ネッ友は素性を知らないからネッ友


 フジヤマの麓、天然温泉の湧き出る山庵の入り口。

 リゼはぼんやりと周囲を漂うホタルの光を眺めながら、ルナの帰りを待っていた。


「あ、ようやく出てきた」


 しばらくして後、風呂を浴び終えたルナが庵から出てくると、リゼはそのまま「よっ」と腰掛けていた岩から降りて、庵の扉から出てくる彼女を待つ。


「――あら、またせたわね」


「なぁに、教えてもらったホタルを眺めてたらすぐだったよ」


 風呂を浴び終えたルナは心身共にさっぱりしていて、その黒髪はお湯がしたたり濡れ髪になっている。

 艶がかった黒髪を後ろで一つに結わえて、凛とした雰囲気をまとわせていた。


 そんなルナだったが、眼の前の少女の発言に思うところがあったのか、一つ質問を投げかける……


「あなた、なんだか口調、変わってない?」


「だから言っただろ、俺は男なんだって!」



 ………その設定、まだ続けるのね。


 はぁ、と困惑気味にため息をつきながら、まぁそういうことなら、と肩をすくめるルナ。眼の前の少女はそれでもなお強情に、男だぞ!とぷんすか主張している――こんなに可愛い仕草をしておいて、何が男なのだか。


「はいはい、わかりました。……それじゃリゼくん、お待ちかねの第5回廊へと行きましょうか」


「あ、お前信じてないだろ!まじで後悔すんなよ、本気で男だからな」


「はいはい」


 ……よほど温泉が嫌いだったのか。もう金輪際誘うのは控えておこう――と、リゼの冗談を軽くあしらうルナ。


 そのままもと来た道を戻り、洞穴の入口へと向かおうとしたところで……リゼにふと呼び止められる。


「そういえばさっきから気になってたけど、、なんなんだ?」


「それって……あぁ、これのことね」


 風呂から出た後、山庵の前に佇んでいたルナは、幾らか輝いて見えた。

 ――これは比喩表現の類でなく、字面どおり。字面そのまま、ルナは物理的にオーラを纏っているのである。


「ほら、上を見たら月光が差し込んでいるでしょう?さっきまでの道中は森が深すぎて月光が差し込む隙間もなかったけど、ここの広場は開けているようね」


「――これは私の運命『月輪』の能力、『月輪駆動』。効果は、月光が差し込んでいるフィールドでの全パラメータのバフ。まぁ、さっきから使っていた『魔力回路』のパッシブ版みたいなものよ」


 ほら、とステータス欄のウィンドウを表示させると、スワップしてリゼの前へと向ける。そこには上昇したパラメータ値が詳細な数字で表示されている。


「って、流石にユニーク、補正値がだいぶ高いな……これがあれば、夜に挑戦すれば第5回廊もソロで難なくクリアできたんじゃないのか?」


「あなたねぇ、さっきの入口見たでしょ?」


「……あ」



 そう、今回挑戦する第5回廊は洞穴の中の屋内ダンジョン。

 それが山頂へと向かっていくタイプのダンジョンならまだしも、事前情報によれば第5回廊は続々と下へと降りていく、すり鉢状の山中迷宮を攻略していくタイプ。

 となれば、どう足掻いても月光が差し込む隙間などない。


 したがってルナに関しては、彼女の「月輪」を駆使した作戦は除外してこの第5回廊の攻略を組み立てなくてはならないのだった。


(ま、それでもさっき連戦したおかげでレベルも25になったし……あの調子でいけば『魔力回路』だけでもなんとかなりそうね)


 加えて、彼女のメイン魔法は光属性のホーリー・フォース。洞窟の暗所に潜む的に有効な事が多い属性であることから、道中もそこまで苦戦はしないだろう。


「ほら、はやく行きましょう。街を出てからだいぶ時間も経ってる……今夜じゅうに第2区画到達、セーブポイントを更新してログアウト、が目標ね」


「そうだな、わかった。……いこう!」


 こうして、二人の少女は一路、ついに第5回廊の本陣……『フジヤマ大洞穴』へと足を踏み入れる。



 ・・・



「せぇああっ!」

「『光気剣』!はああっ!」

「危ない、下がってっ―――!『グロウ・スフィア』ッ!」



 文字通り、一騎当千、万夫不当の大活躍。

 洞窟の中を、魔力回路を走らせた一人の女剣士が縦横無尽に駆け回り、ばったばったと敵をなぎ倒していく。


 敵モンスターのレベルも22や21と、決してこの第5回廊攻略の推奨レベルから考えれば弱くはないレベルの敵ばかりであったが、先程の温泉のバフ値が高いことや、連戦を重ねるうちにルナ自身のプレイヤーレベルも上がっていることもあり、大した苦労も無く次々とポリゴンの粒へと霧散させていく。


「これ、俺いるのかなぁ」


 後方の安全な場所から支援魔法を、時たま攻撃魔法を打っているだけのリゼは、ふとそんなことを呟く。確かにレベル14のプレイヤーであればこのレベルのダンジョンにいても足手まといなだけで、基本的には後衛に徹するのが望ましい。


 しかし、そういった足手まといの存在を加味しても、効率よく敵を粉砕していくルナの様子を見て、ソロでもいけてたんじゃね?と思ってしまうリゼであった。




「ヒギャーーーース!」


 と、その時。

 ―――背後から迫りくる、敵モンスターの鳴き声。


 ルナがうち漏らした敵か、はたまた隠れ潜んでいた伏兵か。

 同胞を次々と屠っていくルナがはるか前方に行き、後衛との距離がかなり空いた瞬間――そのわずかな隙を狙って、後衛で支援魔法ばかりを打つ、少女にターゲットを向けて、狙ってきたのだ。



(確かに、俺だけ明らかにレベルも低いし、その狙いは妥当―――だけどなっ)


 振り向きざまに、リゼはパッシブ『鎖相反鎧』を適用する。

 コンマ数秒の間に、目まぐるしく変動するリゼのパラメータたち。AGI、STR、AGI

 、CON、DUR、AGIと、その場その場で的確な数値を超強化し―――



「ヘギャウゥ!?」


 瞬間移動の如き高速移動、急所を狙った長剣の一突き、元いた場所へと体勢を戻す再度の高速移動、過度に消費したスタミナの調整、投げつけてきた投擲物への対処、そしてその間に更に前進してしまったルナの近くへの高速移動―――――



 一瞬のうちに、背後にいたレベル24モンスター、スネーク・オチムシャをポリゴンへと変える。

 断末魔とも困惑の声ともつかぬその情けない鳴き声だけが、ポリゴンの消滅に遅延して数秒後に響き渡った。


 リゼの「運命」に紐づけられたパッシブ、『鎖相反鎧さそうはんがい』。これはリゼ自身が貯蓄した固有カウント『相反値アンチ・テルゼ』が十分溜まっており、かつ、敵対モンスターがリゼにとっての致命的遭遇フェイタル・エンカウントである際にアクティベートされる、パラメータ移動アビリティ。



 あくまで装備品収集にかまけていただけで、決して狙ってのものではなかったにせよ、ロクにレベリングをしていなかったリゼにとっては、中盤以降の敵はほぼ全てが致命的遭遇フェイタル・エンカウントも同然。

 それゆえ、基本的には『相反値アンチ・テルゼ』をストックしておくだけで、直近の戦闘ではほぼほぼアクティベートできるのがこのパッシブ。



 なお、この『相反値アンチ・テルゼ』というものが、どういったものなのかは、未だにリゼにとっても良くはわかっていない。名称的に、矛盾めいた言動、辻褄の合わない育成など、ゲームシステムの意向に反するものをすればいいのか?という仮説は立っている。


 ―――そして、最悪なことに。リゼがの末、たどり着いてしまった一つの検証結果がある。



 それは、『相反値アンチ・テルゼ』の正確な定義がどうあれ、結果として貯蓄することが可能な特定の動作を見つけてしまった、という意。それとは、即ち………


(まさか、本当に「」が『相反値アンチ・テルゼ』を貯めることに繋がるなんて………)



 ……先程までのルナとの会話。街での男たちとのたわむれ。これまでのエリアでの騒がれるような美少女的振る舞い。

 無論元からTS願望がリゼにあったことは否定しないが、それだけではここまでの女の子ごっこロール・プレイはできない。

 しかし、リゼの体と、理成としての心のあり方に矛盾が生じれば生じるほど、固有スタックはどんどん溜まっていき………


 ただひとえに、そうすれば自身のチート・パッシブが使用可能になる、という悲しき法則に気づいてしまったがゆえの、苦肉の策。



「――――なにか物音がしたけど、大丈夫?隠れてたモンスターとか!?」


 慌てて洞窟の奥から引き返してくるルナ。

 急いで戻ってきたのか、息は多少切れてはいるが、傷の類は見当たらない。やはり、単騎で前方の敵は全て殲滅してきたのだろう。――――相変わらずの強さだ、とリゼは感嘆する。


「い、いや、大丈夫。足元つまづいただけだから」



 ―――先の温泉での一件以来の、リゼの行動指針。

 この際、パーティメンバーとして攻略完了まで一緒にいる時間が長いルナ相手に、これ以上女の子のフリロールプレイをすることは精神的な限界だった。


 幸い、「相反値」は街での一件で必要量蓄積している。

 であれば、先程の脱衣所での一件のような―――あまり、適切でない状況に自分の身をやつすのは、些か面倒なことだった。


 しかし、その代わりではないが。店長、メビウスとの約定もあり、リゼは最低限パッシブに関しての情報は極力隠匿することにした。

 先程のモンスターとの遭遇のように、明らかに自分一人だけの状況ならばともかく、他人の目のあるところで不用意に『鎖相反鎧』は打てない。


 それゆえ。極力戦闘の痕跡というものは、隠すこととした。



「そう、ならいいけど。……ほら、もうすぐ。あそこの階段を降りれば地下4層。その最奥に、回廊ボスの『ツインヘッド・サーペント・ジェネラル』がいるはず」



 ルナの指差す先には、奥底が見えない暗い階段が見える。

 周囲に取り付けられた壁面の松明が、周囲の空間をほんのりと照らしているが、それでも奥までは見えない。それほどまでに深い先まで、この階段は続いている。


 二人は周囲にもう敵がいないことを確認すると、そのまま第5回廊の最後の階層へと足を踏み入れ始めた。







 ・・・






 階段を降りる中途、リゼとルナは一列になって、松明が照らす洞窟の中の螺旋階段を降りていく。

 段差は急で、岩肌を手で支えながら降りていかなくてはならない。


 二人して無言のまま黙々と歩いている最中、ふとリゼはルナに対して、疑問を投げかける。


「なぁ、そういえばなんでソロでやってるんだ?パーティでも組めば、もっと楽に進められるだろ?」


「同じセリフ、そっくりそのまま返すわよ」


「―――んぐ。だから、それは俺が男だからなんだって。こんな変なアバターが使えてるの、色々とばれたら面倒だろ?」


「またそれ、か。理成くんが聞いたら喜びそうな話ね」


 そう、ぶっきらぼうに返答するルナ。

 ちょうど同時に、先程過ぎ去った上層から大きな蛇の鳴き声が響き渡る。

 取り逃がした残党か、はたまた新たにポップした新手か。


 いずれにせよ、間の悪い音の反響にかき消されて、そのセリフはリゼには届かない。



「ん?り――なんつった?人の名前?」


「いや、私のリアル――というか、ネットの知り合いの名前。………あなたが本当に男性なのに女性アバターを使えているのだとしたら、そんな状況を喜びそうな人を一人知っている―――ただ、それだけよ」


「ほほう、その御仁とは趣味が合いそうだ………」


 ほう、TS趣味を同じとする同志か。

 後ほどぜひフレンドコードなどを知りたいものだ、とリゼは想起する。



「で、その知り合いとは一緒にやらないのか?ネットの知り合いってんなら、その人もゲームをやってたりするんだろ?」


 階段を降りる足は止めず。

 二人は互いに顔を前へ向けたまま、そのままにして歩き続ける。

 顔を見合わせること無く、会話はそのまま宙を飛んで投げ交わされる。


「もちろん、ゲームはやってるけど――彼、VRはやらないの。それに、ココ最近は何をやってるのかさえもわからないし。学校ではもう話す機会もないし………ゴニョゴニョ」


「な、なるほど……」


 ……昨今のVR全盛の世で、VRに手を出さず旧式ハードのみに勤しむというのか。

 自分以外にもそんな人がいたなんて、とリゼは思わずその希少種族の存在に感嘆する。


「そんなことをいうなら、あなたも私と似たようなものでしょう。――知り合いのプレイヤーとか、いないわけ?」


「いや、いるにはいるが……皆上級者っぽくて、各々やることがあって忙しそうなんだよな」


「―――そう、私もそう。Ver.3.0ではじめたのだから、多少の出遅れは仕方がないけれど」


 ……二人は進む。

 階段を照らす照明は、そのまま二人の少女の影を岩肌に拡大した大きな影法師を示す。

素性は知れず、絡み合う運命も知れず。


壁に映る影のように、二人の少女の思惑は行き違う。



 ――――ぼうっ。


 周囲の松明に灯された火は、かすかに揺らめく。


 今度もモンスターの声と、それによって震わされた大気によってのものだったが、今回はその発生源が異なる。

 上層ではなく、下層―――今回の旅の目的地である、第5回廊の最奥……ボスフロアから響き渡る、回廊ボスの咆哮だった。



「もう階段も終わる。―――引き締めていきましょう」







 ◇◇◇◇◇◇








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