第2話 南の島で、リゾート・ラバーズ!


「あの。8時05分発の『魅花島みかしま』行き、予約しているんですが」


 4月の日曜日。ようやく温かくなってきた春の頃合い。

 フェリーターミナルの窓口で、僕は多少緊張しながら行き先を告げた。

 眼鏡を掛けた若い女性の係員さんが、なんだかこちらを見定めるような目をしているように思えてちょっと緊張する。


「ご予約のお名前、フルネームでよろしいでしょうか」

「あ、風見かざみソータです」


 係員さんは軽快にキーボードを叩いて傍らのパソコンを操作すると、すぐにチケットを用意してくれた。代金と引き替えに受け取ってから、頭を下げて窓口を後にする。今時電子チケットではない辺りが少し不便には感じたけど、フェリーって意外とそういうものらしい。


「この船かぁ……」


 目の前には大海。そして乗船することになる大きなフェリーがどとんと鎮座しており、もうそろそろ乗船案内が始まる頃合いだ。間に合ってよかった。

 潮風の香りを新鮮に感じながら、リュックを背負い直す。キャリーケースをゴロゴロと転がしながら乗船場の近くへ。他にも数名の客と思われる人たちが同じように乗船を待っている。釣り道具を持っているおじいさんもいた。


 僕はポケットからスマホを取り出し、地図アプリを開く。

 ピンが立っている目的の離島──『魅花島』までは、この港からなんと約6時間以上。

 ついでに、以前にもチェックした島のホームページを再度確認。

 魅花島は遥か昔に海底火山の噴火で生まれた火山島なのだとか。そのため海と山に囲まれた自然豊か環境や、あちこちに湧いている天然温泉などが魅力で、他にはない特別な神様を祀る神社もあり、島の温暖な気候で育つ魅花島ならではの名産品などが紹介されている。絵に描いたように明るい南の島って感じだ。

 ただ、島には空港がなく、ここからフェリーでしか行けない知る人ぞ知る観光地らしい。しかも宿泊出来るところが一軒しかなくて、それも小さな場所だから多くの人を呼び込めないようだ。そういった不便さが知る人ぞ知る理由なんだろうな。


「──これより乗船案内を開始致します。お手元にチケットをご用意ください」


 係員の方がそう言って、みんなが足を動かし始める。

 僕も後に──と思ったところで、釣り道具を持った白髪のおじいさんがカランッと何かを落とし、それに気付かないまま歩き始めてしまった。


「あのっ!」


 僕は慌ててそれを拾い、おじいさんの元へ駆け寄る。こちらを振り返る顔は厳格そうなもので、ちょっと怖い。


「すみませんっ、これ、落としました!」

「──ああ。すまんな」


 おじいさんに落とし物を手渡す。それはチェーンに通された指輪で、どうやらチェーンが切れて落ちてしまったみたいだ。

 おじいさんは指輪をギュッと握るとポケットの中にしまい、僕を見た。


「……観光、ではなさそうだな」


 それが自分に掛けられた言葉であったことに、一拍を置いて気付く。そして慌てて返事をした。


「え、あっはい! 仕事でっ。リゾートバイトっていうヤツで」

「リゾラバか」

「え?」

「気にするな」


 おじいさんは海の方に視線を移すと、眩しそうに目を細めてつぶやいた。


「あそこは良い島だ」


 そう言うおじいさんの厳しげな横顔は、けれどなんだか嬉しそうなものに見えた。



 そのままおじいさんや他の客らの後に並んだ僕は、係員の人にチケットを渡して無事に乗船。タラップを進むたびにドキドキ感が強まっていく。


 僕はすぐ船内には入らず、まずは甲板へと向かった。

 眼前に広がる大海原と、海をキラキラ照らす太陽。初めてのフェリー旅に心が踊る。


 最低でも一年、この港に戻ってくることはない。

 僕はこれから、魅花島で一年契約のリゾートバイトをすることになっている。


 仕事内容は──学生寮の管理人。


『ヘーキヘーキ。アットホームな職場で誰にでも出来るカンタンなお仕事だから! じゃ島で待ってるからね。詳しい内容はこっち着いてからで。バハハーイ』


 雇用主たる親戚の陽キャな大叔母さんが電話口で言っていた言葉が蘇る。

 求人サイトなら『アットホームな職場』と『簡単な仕事』くらい不安の残る説明はないぞと思ったけれども、直接声を掛けてもらった仕事だし、もう大学は休学届けを出しているし、アパートも引き払ったしで後戻りは出来ない。


 イメージだと……寮の掃除とか鍵の管理とか、そういう感じの仕事なのかな? あと荷物を受け取っておいたり? マンションの管理人みたいな。島は人口が少ないから子供も多くないらしいし、それほど大変な仕事ではない……って言ってたけどどうなのかなぁ。


 ともかく、今日で本土とはしばしのお別れ。一人きりでの離島暮らしが始まる。

 休学中の大学をどうするか。将来の仕事をどうするか。そういうことを、あの島で決められたらと思う。


 開放的な南の島でなら──僕自身も何か変われるかもしれない。


 もしかしたら、可愛い女の子たちとの出会いもあったり……なんて。


「……ともかく、良い島だといいな!」


 しばらくそこでいろんなことに想いを馳せているうちに、船内アナウンスが始まった。

 船は、ゆっくりと出港する。

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