新世界

 新しくやってきたスコリア王国の辺境の街、ロントでの生活。

 それも決して楽であるわけじゃなかった。

 そもそもとして、僕は身分証明書というものを持っていなかったのだ。それで生活に何の問題が起きないはずもない。


「ここが日本だったらもうどうしようもなかった。サクッと詰んでいたところだった……身分証がないとかヤバいなんていう次元ではないからね」


 とはいえ、ここは日本というわけでもない。そこまで厳密に様々なものが動いているわけじゃない。

 まともに戸籍制度も機能していないような国だ。捨てられた孤児なんて当たり前のように存在しており、僕のように身分証明書を持っていない人も数多く存在していた。

 だからこそ、そんな人たちを支えるための制度というのも存在していた。


「あって良かった。冒険者ギルド」


 それが冒険者ギルド。

 国をまたぎ、世界各国にまで広がっている組織である冒険者ギルドが身分証を持たない人たちの為のセーフティーネットとして機能し、その人たちに身分証明書を配っていた。

 それのおかげで僕は何とか、この街でも一人の人間として生活を営むことが出来ていた。


「おじちゃん。何時もの串焼きを一つ」


 このロントに来て早いことでもう既に一週間。

 僕はしっかりと街に溶け込み、特に問題を起こしたりすることもなく平和な日常を送っていた。


「あいよ……ってか、まだおじちゃんと呼ばれるような年じゃないよ!」


「いやいや!全然僕から見てみたらもうおじいちゃんだよ!」


「うっさいわい!ほれ、串焼きだ。これ食べていってきな!」


「うん。ありがと」


 ロントの広場にある露店の一つ。

 そこの一つで串焼きを買った僕はそれを頬張りながら街中を進んでいく。朝ごはんとして串焼き。少し重いように思えるが、ずっと生肉を頬張って生きてきたこともある僕からしてみれば、焼いてあって味付けもしてある時点で全然食べやすい。

 胃とかも人より強いしね。胃もたれなんて知らない体ですよ。若い中高生とかよりもね。


「ふふっ」


 だからそう。

 僕はこの街で一番胃の強い男の子で間違いないだろう。

 この街には魔物はもちろん、エルフのような亜人の姿もない。前世と同じ、普通の人種ばかりが住むような街だった。

 

「さて、と」


 そんな街を串焼き片手に進んでいった僕は一つの建物の前に止まる。


「今日もお仕事頑張りますかー」


 今の僕の生活の軸。

 自分に身分証を預けてくれた冒険者ギルドの建物の前へとやってきた僕は意気揚々とその中に入っていくのだった。

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