第5話 じゃ、しばらく別行動で

「巣」への出航日が近づき慌ただしく準備に追われる中、レオンが巣に同行すると知ったギルがシーアを船底近くの荷室に引っ張り込んだ。

 荷はほとんど信用のおける貸倉庫に入れたので荷室はほぼ空の状態だ。


「今回はレオンが行くらしいな。お嬢、それでいいのか?」

「ウォルターがどっちか一人と言うからな。わたしは行った事あるし」

  そう肩をすくめて笑うシーアに六つ年上の彼は少し声を潜めて詰め寄った。

「あいつが港で妙な人間と会ってるの知ってるのか」

 ほぼ四六時中一緒にいるのだから、当然把握している。

 もうずっと以前からだ。

 すれ違いざまに男から何か渡されたり、目配せするのを見た。

 連絡を取っている相手は少なくとも二人はいる。

 他にも金を払って商店の人間に書簡を預けたり、と様々な方法で連絡を取り合っている人間がいる。

 常に行動を共にしているからこそシーアは気付けた。そうでなければまず気付かれないだろう。それほどまでにレオンは細心の注意を払っていたし、警戒していた。

 その多種多様な連絡方法は学ぶところも多かった。彼らは予定外に寄港する港にまでも現れる事があり、シーアは内心舌を巻いたほどである。


「さすが、よく気付いたな。あいつはウォルターの言いつけで動いてるだけだよ。気にするな」

 ウォルターの仕事だといえば妙な説得力があるのを把握しているシーアは出まかせを言ってトン、となるべく軽い調子でギルの肩を叩いた。

 本当に、よく気付いたものだと感心する。面倒見がいいにも程がある。新人二人組をずっと気にかけて見守っていたのだろう。

 さすが次期操舵士候補だとも思った。


 レオンが何か企みを持って乗船し、情報を流しているのではないか。シーアもそう始めは警戒した。

 だが、だからこそすぐに気付いた。

 レオンは情報を受け取る側だった。

 彼が向こうに何かを渡す事はほとんどない。

 ドルファン一家のように独自の手話でもあるのかと思ったが、それも怪しい。

 そして最近のレオンは彼らと接触する頻度が増えている。


「出航だそうだ」

 二人の間の空気がいつになく緊迫しかけたその時、荷室の入り口からレオンが顔を出した。

 今日は巣に渡る人間以外は下船する日だった。レオンは残っている船員がいないか確認して回っているらしい。

 下船する船員にとってはしばらくの休暇だ。

 島に戻る者と、ドルファン一家に好意的で安全に寄港できる港にて下船し各々自由に過ごす者に分かれる。

 ギルは巣での操舵を学ぶため船に残り、シーアは数少ない女友達が近く結婚するというので会いに行く予定にしていた。


「じゃ、あとは頼んだよ」

 甲板に出たシーアは手短に言って身の回りの物が入った麻袋を肩に掛け、軽快な足取りでタラップの板を降りて行く。

「シーア!」

 先ほどの事に何を言うでもなく、後腐れのない様子で下船するその背をレオンは思わず呼び止めた。

 首だけ振り返った彼女に、言うべき言葉を見付けられずレオンは声もなくはくと口を動かす。そんな相棒にシーアは心得顔でニッと笑んだ。

「しっかり働いて来な」

 そして後ろ手にひらひらと手を振りながら街へ向かって行く。それはまるで「気にするな」とでも言うかのようであった。


 彼女は自分が髪やひげを整えると不都合な事に気付いている。

 行く先々の港で船外の人間とやり取りしているのを分かっていて、ウォルターの仕事だとギルに嘘をついた。

「海の国」オーシアン王家の紋章の存在を知るのは、ウォルターとシーアだけである。

 彼女は、気付いているのかもしれない。

 レオンは微かに眉をひそめてそう思った。


 ここの船員も、寄港した港の女達も、レオンを色男だ男前だと言うが一番の男前は彼女だと思わざるをえなかった。


 シーアと組んでから三年になろうとしている。

 彼女は半年に一度帰るかどうかという少ない頻度で島に帰還していた。

 本船であるドレイク号は島に戻る事はまずないという。そのため帰島する者は島に帰る他の船に便乗して島に渡る。そして島で家族と過ごすため、その船はしばらく出航しない事が多い。

 仕事熱心であるせいか、それともレオンのお守りをしているつもりなのか、シーアの島での滞在時間はいつも短い。帰島した船とは別の、島を出る船に乗って船を乗り継ぐようにしてドレイク号に戻るのだ。一度島に帰ればたいてい十日、長くて二十日近くは不在にする。

 離れるのは初めての事ではなかったが、郷里に帰るのとは違い今回はしばらく女一人で陸に上がる事になる。さすがに心配にもなった。

 たとえ短剣を隠し持ち、靴や髪を縛る紐に武器やら道具やら細工を施した完全武装の女であったとしても、とても心配だったのだ━━


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