ヒモになる予定でお持ち帰りしたイケメンが主夫になって、もはや幸せになるしかない件について!?

丹羽坂飛鳥

記憶は飛ぶもの

 ヒモという言葉を聞いたことがあるだろうか。

 ネットで調べたが、女性に養われて生活する男性を指す言葉らしい。


 実は我が家にも、今朝増えていた。


 会社の飲み会で酔い潰れたのまでは、覚えている。

 しかしいつも通り起き上がった私の部屋では、見知らぬ男の子が料理していた。


「おはよう、千種。昨日は凄かったね……危ないから、今後はあんまり飲み過ぎちゃ駄目だよ?」


 だれ?

 茶髪に青いピアスの子犬系イケメンだけど、私には一切の覚えがない。


「え。……まさか私は昨晩、あなたを拾って帰ってきましたか?」


「うん。酔っ払った千種が絡んできて、最初は面倒だったけど意気投合して……もしかして覚えてない?」


 どう答えるのが正解なんですか神様ー!?


 そもそも酔っ払って見知らぬ男性を家に連れ込むなんて、漫画の世界に転生したのかと錯覚するほどの所業だ。

 若いイケメンツモッて家に連れ込んでる。役満になりませんか。


 呆然としていると、朝食に呼ばれた。

 ダイニングテーブルに食事を並べてくれたけれど、そもそも食材が家にあったことすら驚いた。

 買った覚えも霞む程前の冷凍野菜と、気が向いて災害備蓄したパックごはんを使った雑炊らしい。作りたての雑炊からは良い香りがして、席についただけでお腹が鳴ってしまった。


「千種が『一生養う』って叫んで、婚姻届まで出してくれてさ……そうだ、コピーも貰ったよ。何か思い出せない?」


 確かに、役所にはコピー機がある。

 記憶の鍵にならないかと、財布に折りたたんで入れてあった婚姻届を見せてもらった。

 間違いなく私の字だった。


 どうやら私は、養いたい男子を見つけて結婚までしたらしい。


 全く記憶がない自分が恐ろしくなったけれど、差し出してくれた朝食はたいそう美味しかった。

 ネギ多めの雑炊が疲れた胃に効く。胃袋を掴まれるとは、こういうことなのだろうか。


 お腹が満たされると、二日酔いと精神的なダメージのダブルパンチを喰らった私は、もう一度布団に潜った。アルコール解毒で眠いなんて、体は正直だった。


 二度寝から目覚めると、窓の向こうには洗濯物が干されて風に揺れている。

 夢だったのかと思いたいけれど、ベッドを背もたれにして、イヤホンをしながらスマホで動画視聴中の男性を目にすれば疑う余地はない。

 肩を軽く叩くとイヤホンを取って見上げてくれたから、私も床に正座して改めて向かい合った。


「あの……正式にやり直しをさせていただいてもよろしいでしょうか。

 失礼ですが、まずは名前をお伺いしても……?」


 婚姻届で一応目にしたが、名前を呼んだ覚えすらない配偶者に尋ねると、彼は素直に頷いた。


「高佐河、陽郷です。こうさか、ひさき。

 苗字は、婚姻届を出してあるから瑞森になってると思う」


「私の苗字になってるんだ」


「うん……」


 どうやら婿入りまでさせたらしい。

 婚姻届の証人は、私の上司と同僚になっている。

 おそらく飲み会後に陽郷くんと出会い、二人を巻き込んだはずだと推察出来た。


 陽郷くんの職業欄には『無職』と書いてあった。

 養ってやると叫んだ以上、ヒモになると認識しながら連れ帰ったのだろう。

 自分の酒癖を把握しながらも対処しなかった、いわゆる自業自得というやつである。


「千種が迷惑なら……俺、出てくよ。

 ネットで調べたけど、婚姻届は一度出したら離婚届を出さなきゃいけないみたい。取り消したいなら裁判? しなきゃいけないんだって。

 あんなに簡単に出せちゃったのに、取り止めるのって難しいんだね……知らなかった」


 陽郷くんは顔をうつむかせて、手にしていたスマホで検索結果を見せてくれた。

 手持ち無沙汰になった間、捨てられた子犬のように沙汰を待っていたのだろう。検索履歴を見て、私が迂闊だったばかりにと胸が締め付けられた。


「ご両親は? 流石に一言、お詫びを」


「えっと……高校の時に、二人とも亡くなってて。

 親戚とも疎遠だったから、一人暮らし……です」


 スマホを求められたので返すと、彼の指が文字を打ち込み、再び検索結果を渡された。

 名前で検索しただけで訃報が出てくる時代なのかと、高佐河様ご夫妻の記事に息を呑んだ。


「千種、これ見たら泣いちゃって……お酒入ってたけど、養うって必死に手を引いてくれたから……でも、俺も付いていっちゃったのが悪いよね。ごめんなさい」


 幾つもの記事を読んで、スマホを返した。

 茶髪に青いピアスの少年は、酔っ払った私でも信じてついてきてくれたのだろう。

 わざわざ時間外の役所で婚姻届を提出したことも、コピーをとっておくなど冷静な行動を見せたのも、証人の大人が二人いたことも、彼にとっては信じるに足る出来事だったはずだ。


 泥酔していたということは、遅い時刻。

 深夜の街をぶらついていた彼に絡み、身元や事情を聞いて、自分が養うと宣言したのは事実だろう。

 ……だって、寝起きの私も机の上のティッシュを探している。昨日と同じ光景なのか、陽郷くんは苦笑すると箱ごと差し出してくれた。


 朝食を作るのに慣れていたのも、洗濯物が見事に干されているのも、彼の一人暮らし歴を物語っている。

 全部正直に話してくれた陽郷くんに向き直ると、私も腹を括った。


「いいよ、うちにいて。

 婚姻届もそのままでいいし、私が責任持って養わせてもらう。拾ってきたのに翌日に捨て直すとかしないよ」


「……でも……」


「私、ひどい絡み酒らしいんだよね。

 陽郷くん、突然絡まれて怖くなかった?」


「それは……好みの顔だって、付いてこられたから……この人やばいって、ちょっとだけ思ってた……」


 酔うと記憶が飛ぶタイプの私は、土下座するしか出来ない。

 しばらく酒は少量にしようと自戒していると、目の前の少年が私と同じく正座した。


「千種が、親身になってくれたから……付いていってもいいかなって、俺も、千種のこと好きになって……だから、ほんと記憶ないって分かって焦ったし、辛かったけど……不束な俺でよければ、そばに置いてもらえると嬉しい、です」


 頭を下げた彼を見て、ますます胸が締め付けられた。

 こうして、私は酒乱をぶちかました結果、目覚めたら夫をお迎えしていた。

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