エルフの村
朝露が花弁を滑り落ちる音が、静寂の中で響き渡る。
エルフの村は、深い森の中心に隠れるように広がっていた。高くそびえる樹木の間には、エルフたちの住まう家々が、木々と一体化するように建てられている。その姿は、まるで自然そのものが自らの意志で形作ったかのようだった。
木の幹に埋め込まれた家々は、陽光を受けて淡く光る琥珀色の窓を持ち、ツタが絡みつく美しいアーチの扉が見える。その周囲には、さまざまな植物が生い茂り、風が吹くたびに淡い香りを漂わせた。
朝になると、村は静かに目を覚ます。鳥のさえずりが空に響き渡り、小川のせせらぎがさりげなく調和を奏でる中、エルフたちはゆったりと朝の準備を始める。白銀の髪を肩に垂らした女性が、薬草を抱えながら市場へ向かう姿が見える。その背後では、子どもたちが木の間を飛び回り、弓矢の訓練をしていた。彼らの声は、時折風に乗って森の奥へと消えていく。
遠くの木陰では、年老いたエルフがハープを奏でている。その旋律は、静かな村の空気と溶け合い、森の住人たちを優しく包み込む。彼の隣では、若いエルフが新しい矢を削りながら、先人の話を聞いているようだ。代々受け継がれる知恵と技術は、この村を永遠の調和へと導く要である。
エルフの村の一日は、こうして始まる。自然と共に生きるエルフたちの生活は、どこか幻想的でありながらも、確かな温もりを感じさせるものだった。
「……まぁ、こんなところでいいかな?」
土竜を倒して自分を飼っているエルフの家に帰ってきた僕は一つの手帳へと文字を書き連ねていた手を止める。
自分の前にある手帳には、エルフの村についての記述とそれを描いた絵が飾られている。
「別に今は朝じゃないけど」
手帳には朝について書いたが、今の時刻は夕方。
全然朝ではないけど……まぁ、ここら辺は何となくでいいよね。朝の風景が一番きれいだったからね。
「……一応、蜘蛛の巣の光景のことも書いておこうかな」
手帳をめくり、新しい白紙のページを開いた僕はそこに新しく文字を書き始める。
書いていくのは森が燃えていたあの光景と、その次に起きた蜘蛛の巣での光景だ。
「せっかく僕は異世界に来たのだからね」
いきなり自分が見てきた光景を手帳に書き連ね始めたのはただの何となくだ。
ただ、異世界に来て、そこならではの景色を見る機会がある。
ならば、あとから振り返るように記録していっても面白いかな?って思ったのが理由だ。
これでも、僕は前世においてカクヨムで小説を書いて投稿していた身だ。文字を書くことであれば、ある程度は慣れている。
「はい。完成」
前の二つの記述も終わった僕は手帳を閉じる。
「いつか。これを埋められるようになったらいいね。何なら、歴史に残ってほしい」
この手帳がいつか、マルコポーロの東方見聞録のように、僕が世界を巡って色々と見てきた当時の世界各国の記録として残ってくれたら嬉しいな。
自分の文章が後世に残る。それ以上に作家として嬉しいことはないだろう……まぁ、僕は所詮、実際に本となったこともないような作家とも言えない一般人だったけど。
「まずは埋めなきゃ話にならないけどね」
強くなってもう死なないで健やかに生き残る。
それが僕の目的の本筋だけど、それに付随して、全世界を見て回って記録に残す。そんなことをやっても楽しいのかもしれない。
「その前に人化出来なきゃいけないけど」
とはいえ、猫の状態で手帳やら筆やらを持てないので、至急、人化しなければならない。
人化出来るようになるまで、僕はちょっとこのままエルフの国にで足踏みすることになるかもしれない。
「リールちゃん」
なんてことを考えながら閉じた手帳を片付け、ベッドへと寝っ転がり始めた僕のことを家の中に入ってきたエルフの少女が入ってくる。
「お買い物に行きましょう?」
そして、そんなエルフの少女は僕のことを抱き抱え、再び外へと出ていこうとする。
「……うえぇぇ」
ちょっと僕はこのままひと眠りし、夜に備えようとしていたんだけどぉ。
「今日の夜ご飯は何にしましょうか?」
そんなことをエルフの少女の手の中で僕は考えるわけだが、しっかりと大人しくはしておく。
一応、お世話になっている身ではある。
ここで暴れて彼女にけがをさせるわけにはいかないからね。
「あっ。レンちゃん。その子が言っていた猫かい?」
「あっ、そうなの~。可愛いでしょう?」
「ちょっとふてぶてしい感じはあるけど、確かに可愛い猫ね」
「おぉ!飼っていた猫か!」
「……猫又?」
「レンのところの猫か!どれ、わしにも見せてくれ!」
街に繰り出すと、エルフの少女は一気に周りの人達に囲まれ始める。
「いいよ。私の自慢の猫ちゃんをぜひ見ていって!」
エルフの少女。村の中じゃ人気者だったのか。
うーん。今、思えば、このエルフの少女と街に出るのは初めてか。
「……」
というか、このエルフの少女の名前、レンっていうんだね。普通に今の今まで知らなかったわ。
そんなことを考えながら、レンの腕の中で丸くなっていた僕の耳に。
「───ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
何処からか、何処からか聞こえてくる魔物の遠吠えが聞こえてきた。
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