第8話 一目惚れだった彼との再会 「これは夢」ってどういうこと?
彼が、私の方を振り返った。
「このカードって、ここのお店の人が?」
「え?あの・・ああ、はい!私が書いてます」
急に話しかけられるから焦った。
焦りながらも無意識に、自分が書いたことをアピールしたかったのか。
言ってしまった。
「このシリーズ、俺も大好きで読んでたから。なんか懐かしいなあと思って。こんな風に薦められたら、まだ読んでない人が見ても絶対読みたくなるよな」
カードを見ながら、私に向かってというより独り言のように彼は言った。
どうしよう。
嬉しすぎる。
一生懸命考えて書いて、本当に良かった。
他のカードも彼は続けて読んでるみたい。
あのコーナーのは、全部私が書いたものだ。
目の前で読まれると、ちょっと恥ずかしいけど嬉しい。
「もしかして他のも全部、君が書いたの?凄い文章力だね」
「全部じゃないです。半分くらいは店長が書いてるので」
「だとしても凄いよ。俺なんて仕事始めるまで文章なんてほとんど書いたこと無かったからなぁ・・・」
「今は何か書いてるんですか?」
まだ心臓はバクバクしてるけど、何とか自然に聞けた。
「仕事では書くことも多いかな。勤めてるのが出版社だから」
「そうなんですね!だから本とか興味あるんですね。私も本大好きで、ここでバイトしてるのも楽しいんです」
相手は多分十歳近くは年上のお客様なのに、一度話し始めると自然に言葉が出てくる。
気が付いたら数分間話し込んでいた。
「ごめん。仕事中だったね。本の事になるとつい話し込んじゃって」
「全然大丈夫です。この時間お客様少ないですし、私も楽しくて」
「良かった。言っとくけど新手のナンパとかセールスじゃないからね。そこは信用して」
「そんなの思ってないですよ。宜しかったら座りませんか?ここってカウンターあるの知ってます?」
「この前来た時気がついたよ。本屋さんなのに珍しいなあって思って」
「お店の名前も、このカウンターがあるからなんです。開店すぐに本買いに来られて、そのまま読み終わるまで座っていく人とかいらっしゃいますし」
「それだけ居心地いいってことだよね。もし良かったら君も座ったら?」
「仕事中だけど・・・まあいいか。他のお客様来るまで座らせてもらいます」
以前友達が本を買いに来た時、空いてる時間だから座っていいと店長が言ってくれて、しばらく座って話したことがあった。
まだ他のお客さんも入ってきてないし、入り口の方だけは気を付けて時々見ながら、私は彼の隣に座って話した。
まだ緊張してるし胸がドキドキする。
だけど、向き合って話すより相手が横にいる方が、むしろ話しやすい。
彼も、子供の頃から本が好きだったと話してくれた。
読んでいる本の好みが、私の好みとかなり近い。
私より長く生きてる分だけ、彼の方が読んだ本の数は多いけど。
彼が子供の頃、高校生の頃に読んだ本は、私も知っている物がほとんどだった。
ベストセラーになった本から、けっこうマニアックな本まで、私と彼の好みは驚くほど近かった。
映画化されたりドラマ化された本もあったから、それについても色々話した。
話の流れで、私が本のレビューを書いたブログを続けている事も話した。
二人で一緒に、ブログ記事をいくつかを読み返した。
最初に書いた方の記事は、恥ずかしいぐらい酷い。
小学生の作文かと思うようなレベル。
いや、小学生でも上手い子はもっと上手いんじゃないかと思う。
私は小中学校の頃から今まで、読書感想文とかは特に上手い方じゃなかったし。
それでも毎日書いているうちに、文章力って確実についていくものだとは思った。
確実に書き慣れていくし、読みやすさを工夫した改行とか句読点の位置とか、後になるにつれて少しはいい感じになってきてる。
彼もそれには気がついてくれて、すごく感心してくれて褒めてくれた。
お世辞で言ってるわけじゃないのは感覚的に分かるから、素直に嬉しかった。
あらすじや感想を書いた文章から「この本が好き」という情熱も伝わってくるから、それも込みで読んでいて楽しいと彼は言ってくれた。
私も彼の仕事には興味があって、次々に質問すると彼は丁寧に答えてくれた。
将来は独立して、自分で出版社をやりたいという夢も教えてくれた。
私が高校生だからって適当にあしらってる感じは全然無くて、大人として対等に話してくれてる感じ。
私が話している事に真剣に耳を傾けてくれて、真っ直ぐに向き合ってくれる。
私が知らない事や、文章を書く上でのコツを質問した時は、私より経験豊富な大人としての的確なアドバイスが返ってきた。
だけど決して上から目線じゃなくて、対等な友達のような目線で、自分だったらこうするかなと教えてくれる。
こんなに本音で話せる人って、今までに居なかった。
自分の親でさえ。
父も母も読書は好きだけど、本の好みは私とは違うし、文章書く方はあまり興味が無いらしい。
なのでここまでの話しは出来ない。
一番仲のいい友達の愛華にしても、本はほとんど読まない。
だから、そこに関しては話が合わないし。
本の事を話して盛り上がれるのは、今まで会った大人では店長だけだった。
その店長でさえ世代が離れている分、読んでいる本の種類は違う部分も多かった。
彼の場合、年齢を聞いたら二十五歳だったから私と十歳も違わない。
それプラス本の好みが似てる事で、読んでいる本は共通の物が多かった。
服装がラフな感じなのは、会社がけっこう自由だからということだった。
ちょっと知的な感じで、でも線が細すぎないところが好き。
話しながら見る彼の横顔が素敵。
真剣な表情の時はクールな感じ。
笑うと少年のような表情に変わるところも素敵。
手が大きくて指が長いところも好き。
少し低めの声も、落ち着いた話し方も好き。
話しに夢中になっている時、不意に何かの言葉が、頭の中を過った。
え?何?
「これは夢だ。現実じゃない」
・・・現実じゃないって・・・何それ?
これって・・・そうだ。
今日学校でも、これと同じ感覚が襲ってきたことがあった。
愛華と話してる時。
これが夢?現実じゃないって、一体どういう事?
「どうかした?」
彼が、私の顔の前でヒラヒラと手を振っていた。
「急に固まるからどうしたのかと思って」
「あ・・ごめんなさい。何でもないです」
私が慌てて答えた時、ちょうど入り口からお客さんが一人入ってきそうなのが見えた。
「すみません。行きます。ありがとうございました」
「こちらこそ」
私は入り口の方へ行って、入って来たお客さんに「いらっしゃいませ」と声をかけた。
続けてあと二人、お客さんが入って来た。
彼と話し込んでいるうちにけっこう時間が経っていて、そろそろ仕事帰りに寄るお客さんが増えてくる頃だ。
最初の時と同じで、私は仕事の方に集中していて彼が出て行ったのに気がつかなかった。
一段落してふと見ると、彼はもう居なかった。
だけどこの前と違って、今度は沢山話せた。
そういえば名前は聞いてないけど・・・年齢と職業は聞いた。
ここから遠くない場所に住んでるってことも。
いつまでいられるかは分からないって言ってたから、転勤とか出張とかあるのかな。
もしそうなったら、勇気を出して連絡先を聞いてみよう。
それまでにまた来てくれるかもしれないし、また話せるかな。
恋愛としてはまだ片思いだけど。
それでも、一目惚れした人と二回目会えた時に、これだけ話せたんだから上出来だよね。
本の好みがめちゃくちゃ合うことも分かったし。
一目見ただけでビビッと来た私の感覚は間違っていなかった。
話してみて、彼の内面を知るほど更に好きになっていく。
だけど気になるのは、さっきも来たあの感覚。
急に気持ちがザワザワして「これは夢だ。現実じゃない」って言葉が浮かんできた。
これが夢って・・・そんなわけないよね。
それから数日間、私は毎日バイトに行ったけど彼に会うことは無かった。
元々毎日来る人じゃないし、私は次に会える日を楽しみに思いながら過ごした。
明日一日だけは、愛華と前々から約束していた通り海に行く予定が入っている。
まさか明日に、彼がお店に来るなんてこと無いよね。
それを思うと本当は、海なんか行きたくないんだけど。
一度約束した事だし、愛華はすごく楽しみにしてるし、友達としてここはやっぱり行くべきだって思う。
海に着くと早速、ビーチパラソルの下でシートを広げて場所を確保した。
それが済むとすぐに着替えて泳ぎ始める。
今日は天気も良くて太陽が眩しい。
海水浴場の賑やかな雰囲気が、更に気分を盛り上げてくれる。
ここまで来たら私も楽しむ気になってきた。
泳ぎ始めると、暑かったこともあって水の冷たさがすごく心地いい。
泳ぎが得意な愛華よりは先にバテて、私は一旦砂浜に上がった。
飲み物を買ってきて、ゆっくり座って寛ぐ。
こういう時間も好き。
「すみません。ここいいですか?」
声をかけられたので見ると、めちゃくちゃイケメンの若い男の人だった。
私達と多分同年代。
もしかしたら高校生かも。
髪染めてるしピアス三つも付けてるしすごく派手だけど。
派手な割に言葉は丁寧だし、シート敷いてる所以外は勝手に座ってかまわないのに、近いから一応声かけてくれたみたい。
見た目より真面目な人なのかも。
「いいですよ。どうぞ」
私はそう答えた。
答えたあとに、ふと不思議な感覚に襲われた。
この場面、私は知ってる。
前に見たことがある。
この人が話しかけてきて、私が答えるこの場面。
どこで?
もしかして既視感ってやつ?
何でだかわからないけど・・・確かに見たことがある場面だって事だけは、確実に分かる。
この人に会ったのも、もしかして初めてじゃない?
なんかモヤモヤする。
何だろう?この感覚。
私は頭の中で考えを巡らせながら、黙々と飲み物を飲んでいた。
すぐ近くに座っている彼は、私がそんな様子だからか特に話しかけてもこない。
ナンパ目的とかじゃなかったみたい。
まあそうだろうね。
こういうタイプの人が、私に声かけてはこないと思う。
愛華が戻ってきたら喜ぶかも。
愛華の好きそうなタイプの人だし。
そんな事を思っていると、しばらくして愛華が戻ってきた。
思う存分泳いで、さすがにちょっとバテたらしい。
砂浜に向かって歩いてきた愛華は、私が座っているすぐ近くに、さっきの彼が居る事に気が付いた。
彼の方も、近付いてくる愛華に気が付いたらしい。
二人の目線が合った。
「こんにちは。彼、もしかして郁美の知り合い?」
「違うよ。ここの隣がたまたま場所空いてたから」
「すみません。すぐ横で。なかなか場所空いてなくて」
それは確かにそうだった。
砂浜はほとんど満員状態で、早くに来た私達でも辛うじて場所を確保できたくらいだから。
「こんなイケメンに会えるんだったら、場所が満員で良かったかも」
愛華は笑顔でそう言って、彼の横に座った。
校内でも一二を争う美貌の愛華が隣に座った事で、彼だって嬉しくないわけはない。
愛華はプロポーションも抜群だし、今日は海の景色を背景にいつも以上に輝いて見える。
この二人、何だか見つめ合ってるみたい。
「飲み物買ってきてあげようか?私ももう一杯欲しからついでに」
「ほんと?ありがとう」
私は、愛華と彼の欲しい飲み物を聞いて売店に向かった。
自分ももう一杯飲みたいというのは本当だけど、二人の時間を作ってあげたい気持ちもあった。
飲み物を買ったあとは、わざと少しゆっくり歩いて戻る。
愛華は海に行きたいと言った時、恋愛の出会いも期待してたみたいだし。
早速愛華の好きそうな相手が現れたんだから、私も協力してあげたい。
彼がフリーだとは限らないけど。
どう見ても二十歳までの年齢に見えるし、まさか既婚者じゃないとは思うけど。
ここから見ていても、早速話が弾んでいる様子。
さて私は飲み物飲んだら、もう一回泳いでこようかな。
二人で話せる時間を作ってあげないとね。
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