長時間プレイは頭痛の元
バージョンシナリオの始動、大手ギルドの動向考えるべきことは山積みだが、完全新規のマップの開拓。それが、彼のゲーマーとしての心を純粋に躍らせていた。
(まずはレベル上げだな。いつまでもルナに介護されてるわけにはいかねえ)
決意を新たに、理成はヘッドセット、「CAMELOT P-04」を装着する。
目標は、
「起動ソフトウェア――Baroque Border、選択」
いつもの起動音が響き、意識が仮想現実へとダイブしていく。
視界が暗転し、脳へと直接ゲーム世界のデータが流れ込んでくる感覚。
サーバーへの接続、ユーザー認証、キャラクターデータの読み込み……普段なら数秒で終わるはずのプロセスが、しかし、その日は明らかに異様だった。
(……なんだ? 長い……)
暗転が、終わらない。
それはただの時間的な長さだけではなかった。意識が沈み込む深度が、いつもより遥かに深い。まるで、正常なハンドシェイクを完了できないまま、未知のサーバー領域へと強制的に魂だけが引きずり込まれていくような、不快な感覚。
システムからのフィードバックが途絶え、完全な静寂と闇が、思考そのものを凍てつかせる。
――まずい。
そう直感した瞬間、無理やり意識が覚醒へと転じる。脳に直接コールドスリープ明けの冷却剤を流し込まれるような、鋭い感覚の奔流。
::: Log In Process Error:::
Main Scenario Participants; Liesay Luna
Version Main Scenario Starting Process; Error
M m ain Scenari o.oO. S StTTtarting Procenariiiedsnsxownxkwncwoncxwecxnwoncw
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:::
:
:
Version Main Unique Scenario Converted;
World Scenario "BB" Converted;
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ワールドシナリオ「BB」スタンバイ
情報改竄済み Ver.3.0 メインエラーシナリオ「月天の風来坊」
情報改竄済み Ver.3.0サブエラーシナリオ「アンゴルモア・ラスト・サン」を開始します。
System Hacked
System Console Unavailable
Log Out Command Unavailable
Good Luck for Your Survival!
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「――っ!」
思わず漏れた呻きと共に、リゼの瞼がこじ開けられた。
視界に飛び込んできたのは、約束の地である『ハイランド』の賑やかな街並みでは断じてなかった。
揺らめく炎。その向こうに広がる、途方もなく広大な、巨大な地下空洞。
天井は見えず、ただぼんやりとした闇が広がっている。洞窟の壁のあちこちに、青白く、あるいは翠色に輝く巨大な苔やキノコが自生しており、それらが神秘的な光を放って、この異様な空間をぼんやりと照らし出していた。
(なんだ、ここ……!? ハイランドじゃない……どこだ!?)
混乱する頭で状況を確認しようと身を起こすと、自分が寝かされていた寝袋のようなものから滑り出た。隣を見れば、同じように寝袋にくるまれたルナが、まだ静かな寝息を立てている。外傷はなさそうだ。ひとまず、安堵のため息が漏れる。
「……目が覚めたか」
凛、と張り詰めた、氷のような声がかけられた。
はっとして視線を向けると、焚き火の向こうに一人の女エルフが座っていた。岩に腰かけ、濡れた布で手にしたナイフの血糊を淡々と拭っている。
月光を思わせる白銀の長髪を無造作に一つに束ね、怜悧な顔立ちには一切の感情が浮かんでいない。服装は、使い込まれた軽装の革鎧と、色褪せた深緑の外套。その痩身長躯のしなやかな佇まいと、全てを見透かすような鋭い翠色の瞳は、彼女がただ者ではないことを雄弁に物語っていた。
「……あ、あなたは?」
リゼは咄嗟に、か弱い少女のロールプレイを思い出し、警戒心と不安をない交ぜにした声音で問いかける。
「……」
女エルフは答えず、ただナイフを研ぐ手を止め、じっとリゼを観察する。その沈黙が、リゼの緊張をさらに高めた。
(うわ、ガチのクールビューティーきた……! しかもツンケンしてらっしゃる! ご褒美です! ……じゃなくて! なんだこの威圧感は! こっちの内心見透かしてきそうだぞ!)
数秒後、彼女はようやく口を開いた。
「……リヴェル。ただの探索者だ」
リヴェルと名乗ったエルフは、ナイフを鞘に収めると、立ち上がる。
「お前たち、大層な音を立てて“上”から降ってきた。あの高さから落ちて五体満足とは、悪運が強いらしい」
「助けて、くれたんですか……?」
「感傷に浸るな。お前たちがこの深界で生き残れるだけの『何か』を持っているか、見極めていただけだ」
その言葉は、善意とは程遠い、純粋な値踏みだった。
「深界……?」
「そうだ。ここはフジヤマの根を何千メートルも下った先。
(フジヤマ……第五エリアと考えるのが普通か)
リゼの脳裏に浮かぶのは、前回の攻略対象だったフジヤマ大樹海。
その遙か地下に広がる地下空間という話が本当なら、それはどの攻略サイトにも載っていなかった新情報だ。……ユニークシナリオがらみの、個別マップと考えるのが妥当か。
しかし、いまだに疑問は尽きない。ログイン時の不思議な挙動、そして今もなお身体に纏わりつく不可解さ。
何か、特殊なデバフでも発生しているのか––––––?
その時、野営地の岩陰から、カサリ、と小さな物音がした。
ルナを起こさぬよう、リヴェルは人差し指を自らの唇に当てる。「静かに」という合図だ。彼女は音もなく立ち上がると、ナイフを逆手に持ち、気配を殺して音のした方へと滲み寄る。
次の瞬間、岩陰から黒い影が飛び出した。体長1メートルほどの、トカゲに似た素早い獣だ。
ルナが身じろぎしたその刹那、獣はリゼめがけて一直線に跳躍する。
「きゃっ!」
リゼが悲鳴を上げるよりも早く、リヴェルの腕がしなった。放たれたナイフが正確に獣の右前脚を岩壁に縫い付ける。甲高い悲鳴を上げる獣に、リヴェルは瞬時に距離を詰め、躊躇なくその首筋に二本目のナイフを深々と突き立てた。
獣は一度、二度、痙攣し―――そして、動かなくなった。
リゼは、その光景に凍り付いた。
閃光も、効果音もない。ポリゴンへの分解も、アイテムドロップのウィンドウ表示も、ない。
ただ、生々しい絶命があった。獣の体からは、どす黒い血が流れ出し、土に染みを作っていく。それは、紛れもない「死骸」だった。
(…………は?)
理解が、追いつかない。
なんだ? 今のは。バグか? グラフィックの表示設定がおかしいのか?
いや、違う。あの血の匂い、あの生命が絶える瞬間の微かな痙攣。それは、ゲームの「演出」では片付けられない、圧倒的な現実感を伴っていた。
数秒、数十秒。
死に行くトカゲの亡骸を見守っても、それはポリゴン体へと変貌しない。
––––––強烈すぎる違和感と、その現象が持つ圧倒的な説得力。
これでは、まるで。
これは、まるで––––––––––––。
「ん……リ、ゼ……?」
隣で眠っていたルナが、身じろぎをしてゆっくりと目を開けた。
彼女もまた、周囲の異様な光景に一瞬言葉を失い、そしてリゼの隣に立つ見知らぬエルフの姿を認めるや否や、弾かれたように跳ね起きた。
「リゼ、下がって!」
ルナは即座にリゼの前に立ちはだかり、腰の剣に手をかけながらリヴェルを睨みつける。
「あなたは誰! ここはどこなの!?」
ルナの殺気にも近い敵意に対し、リヴェルは眉一つ動かさなかった。
「騒ぐな。この深界の魔物を呼び寄せたいのか」
温度のない声で制され、ルナはぐっと言葉に詰まる。
「ま、待ってルナ! この人はリヴェル、さん! 多分、私たちを助けて……くれた、みたい」
リゼは慌ててルナの腕を引き、二人の間に割って入る。このクールなエルフを敵に回すのは、どう考えても得策ではない。
(この氷の女エルフ、絶対面倒見良いタイプだ! 俺のTSゲーマーとしての勘がそう告げてる! ここは全力で庇護欲を煽るムーブが正解!)
リヴェルは、そんなリゼの内心を知る由もなく、庇われるようにして立つ華奢な少女と、それを護るように立ち上がる女剣士を一瞥した。
「……状況を説明する」
リヴェルは二人のやり取りを断ち切るように、事務的に話を続けた。
「ここはお前たちがいた上界とは違う––––––遥か地下深くに存在する地下空間、深界。脱出を望むのなら、最深部の遺跡に存在する転移装置を目指すほかない」
「………」
一瞬の逡巡と、沈黙。
現実離れした情報の存在に、どうしても動揺が走る。
「不可能だ、と言いたいか。なら、ここで朽ち果てるがいい。私は止めん」
「そんなこと、誰が言ったのよ。……でも、ワープは使えるんでしょ? 一旦街に戻って、」
ルナはポップアップウィンドウを展開してワープを試みる。しかし、表示されたのはワープ失敗、ERRORの文字。
「お、おかしい……」
マップ表記、状況表示、その全てがUNKNOWN。
自分の周囲を示すはずのミニマップは黒く染まり、一切の情報を写さない。方角を示すデジタルコンパスの表記は、狂ったように回り続ける。
加えて、致命的に––––––
「な、なんなの、これ……!?……ふざけないで! ログアウトできないってどういうこと!? 強制ログアウトのコマンドは……クソッ、それもダメ!?」
ルナの、普段の冷静さからは考えられない、焦燥に満ちた声が響く。
システムウィンドウ、ゲームシステム。
そこに煌めくはずだった「ログアウト」の文字は、もはやどこにも存在しなかった。
(強制、ログアウト不可能空間–––––––––!?おかしいじゃないか、これじゃまるで、まるでこの世界が––––––)
現実のよう、ではないか。
心中に広がる、疑念と当惑の渦。
「え、ま、待ってよ、ログアウトできない––––––?システムが動かない––––––そんなのて、もはや私たちここに閉じ込められたようなものじゃ……」
「先ほどの違和感……ログイン時の挙動の不自然さ?何に起因するものだ、これはバグなのか––––––?」
ルナとリゼが愕然とする中、リヴェルは続けた。
「……だが、私はお前たちに一定の興味がある。あの崩落の中心にいながら、これだけの装備を維持し、ほとんど無傷でいられる。冷静にみても、只者ではない」
彼女の翠眼が、二人を射抜く。
「私は、最下層へ至るための『駒』を探していた。……お前たちに利用価値があるのなら、手を組んでやってもいい」
それは、協力のようでいて、限りなく取引に近い提案だった。
リゼは、どう答えるべきか、隣のルナの顔を窺う。
ルナは、数秒間、リヴェルを睨みつけていたが、やがて、ふぅ、と一つ大きな息を吐いて、剣の柄から手を離した。
「……今はあんたに従うしかないってわけ。いいわ、その話、乗ってあげる。でも、リゼに変なことしたら、ただじゃおかないから」
「……いいだろう。だが、覚えておけ。足手まといは切り捨てる。それがこの深界での唯一のルールだ」
「……もう一つ。––––––私のことはリヴェル、でいい」
:::
「さて、と。善は急げだな。早速進むとするか」
リヴェルは焚き火の火を足で踏み消すと、腰の剣の柄を握った。
システムウィンドウの表記は相変わらずおかしいが、基本的なゲーム画面は問題なく作動している。
気づけばリヴェル……も、任意加入NPCとしてパーティに参加しているのが確認できた。
リヴェル。Lv.67。職業は
ともあれ、強力な助っ人なことには相違なかった。
「まずは、生存の術を学べ。この先の洞窟に、灯り代わりになる『光苔』と、傷薬の材料になる『癒着草』が群生している。最初の目的は、それの採取だ。ついてこい」
リヴェルの後を追い、三人は野営地を後にした。
一歩足を踏み出すごとに、深界の異様さが肌で感じられる。空気はひんやりと湿っており、時折、巨大な鍾乳石から滴る水滴の音が、静寂な洞窟に反響した。
「気を抜くな。この深界では、地面も壁も、お前たちの常識通りとは限らん」
リヴェルがこともなげに言うと、丁度前方の地面の一部がぬるりと動き、巨大な口を開けた。擬態型のモンスターだった。
リヴェルはそれを一瞥すると、腰のナイフを抜き、躊躇なくその中心に突き立てる。断末魔を上げる間もなく、モンスターはその息を引き取った。––––––ポリゴンと化することは、やはり、しばらく待っても起こりそうになかった。
「深界の生物は、等しく全てが互いを付け狙う捕食者だ。油断すればすぐさま死に絶えると思ったほうがいい」
「では、進むぞ」
慣れたような足取りで、リヴェルはそのまま地下洞窟を歩いていく。
道中、リヴェルは深界の植物や地形について、淡々と解説を続けた。
「あの赤いキノコは『睡魔茸』。胞子を吸うと、強力な睡眠効果がある。風下には立つな」
「壁に空いたあの穴は『響き虫』の巣だ。大きな音を立てれば、群れを呼び寄せることになる」
その知識は、長期間ここで生き延びてきた者の経験に裏打ちされていた。
しばらく進むと、少し開けた空間に出た。壁一面が、リゼたちが探している『光苔』で青白く輝いている。幻想的な光景に、ルナもリゼも思わず息をのんだ。
「綺麗……」
「しゃべる前に手を動かせ。いつ魔物が現れるか分からん」
リヴェルに促され、三人は壁に張り付いて光苔を採取し始める。
その時だった。
カサカサ、という乾いた音が、洞窟の暗闇から響いてきた。
「……来たか」
リヴェルの呟きと共に、暗がりから複数の甲殻獣が姿を現す。
「『ブラインド・ストーカー』の群れだな。……聴覚が鋭い。音を立てるな。弱点は腹部だ」
リヴェルが小声で警告し、三人は息を殺す。
だが、一匹が何かの気配を察知し、甲高い威嚇音を発した。それを合図に、全てのストーカーが襲いかかってくる。
「仕方ないか……やるぞ!」
リヴェルの号令で戦闘が開始された。彼女は音もなく敵の背後に回り込み、ルナは正面から複数の敵を引き受ける。
オロチ戦でLAを果たしたルナは、少人数クリアの恩恵をフルに受けて、レベルも大幅に上昇している。
目前のエネミーのレベル平均は40付近。フジヤマ大樹海からは大幅に上昇しているが、NPCのリヴェルの援助も加味すれば、致命的遭遇でもなんでもない、といったレベルだ。
しかし、自分––––––リゼは別だった。
オロチ戦の途中で一度ダウンしたペナルティや、そもそものレベル差によるキャリー判定。諸々が重なり、ジャイアントキリングを果たしたといえどもレベル上昇は微々たるもの。
リゼ一人にとっては十分な致命的遭遇とも言える敵の集団を相手に、どうにも攻めあぐねる。
思考の渦の中、一匹のストーカーが前衛を抜け、リゼへと向かってきた。
「リゼ、危ない!」
ルナが叫ぶが、間に合わない。
リゼは咄嗟に身を捻るが、振り下ろされた鋭い爪が、リゼの左腕を浅く引き裂いた。
「ッッッ!!!」
声にならない絶叫が、喉の奥で詰まった。
痛い。
痛い痛い痛い痛いイタイ!
それは、BBのシステムが許容する、抑制されたダメージ感覚ではなかった。現実で、刃物で切り裂かれた時と寸分違わぬ、焼けるような、生々しい激痛。
視界の端にHPバーの減少が見える。それは痛みの感覚に反して、思ったよりも少ないものだった。だが、そんなものは気休めにもならない。
左腕から流れる温かい血の感触と、脈打つような痛みが、全ての思考を塗りつぶしていく。
ッッッッッ!?なんだ、これは、何が起きた!?
やはり、そういうことなのか。
先ほどから、危惧していることが事実なら–––––––––
脳裏に浮かぶ違和感。
ダイブ時のおかしな挙動、リヴェルの仕留めたトカゲの死骸……ポリゴン化しなかった、おかしな状況。
一つ。一つ答えがあるとするならば、それは–––
―――ここは、どう足掻いても、現実だ。
少なくとも、現実と変わらないルールで動く、命のやり取りの場なのだ。
当惑したリゼに、ストーカーがとどめを刺そうと迫る。
その時だった。
「つっ!」
リゼは、ほとんど無意識に後ずさった。その拍子に足元の小石を蹴ってしまう。
カラン、と小石が反対側の壁に当たり、乾いた音を立てた。
「キッ!?」
聴覚を狂わされたストーカーが、壁に向かって突進し、激突する。一瞬、無防備な腹部を晒した。
「……もらった!」
その隙を、ルナが見逃さなかった。飛び込みざまの一閃が、ストーカーの腹部を正確に貫く。
ストーカーは、やはりポリゴンにはならず、痙攣して絶命した。
リヴェルは、別の敵を仕留めながら、今の光景を目に焼き付けていた。
(……ただの幸運か? いや、あのタイミング……。恐怖に支配されながら、生き延びるための最善の行動を、無意識に取ったというのか……)
残りの敵も掃討し、ルナが血を流すリゼの腕を見て駆け寄ってくる。
「リゼ、大丈夫!? すごい血が……!」
「だ、大丈夫……ちょっと、かすった、だけ」
震える声で答えるのが精一杯だった。痛みに耐えながら、か弱い少女のロールプレイを続ける。
リヴェルは黙って近づいてくると、ポーチから薬草を取り出し、手早くリゼの傷の手当てを始めた。
「…………ただのか弱いだけの存在ではない、か」
リヴェルの呟きは、誰に聞かせるでもない、彼女自身の再評価だった。
採取を終え、野営地へと戻ろうとした時、洞窟のさらに奥深くから、地響きのような、重い咆哮が響き渡った。
「……まずいな」
リヴェルが、初めて焦りの色を声に滲ませた。
「ここら一帯に敵が集まってきそうだ……急ぐぞ」
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