第2話
「私なんかを妻にするなんて、なんて不運で可哀想でお気の毒なお方。前世で国でも滅ぼしたのでしょうか?」
嫁ぎ先へ向かう馬車に揺られながら春燐はひとりごちた。慣れぬ振動は案外快く、考え事に没頭するよい手助けになってくれる。
考え事の相手はまさに今嫁ごうとしている男──唐陀国の王、
唐陀国は
その道具として選ばれたのが春燐なのだが……春燐自身はいったいどうして自分がと、不思議に思えてならなかった。自分は絵を描くことくらいしか趣味がない退屈な女だし、学があるわけでも教養があるわけでもないつまらない人間だ。とても唐陀国の王の気に入るとは思えない。その日のうちに離縁されてもおかしくないと春燐は思う。
何よりこの醜悪な姿……こんな醜い人間が、いったいどうやったら気に入られるというのだろう?
とはいえ、春燐は夫に愛されたいと思っているわけではないのだ。
だって、自分はきっと夫を愛することはない。
愛してもいない夫に愛されたいとは思えない。
昔から、人に心が動かない。
人を愛したことがない。
大事な人なんて一人もいない。
大切なものなんて一つもない。
自分の心は空っぽなんじゃないかとよく思う。
けれどそれが悲しいとか寂しいとか思うわけでもない。
自分は薄情なのだとよく思う。
心はいつも
自分はきっと、この世で一番空虚で薄情で醜悪な人間に違いない。
だから……こんな人間を妻にする相手が気の毒だなと思うのだ。
王宮を出立した馬車を、栄国王は楼閣の最も高い場所から眺めていた。
「春燐姫は無事に旅立ったのですね」
背後から言われて目をやると、左右でくっきり白と黒に分かれた不思議な衣装の若い男が立っていた。頭には珍しい形の冠を被っていて、それも王宮に勤める普通の官吏とは違っている。
「ああ、娘が無事幸せになってくれることを願うとしよう」
肩の荷を下ろして王は言った。すると男は真剣な顔で言った。
「本当は違うのでしょう?」
「……何がだ?」
「陛下が春燐姫を他国へ嫁がせた本当の理由は違うのでしょう?」
「……何のことだ」
王は渋面で否定を示したが、男は緩く首を振った。
「この王宮にその事実を知らぬものはおりません。みなが心の中で密かに同じことを思っているはずなのです。あの姫を……他国へ追いやれてよかった……と」
「そのようなことは考えておらぬ!」
思わず怒声が出た。荒い息をする王に、男は深々と礼をする。
「無礼を申しました。陛下の
王は苦々しい思いで
「春燐に栄国の王宮は合わなかっただけだ。異国であれば……」
「ご安心ください。春燐姫のことは、この私が陰ながら見守ることといたします。唐陀国の王宮とも、すでに通じておりますので」
「……お前のことは信用している。春燐の行く末を頼んだぞ」
「お任せください」
男は再び礼をした。王は馬車の見えなくなった通りを眺めた。晩秋の雲の下、自分の選択が誤りではないことを祈る他なかった。
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