傷つけたい病気

てゆ

澱は溜まっていく

 隼人はやととのセックスは、いつもキスから始まった。そしてその直前、私は必ず彼の喉仏を見つめた。小学生の頃から高三の夏まで野球をしていた彼は、体のあちこちが他の男の人より大きく、その喉仏などまるでピンポン玉のようだ。森の地面を這う根のような頸動脈に囲まれ、無防備に晒されている彼の弱点。


 ――ここを裂いたら、私はどんな景色を見ることができるのだろう?


 そんなことを考えると、私はたまらない気持ちになった。あっという間に積極的になった。盛ったそこを目にした時だって、そうだ。私はその外形については特に何も思わず、その内側にギッシリと詰まった海綿質が、大量の血液で膨らんでいる様を連想する。

 そして、そこを噛み切る連想をする。大量の血がドクドクと流れ出す様子を連想する。そうしている間は、媚薬を盛られたみたいに濡れるし、ありとあらゆることに快感を覚える。

 関わり自体は、幼馴染として幼稚園の頃から。恋人としては、中二の秋から。いま大学二年生である彼は、私が不感症であることを未だに知らない。


 ――「異常」だと思うだろう? だけどこれが、私にとっては「通常」だった。


 ゾンビ映画を見るだけじゃ、そこらの野良猫を攫って凌辱するだけじゃ、満たされない。この手で、好きな人を、肉体的に、傷つけなければ。


「ごちそうさまでした。今日も美味しかったよ」

 流石は元野球部、食べるのも早い。いつものように彼がそう言ってくれた時、私はやはりまだ三割ほど食べ残していた。

「はい、お粗末さまでした」

 さっそく食器を下げ、皿洗いする彼の背中を見つめる。全く「宝の持ち腐れ」ってやつだ。


 行為の途中で私が少しでも嫌な顔をすれば、すぐに「ごめん、大丈夫?」と訊いてくれる心優しい彼。彼に私のような異常性癖があれば、まだカミングアウトできただろう……なんて妄想も、たまにはする。

『実は私、ずっと前から隼人に暴力を振るいたかったの。これからは、隼人も私の気持ちなんて気にせず好きにしていいからさ、とりあえず首を絞めさせて?』

 そうやってセリフを頭の中で書き起こしてみたが、あまりにもおぞましい文章で寒気がした。ダメだ。たとえ彼に異常性癖があったとしても、こんな取引をしてしまえば、私たちはカップルではない何かになる。

 相手も自分に同じようなことをするから平等だ、なんて思ってはいけない。マイナスとマイナスをぶつけ合ったところで、打ち消されることは決してないのだ。


 この焦げつくような激しい欲求を、ほんの欠片も解き放てないまま、私はたぶん死んでいく。それが一番正しいのだろうし、何より彼のことを傷つけずに済む。


「でさ、今度の休み、どっかに遊びに行かないか?」

「この近くの遊べるところは、ほとんど行き尽くしたからね……どこにしよっか?」

 今までの話を聞く限りだと、あまり伝わっていないかもしれないが、

「少し遠出してみるか? 鈴野にあるフラワーパーク、昔、『行きたい』って言ってただろ?」

「えっ、どうして覚えてるの? それ言ったの、たぶん小四くらいの時だよ」

 私は彼のことが、本当に、本当に、心の底から大好きなんだ。

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