転生武神 天寿を全うする気はないので強者を求めて旅をする
平成オワリ
第1話 武神は五百年後の未来に転生する
「武神様、今日も見守りくださり、ありがとうございます」
武神像の前で祈りを捧げる敬虔な徒。
テオ・セベイアという少女について、魂だけとなった武神は思いを馳せる。
見た目は十歳程度。
光沢のある銀と紫が混ざった色の長髪と、クリッとした夕日のような眼。全体的な見た目は幼く、手足も小さい。
研究施設では与えられた無機質な白い服を着ているが、それすら人形が着飾ったような可愛らしく、もしも生み出された理由が家族を得るためであれば、さぞ愛されたことだろう。
――しかし彼女は私の器。闘争のために生み出された存在。
いつも通り傷だらけの姿で、宝石を磨く。
――それでもこの子は、絶対に弱みを見せない。強い子だ。
研究所にはテオ・セベイアの他に六体のテオがいるが、彼らはみな成人と変わらぬ大きさに成長している。
しかし最後に生み出されたテオ・セベイアだけは、素材となった武神の肉体が足りず、小さく弱いまま。
ゆえに彼女は残り物のテオと呼ばれ、いつも虐められていた。
◇ ◇ ◇
白く照らされた無機質な部屋の中で、四人の男が、痛みに苦しむテオ・セベイアを嘲笑っていた。
「残り物のテオ! 弱虫テオ! テメェは武神様になんかなれねぇんだよ!」
「弱い貴方が私たちと同じテオを名乗ること自体、虫酸が走る」
「アハハハ! 泣いてる姿ダサ過ぎだよ!」
「これは偉大なる武神様の身体と魂を引き継いだ僕たちだから名乗れるんだぞ!」
殴られ、蹴られ、罵倒され、毎日のように怪我を増やしていく。
涙を流し、苦しんでも、彼らは決して虐めを止めない。
弱い彼女は、ただ耐える事しか出来なかった。
「うぁ……痛いよ……お願いだから、やめてよぉ……」
幼い少女が媚びる姿は、あまりにも痛ましい。
だがそんな姿を見ても、部屋にいる錬金術師たちは興味を持たず、研究内容の確認をしている。
錬金術師の目的は、ホムンクルスである“テオ・シリーズ”の身体を“完璧”に仕上げ、武神に捧げること。
弱い器に興味はなく、他のテオたちにとってストレス発散の対象にでもなればいい、と考えていたくらいだ。
テオ・セベイアもそれを理解していた。
手を伸ばしても届かないことも、わかっていた。
それでも、いつか自分にも救いの手が差し伸べられるのではないかと、そんな望みを捨てきることは出来なかった。
鍛錬という名の虐めが終わると、医務室で治療をする。
「いい、セベイア。絶対、あいつらに歯向かったら駄目よ」
そう言うのは、テオ・プセーマ。
同じホムンクルスの中で唯一、優しく接してくれる女性だ。
もっとも、彼女も他のテオに表立って歯向かうことは出来ないでいた。
それでも鍛錬が終わると、いつもこうして傷の手当てをしてくれる。
「出来るだけみっともなく、惨めな姿を見せて、さっさと満足させるの。そしたら虐められる時間も短く済むわ」
「うん……わかってるよプセーマ」
テオ・プセーマは小柄なテオ・セベイアを後ろから抱きかかえ、布に染みさせたポーションを、傷口に当てていく。
「小さなセベイア。可愛いセベイア。貴方が傷つくの、私は嫌い」
「へ、へへへ……でもねプセーマ。実はボク、君に優しくして貰えるこの時間が、嫌いじゃないんだ」
「……」
「プセーマ?」
テオ・セベイアが傷ついた顔を無理矢理笑わせてそう言うと、テオ・プセーマは黙り込む。
それに違和感を覚えて顔を上げると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「貴方のその引き攣ったような笑い、可愛くて好きよ」
「い、いたい! 無言でガーゼを押しつけないで! まだ治ってないから! あうあうあうー!」
まるで本物の姉妹のようにじゃれ合う二人。
虐められるのは辛い。
だがテオ・セベイアは本当に、この時間が嫌いじゃなかった。
「もうすぐ赤い月が来て、私たちの誰かに武神様の魂が宿る。それは私かもしれないし……貴方かもしれない。今は惨めかもしれないけど、我慢すれば明るい未来が開けるわ」
「でも誰かが武神様に選ばれたら、プセーマが死んじゃう……それは、嫌だなぁ」
「そうね。でも……」
――それが私たち“テオ”の運命よ。
そう言いながら、テオ・プセーマはテオ・セベイアの頭を優しく撫でた。
日課となっている訓練、そして治療が終わると、あとは自由な時間である。
テオ・セベイアは白い部屋の中にぽつんと置かれた、凜々しい男性の石像を見上げていた。
五百年も昔、人の身でありながら武神と呼ばれた存在をモチーフにしているらしい。
らしい、というのは、当時を知る者が彼の武神の性別を記録しなかったためだ。
想像で作られた像だが、生涯の友である錬金術師ゾシモスの手帳から、武神は男だろう、と推測もされていた。
“テオ・シリーズ”は彼の身体を七つに分け、素材として利用することで、ホムンクルスとして生み出された。
テオ・セベイアはそんな武神像の前で膝を付き、両手を握って祈りを捧げる。
「武神様……今日も無事、生きることが出来ました。ありがとうございます」
敬虔な信徒のように、生きる喜びと感謝を武神に伝える。
それが終わると、武神像を綺麗にするため、小さな体を精一杯使って拭き始めた。
届かない場所は脚立を使い、丁寧に、丁寧に……。
これは彼女の日課だ。誰かに言われてやっていることではない。
同じように生み出された兄弟たちは、この自由時間を鍛錬や遊びなどで過ごしている。
ただ一人、テオ・セベイアだけがこうして、毎日武神像を綺麗にし続けた。
「ふへへ……綺麗になったかな?」
全身を拭き終えると、我がことのように嬉しくなった。
「次は……」
武神像の首に掛かった赤い宝石の付いたネックレスも丁寧に磨いていく。
まるで生きている相手を心地よくするためにするように。
その最中、思わず怪我の痛みに顔を顰めて身体のバランスを崩してしまった。
「ぁっ――⁉」
脚立から転がり落ち、肩が地面にぶつかる。
痛い……と思うより先に慌てて顔を上げて武神像を見た。
「良かった。傷とかついたら、武神様も痛いもんね……」
心からホッとして、再び脚立に乗って赤い宝石のネックレスを綺麗にし始める。
それが終わると、もう一度武神像の前で両膝を地面に着けて、祈るのように目を閉じ、再び感謝の言葉を伝えるのであった。
どれだけ虐められても、どれだけ酷い目に合わされても、他の“テオ・シリーズ”に対して恨み言を一度として吐いたことがなかった。
最初から、最後のこの瞬間まで。
彼女は感謝の気持ちだけを抱きながら、武神に自分たちのことをお伝えしていただけなのだ。
それが
◇ ◇ ◇
そして、運命の日。
テオ・シリーズで殺し合い、最後まで立っていた者の身体に武神が宿る。
誰もそこに疑問など覚えなかった。
生まれたときから決まっていたことなのだから、当然だ。
――当然の、はずだった。
「なんで……どう、して……?」
ボロボロになり、地面に倒れたテオ・セベイアの前には、六人のテオが並んでいる。
そして誰よりもテオ・セベイアを嘲笑っているのは、いつも優しくしてくれていたそのテオ・プセーマだった。
「あは、あはははは!」
テオ・セベイアが涙目で見上げると、彼女は残虐な表情を浮かべながら高笑いをする。
「なんて惨めな顔してるのよセベイア⁉ ああ、可愛いセベイア! 小さなセベイア! 駄目じゃないそんな顔したら! もっともっと虐めたくなっちゃう!」
穏やかで、優しくて、ときどき意地悪なテオ・プセーマ。
それがまるで幻想だったかのような豹変ぶりに、テオ・セベイアは理解が出来ず、ただ苦しい想いを抱くのであった。
「プセーマ……なんで、君まで?」
信じられなかった。夢だと思った。
他の誰かが自分を殺すことも、痛めつけることも予想は出来た。
それは弱い自分が悪いのだと、そう考えられた。
だが、彼女だけは……ずっと優しくしてくれた彼女だけは、最後のそのときまで味方でいてくれると信じていたのに……。
「なんで? どぉうしてぇ? もしかして私が唯一貴方に優しくしてたからぁ?」
「そう、そうだよ。君はいつもボクに優しかったじゃないか。髪の毛を梳いてくれて、怪我の治療をしてくれて、大人の女性である君にボクはいつも憧れてて……」
「ごめんなさぁい! 実はずっと嘘でしたぁ!」
地面に這いつくばるテオ・セベイアの髪を掴んだテオ・プセーマは、醜悪な笑みを浮かべて持ち上げる。
今まで一度も見たことのない、悪意の塊のような醜い顔。
髪の毛を引っ張られた痛みなど、あまりの衝撃の前に吹き飛んでしまう。
「私はね、ずっとずっとずぅぅぅっと! 貴方の泣き顔を見て嗤っていたの!」
「……う、そ?」
「ええそうよセベイア! だって私はプセーマ!
まるで演劇役者のように、彼女は大きく手を広げて、勢いよく立ち上がる。
そのせいで髪を掴まれていたテオ・セベイアは地面に顔を打つ。
そんなどんくさい姿すら愛おしいと、テオ・プセーマは嗤った。
「あぁ、良ぃ顔ぉぉ……その絶望に歪んだ顔が見れただけで、六年間もずぅぅぅっと嘘吐いてきた甲斐があったわぁ」
「なんで、そんなことを……ふぐっ⁉」
頭を踏みつけられる。
グリグリと、地面にこすりつけるようにして、より一層苦しめようとしてきた。
「復讐よ」
「ふく、しゅう……?」
「ええそうよ可愛いセベイア。だって生まれて六年で、私たちは死ぬって決まってたでしょ? 見たこともない武神に身体を明け渡すためとかいう、糞みたいな理由で」
「…………は?」
その言葉を、テオ・セベイアには理解出来なかった。
なぜなら彼女は、“それ”こそが最も尊きことであると認識していたからだ。
「うそ、だよね? だってボクたちは武神様のために――」
「嘘じゃありませぇぇぇん!」
足を離されたので、慌てて顔を上げる。
そしてテオ・プセーマ以外のテオたちを見た。
「ぅっ……」
彼らはまるでテオ・プセーマの言葉こそが正しいのだと、頷いている。
――誰一人、武神に身体を明け渡すことなど望んでいなかった……?
信じていたものすべてが間違いだった。
それを知った瞬間、テオ・セベイアの視界が涙で歪む。
「私たちは生きたい。だけど抵抗は無駄だってこともわかってる。だってこの身体が、本能がそう告げてるもの」
テオ・プセーマは昏い、すべてを諦めたような表情で、そう告げる。
どれだけ自分が足掻いたところで、最後に残れるのは一人だけで、武神に身体を明け渡す未来も変えられないと、わかっているのだ。
「だけどそれじゃあ悔しいから、最後の日に一つくらい、武神の望まぬことでもやってやろうって決めたのよ!」
これが自分たちの出来る精一杯の抵抗であり、復讐なのだと、テオ・プセーマは言葉を続けた。
「小さくて可愛くて愛らしくて、たった一人だけ武神のことを信じ続けたセベイアを、最後の最後に地獄に落としてやる! どうせ私の身体が武神に奪われるなら、最低で最悪な身体になってやろうって決めたのよ!」
テオ・プセーマはそう言うと、ゆっくり他の“テオ・シリーズ”の所へ歩く。
「セベイア、貴方は最高のお人形だったわ」
本来の儀式では七人のテオで殺し合い、最後まで生き残った者の身体に、武神が宿るはずだった。
テオ・セベイアは自分が生き残れるとは思っていなかったが、それでも神聖な儀式だと、そう信じていた。
どれだけ虐められても、彼らは家族であり、同じ想いであると信じていた。
だというのに、彼らは誰一人武神のことを信仰などしていなかったのだ。
神聖なる儀式を、なにより武神の魂を穢した存在だった。
「……さない」
テオ・セベイアは生まれてから今まで、一度も怒りを抱いたことはない。
そういう風に生まれてきたのだから、当然だ。
「許さない……」
だから彼女は、この感情が怒りだと知らないまま、ゆっくりと立ち上がる。
顔を上げ、普段の弱々しい表情からは考えられない悪魔のような形相。
「お前たちは! 絶対に許さない!」
本気になったテオ・セベイアは体内に宿った魔力を爆発させ、一歩前に踏み出した。
「「「っ――⁉」」」
その一歩で、地面が割れる。
たとえテオ・セベイアがどれだけ馬鹿にされようと、武神としての力は本物だ。
当然、その一人である潜在能力は、他のテオにも引けを取らない。
「うああああああああ!」
――もしもこれが、物語であれば。
奇跡的な力を発揮したテオ・セベイアは他の六人を倒して、自らの存在を証明したことだろう。
だが錬金術の世界というのは、正しい理屈の則り、正解までの道を探っていき、そして未知を解明していくことにある。
そこに、“奇跡”が介入する余地など、一切存在しない。
「ぁ……」
他のテオを相手に、テオ・セベイアは為す術もなく敗北した。
当然だ。潜在能力は同じであるなら、身体の小さいテオ・セベイアは圧倒的に不利なのだから。
そしてなにより、数が違う。
この結果は、とても単純な数字の話だった。
――ごめん、なさい。
嬲り殺す気だった彼女たちによって、テオ・セベイアの全身が血塗れになり、全身の骨という骨は砕け、人形のように武神像にもたれかかる。
もう声も出ず、視界は失われ、手足も動かない。
テオ・プセーマがなにか嗤っているようだが、その言葉すら聞き取れなかった。
――ごめんなさい、武神様……。
テオ・セベイアに出来ることは、心の中で謝り続けることだけ。
そして彼女が謝っているのは、勝てなかったからではない。
――ボクは、死にたくないと思ってしまいました……。
戦いながら、死を覚悟出来なかった。
それどころか痛みに苦しみ、この身が壊れることに恐怖し、逃げたいとすら思ってしまった。
テオ・セベイアにとって、それは罪なのだ。
武神に身体を渡すことこそ真理であるのに、死を恐れるのは、武神を否定することである。
――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい。
声はか細く、誰の耳にも届かないまま消えてしまう。
瞳から光は消え、意識は朦朧とし、ただ遠くを見つめるだけ。
――生きたいって思って……ごめんなさい。
彼女の最後の涙が地面に落ちる瞬間、武神像の首にかけられた宝石が、同じタイミングで落ちる。
そしてそれがテオ・セベイアの小さな掌に収まった。
――構わんさ。
「……ぇ?」
瞬間、テオ・セベイアの目の前に小さな光が見える。
これまで感じたなによりも温かく、優しく、まるで母の抱擁のよう安心出来て……。
――私も同じだからな。生きたいと、死にたくないと友に願い、こうして身体を失ってなお魂だけがここに在る。
「ぁ、ぁぁぁ……その声は、まさか……」
突如声を出したテオ・セベイアに、テオ・プセーマたちは訝しげに思う。
彼女たちに理解が出来ない現象が、今まさに起きていた。
――生きたいと願うこと、それは生物にとって最も尊き感情だ。それすら忘れているようなお前は、たしかに誰よりも敬虔だったが、見ていて少し心配だったぞ。
優しい声。優しい言葉。
ああ、これは夢でも幻でもないのだと、テオ・セベイアの心が叫ぶ。
「ぶしん、さまぁ。ボクは……ボク、は……」
――辛かっただろう? 苦しかっただろう? 私は壊すことしか出来なくて、今お前の心を癒せないことを心苦しく思う。
「いいんです。さいごにこうして、おことばをいただけただけで、ボクは……」
「最後じゃないさ」
夢の先にあった武神の声。
それが唐突に、はっきりと聞こえるようになる。
気付けば目の前に鏡写しのような自分の姿があり、しかし自分ではあり得ないような慈しみ深い表情を向けていた。
「これからしばらく、お前の身体を借りる」
「安心して休むといい。次に目が覚めたとき、お前の世界は少しだけ優しいものになっているから」
「本当、ですか?」
「ああ、約束だ」
「……はい」
そうして武神のために生み出されたテオ・セベイアは眠りについた。
◇ ◇ ◇
不思議な光がテオ・セベイアの身体を覆う。
あまりにも神秘すぎるその光景を前に、誰も言葉を発せなかった。
「さて、お前たち」
光が収まると、テオ・セベイアが動けないはずの身体で平然と立ち上がる。
他のテオたちは驚愕し、目を見開いた。
「恥ずかしい話、私は昔から寝起きの機嫌が悪くてな。たとえお前たちが悪くないとわかっていても、手を出さずにはいられないんだ」
顔を上げたテオ・セベイアの表情は、これまでの彼女ではあり得ない自信に満ちた凛々しいもので、一目で別人だとわかる。
なにより、瞳の輝きが違った。
「だから少し、暴れようと思う」
それを見た“テオ・シリーズ”の誰も言葉に出来ない。
たった一人の少女に、気圧されていたのだ。
「五百年ぶりの戦いなんだ。頼むから、簡単には壊れてくれるなよ?」
武神の器として生み出された彼らが本物の力を知るまで、十秒とかからなかった。
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