身体は逃げられない。そして、その事実が僕を楽しませ、君を苦しめるだろう。」
その言葉を呟く彼の胸には、愛情と支配欲、そして歪んだ満足感が交じり合っていた。王女の心が自分に戻ることがなくても、彼は彼女を完全に手に入れるための方法を見つけたのだ。
********************
さきほどの出来事が鮮明によみがえるたび、王女の胸には激しい罪悪感が押し寄せていた。
「私は、なんてことをしてしまったの……。」
ローランシアの王子に対する感情を抑えられなかった自分。その想いを行動に移し、彼と一つになってしまった事実――それは夫であるサマルティアの王子への明確な裏切りだった。
心の中で何度も自分を責めた。国の再興のために政略結婚を受け入れた自分が、こんな形でその役割を踏みにじることになるなんて。王女の目から涙がこぼれ、シーツを握りしめながら声にならない嗚咽を漏らした。
「これを彼が知ったら、どうなるのだろう……。」
そんな不安に苛まれながらも、王女はサマルティアの王子が外泊していることに安堵していた。今夜だけは彼と顔を合わせることなく、この罪を心の奥底に押し込める時間が欲しかった。
その時だった。
「ただいま。」
サマルティアの王子の声が静かな寝室に響いた。
驚きと恐怖で心臓が跳ね上がる。外泊すると聞いていた夫が、突如として帰ってきたのだ。王女は慌てて涙を拭い、動揺を隠そうとした。
王子はそんな彼女の様子に気づいていたのか、ゆっくりと寝室の扉を閉めると、手に持った水晶を掲げて言った。
「君に見せたいものがある。」
王子が水晶を光らせると、空中に映像が映し出された。ローランシアの王子に変装したサマルティアの王子との情事――王女の視線、仕草、声、すべてがありのままに再生されていく。
王女の顔から血の気が引き、その場に立ち尽くした。
「どうして……こんな映像が……?」
動揺し、震える声でそう呟いた彼女に対し、サマルティアの王子は無言のまま、ゆっくりと腰のポケットからある物を取り出した。それは、光沢のある不思議な仮面――魔法のマスクだった。
彼はそれを王女の前で掲げると、皮肉な笑みを浮かべながら言った。
「これは王家で保管している魔法の品でね。よく知る人間に変装することができるんだよ。これを使って、ローランシアの王子に変装していたんだ。この3日間、君の寝室に現れた“彼”の正体は、僕だよ。」
その言葉に、王女の目が大きく見開かれた。
「君のローランシアの王子を想う気持ちには、正直恐れ入ったよ。僕が演じている間、君がどれほど彼を求めているのか、痛いほど伝わってきた。」
王女の心は混乱と羞恥、そして絶望でいっぱいになった。彼女は今晩の行為を思い返しながら、その相手が夫だったという現実を理解する。
王女は頭が真っ白になり何も考えられない。ただ漠然とした不安と罪悪感が胸を強く締め上げた。
サマルティアの王子は、彼女の沈黙と驚愕の表情を冷静に見つめながら、さらに言葉を重ねた。
「君の反応は見事だったよ。あのローランシアの王子への熱っぽい視線、まさか僕がその相手だとは思いもしなかっただろう?」
その言葉に、王女の心はさらに深く追い詰められた。
「僕は君の本音を知りたかっただけだ。君の心が誰に向いているのか、この目で確かめたかった。そして――」
彼は水晶を握り締め、冷たく言い放った。
「その結果を、こうして記録に残した。」
********************
映像が終わると、寝室には重い沈黙が訪れた。王女は震える声で必死に言葉を紡いだ。
「お願いです……記録を消してください……。」
その声は涙に濡れ、ほとんど聞き取れないほどだった。しかし、王子は冷たく言い放った。
「消す? 君がその映像の中で何をしたのか、君自身が一番よく分かっているだろう?」
王女は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。彼女は顔を伏せ、床に落ちた涙の雫を見つめていたが、次の瞬間、王子の冷たい声が静寂を破った。
「君から謝罪の言葉はないのかな?」
その言葉に、王女の胸が刺すような痛みに襲われた。
「謝罪……私は……。」
彼女は何かを言おうと口を開いたが、言葉にならない。今夜の出来事が頭の中で繰り返し蘇り、何も弁解できない現実を突きつけられるばかりだった。
王子は彼女の沈黙を冷たく見つめながら、さらに追い打ちをかけた。
「君は僕を裏切り、そして何事もなかったかのように生きるつもりだったのか?」
王女は震える手で胸元を掴み、声にならない嗚咽を漏らす。
「夫を裏切った君に、謝罪すらする気がないというのなら、僕はそれを許すことができない。」
王子の言葉が容赦なく続く中、王女は涙を流し続けたが、彼の言葉に応えることはできなかった。
王子は水晶を手に取り、淡々と話を続けた。
「もしこれを公表したら、君の愛するムーンベリクの民たちはどう思うだろう?」
その言葉に、王女の体が硬直する。
「君は亡国の希望だ。その君が、夫以外の男とこんな行為に及んでいたと知れ渡ったら、彼らはどれほど失望するだろう?」
王女の頭の中で、王子の言葉が反響する。自分の愚かさがすべての信頼を裏切り、民たちを深い失望へと突き落とす――その未来が現実味を帯びて彼女を追い詰めていった。
「私は、なんてことをしてしまったの……。」
王女は震える手で床を掴み、目に溢れる涙を止めることができなかった。自分がしてしまったことの重みと、これから訪れるであろう未来の恐怖が彼女を押し潰していた。
その彼女を冷たく見下ろしながら、サマルティアの王子は静かに言葉を続けた。
「もう僕は、君の愛など求めないよ。」
その一言が、彼女の胸に鋭く突き刺さった。
「だが、一生をかけて償ってもらう。君も自分の立場を理解しているだろう。君はムーンベリクの希望だ。その立場から、逃げられないことは分かっているはずだ。」
王子の声は冷静だったが、その冷たさが彼女に突きつけられた現実をさらに鮮明にした。
「安心しろ、従順にしていれば、子供は孕ませてやるし、ムーンベリク家の再興にも力を貸してやるさ。」
その言葉は、まるで王女の存在を単なる道具とみなしているかのようだった。それはかつて自分が望んだ待遇だった。しかし、その頃とは大きな違いがあった。夫の愛を完全に失ってしまったのだ。王女は新たな涙を流しながら、震える唇を噛みしめた。
「もう、私には何も残されていない……。」
王女の心の中で呟かれるその言葉は、絶望の淵に立つ彼女の心情そのものだった。
サマルティアの王子は、そんな彼女をじっと見下ろしながら、最後にこう言い放った。
「君が僕に従う限り、君の秘密は守られる。その代わり、僕に背くことがあれば、この水晶が何をするか……分かるな?」
王女は声にならない悲鳴を胸に抱え、ただ静かに俯いた。
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