第6話 逃寝の処方箋

 真は瑞穂の言葉を胸に、再び優奈とのセッションに臨んだ。あれから数日が経ち、優奈の状態は少しずつ悪化しているように見受けられた。真はその変化に心を痛めながらも、彼女に何かできることはないかと考えていた。


 瑞穂が言った「休むことが必要だ」とは、どういう意味なのだろうか。それを伝えるためには、まず自分自身がその意味をしっかりと理解しなければならないと感じていた。




 優奈はいつものように、真の前に座っていた。疲れきった表情が浮かんでおり、まるで精神的な重圧をそのまま身体に抱え込んでいるようだった。彼女は小さくうなずきながら、いつものように言った。


 「先生、最近は本当に何もかもがうまくいかない気がします。私、もっと頑張らなきゃいけないんですよね。努力が足りないんです。」


 その言葉に、真は一瞬息を呑んだ。優奈は再び自分を責めている。そして、その根底にあるのは「頑張らなければならない」という思考パターンだ。だが、真は今日はその考えに挑戦する決意を固めた。


 「優奈さん、今日は少し違うことを伝えたいと思います。」


 優奈は目を見開き、驚きの表情を浮かべた。


 「私、まだまだ努力が足りないんですよね?」と、優奈は言いかけたが、真はそれを遮った。


 「違います。優奈さん、今は『休むこと』が一番大切なんです。」


 優奈は真の言葉に戸惑った様子で、目を伏せた。


 「休むこと? でも、それじゃ、何も変わらないんじゃ……」


 真は静かに言葉を続けた。


 「実は、疲れが溜まりすぎていると、どれだけ努力しても、かえって体や心を追い込んでしまうんです。優奈さんは、もう十分に頑張ってきました。それを一度、リセットして、休むことが、今のあなたにとって最も必要なことです。」




 優奈は首を振りながら、真の言葉を拒否するように口を開いた。


 「でも、先生……。休んだって、何も変わらないと思います。どうしても、前に進まなきゃって思ってしまうんです。」


 その反応に、真は驚きながらも、穏やかな声で続けた。


 「それが、まさに疲れている証拠なんです。優奈さんが今、最も必要としているのは『逃寝』です。逃寝というのは、心身の休息を取るために一時的に現実から離れることです。努力を続けることが正しいと信じているのは、その考え方が疲れを作り出しているからです。」


 優奈はまだ納得できない様子だったが、真の真剣な表情に少しずつ心が動き始めた。




 「じゃあ、どうすればいいんですか?」


 その質問に、真は少し考えた後、答えた。


 「まずは、仕事や日常の負担から少し距離を置くことです。そして、自分が本当にリラックスできることをして、心と体をリセットする時間を作りましょう。何か特別なことをしなくても、ただ静かに過ごすことでも十分です。大事なのは、『休む』という選択をすることです。」


 優奈は真の言葉を静かに受け入れた。彼女は目を閉じ、深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。その顔に、少しずつ安堵の表情が浮かび始めた。




 次の数日、優奈は真の提案を実行に移すことにした。最初はどうしても「休むこと」に対して罪悪感を感じていたが、次第にその気持ちは薄れていった。休養の時間を過ごしながら、彼女は徐々に自分を許すことを学んでいった。


 そして、次回のセッションの日、優奈は少し変わった表情で真の前に座った。


 「先生、休むって、こんなに大切なことだったんですね。」


 その言葉に、真は嬉しさと安心感が広がるのを感じた。


 「優奈さん、よくやりました。休むことができたことで、心も少し軽くなったんですね。」


優奈は小さくうなずいた。


 「はい。最初は、こんなことで楽になれるわけがないと思ってました。でも、実際に休んでみたら、ちょっとだけ楽になった気がします。」




 優奈の変化に、真は心から安堵した。彼女が自分を責めることなく、少しずつ「休むこと」の大切さを実感し始めたことが、何よりの成果だった。


 その後、優奈は定期的に「逃寝」の時間を取ることを心掛け、仕事においてもプライベートにおいても、心の休養を意識的に取るようになった。少しずつではあったが、彼女の表情に明るさが戻り、内面にゆとりが生まれていった。


 真はその変化を見守りながら、自分自身もまた「休む」ことの大切さを深く理解していった。疲れた時には、立ち止まり、休息を取ることが必要だ。それは単なる休養ではなく、心身の健康を守るための最も重要な処方箋だと、真は確信を持っていた。

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