第40話 王子閃さんは無自覚に誑す

「でも、王子さんは無理じゃないわけですし」

「体力を持った人間が、持たない人間に合わせるのは当たり前だろう?」

 王子さんの言葉に、目から鱗が落ちる。

「……逆かと思ってました」

「逆だと、相手に無理を強いることになる。さっきも言ったけど、それは良くない。もちろん、身体を鍛えるとか、そういう状況だったらまた別だけど」

 それだって無理は禁物だから、そのときは別々のメニューにしたりすればいいわけで。

 と王子さんが続けた。

「自分は、南雲さんと一緒に秋聲先生の足跡たどりがしたい。それは、体力を付けたいとか、身体を鍛えたいとかと、また別の欲求だから。合わせるなら、南雲さんに合わせるよ。二人とも楽しいのが良い」

「……っ!」

 『一緒に』『二人とも楽しいのが良い』

 こんな素敵な言葉が、さらりと飛び出してくる。

 王子さんは、誑しだ。天然の誑し。ぐう、と咽喉の奥から声にならない呻きが漏れた。

「……駄目だろうか?」

 少し眉を寄せそう問う王子さんに、私は首を振った。

「駄目じゃないです」

「良かった」

 彼女の眉間に寄った皺がパッと晴れる。ほっと笑みを零す。その笑顔に、こっちまで嬉しくなってしまう。本当に、この人は。

「では、その。またご迷惑をおかけしますが」

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