第14話
声をかけた。言葉をかけた。そこが陽だまりであるかのように。陽だまりで育てられたかのような葉を、言の葉を娘がかけたのである。人と人との間の大河のような断絶に、一筋の大橋を架けたのである。なまじそれは賭けたとさえいえるような無謀な博打であった。貴文がその言葉にこたえる保証など一つきりもないのである。ただ、貴文は答えた。音で遊ばずに、言葉と思考を逃がさずに、真向から答えたのである。
「何を失敬な事を」と言ってしまえば一塊の言葉である。しかし、これほどまでに感情をにじませた言葉を、社会のはぐるまたちは今までに一度も観測できなかった。貴文の口からこれほどの熱量の味が放たれるところを、ただの一度だって見てはこれなかったのだ。これまでずっと観測していたのにも関わらずである。他のことにかかずらっている暇などないほどにこの観測に関わっていたのにである。
何が貴文をそうさせたのかはまだわからない。貴文自身すらわかっていないようでもあった。
「なんだ、貴方様はずいぶんと短気でいらっしゃるのね」
「そのような立ち居振る舞いに好き勝手言われるなど、世間と世界とが許そうとも己が許さんわ」
「それはどうしてなのかとてもきになるものでございます。いったい、私の何が貴方様をいらだたせるというのでしょう」
「いらだち? これがいらだちなものか。これがいらだちなどという穏やかな言葉で糊塗されてたまるものがどこにいるだろうか。腹が減りすぎて仕方のないものの腹にたまるのであればそれもよかろう。ただ、こんなものは空腹の一つのたしにもなりゃあしない。質量という質量が存在しないのに、空虚であるのに何か飾り立ててしまうようなそんな「いらだち」という曖昧模糊な言葉遣いにすべてを許して明け渡してなどいい道理があるまい」
「では、貴方様のそれはなんだというのでございましょう?」
「知るものか。知るものかよ。娘。貴様は死にに来て、死にに行くのだろう。」
貴文の口から、あふれ出たのはそのような言葉だった。今迄忌避していた「死」という言葉を平然として使用しているのである。聞き耳を立てていた社会のぜんまいたちも自らの耳を疑った。耳と、目と、五感なるものと、己らの精神なるものを疑った。それほどまでにありえない言葉選びであった。
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