13-1 上位総当たり戦ー次なる戦いの舞台
――クロヴィスとのランキング戦の激闘から数日が過ぎた。
熱狂に包まれた戦いの記憶が学園内で語り継がれる中、レヴァンは学園の少し外れにある飲食店「炎と糸の皿」の木製の扉を押し開けた。
その店は、ギルド関係者や学園の生徒の間で隠れ家的な人気を誇る店だった。
パスタと肉料理が看板メニューで、独特の香ばしい匂いが漂っている。
暖かな橙色のランプが吊るされた内装にはシンプルで落ち着いた木の質感が活かされており、壁には異国風の風景画や調理器具が飾られている。
「いらっしゃいませ。」
店員が穏やかに声をかける。
その声はどこか親しみやすく、レヴァンの緊張をほぐした。
彼は周囲を見渡しながら窓際の席に向かい、ゆっくりと腰を下ろす。
テーブルには、星紋のような模様が彫り込まれた鉄製のカトラリーが置かれ、メニュー表には様々な料理が記されていた。
特に目を引いたのは、「星の煌めきトマトパスタ」と「炎香る肉料理」という名前のセットメニューだった。
「初めてのお客様ですね。本日はお勧めのセットメニューをお試しになってみてはいかがですか?」
店員の提案に、レヴァンは少し考えた後、頷いた。
「それじゃあ、それをお願いするよ。後、水も頼む。」
しばらくして、厨房から立ち上る香ばしい匂いが店内に広がり、料理が運ばれてきた。
パスタは細長い麺にトマトソースとハーブが絡まり、その上にはチーズがたっぷりとかけられている。隣の皿には、スパイスで味付けされたジューシーな肉料理が盛り付けられていた。湯気が立ち上る料理を目にし、レヴァンの空腹感は一気に増していく。
一口目を口に運ぶと、トマトの酸味とチーズのコクが絶妙に絡み合い、ハーブの香りが口の中で広がった。肉料理は外は香ばしく、中は柔らかくジューシーで、スパイスが食欲をさらに刺激する。
「これは……美味い。」
思わず声に出した感想に、店員が微笑んだ。
店内は穏やかな音楽が流れ、隣のテーブルからは冒険者たちの陽気な笑い声が聞こえてくる。
食事を続けながら、レヴァンはふと窓の外を見た。
店の前には小さな花壇があり、風に揺れる花々が夕暮れの柔らかな光を受けている。
その風景を眺めながら、彼はこれまでの戦いの日々を振り返った。
(学園で力を得るという目的は、ほぼ果たせた。)
彼はそう考えながら、フォークを手に取り、再びパスタを口に運ぶ。
精霊イゼリオスとの契約は戦闘力を大きく高め、ランキング戦での勝利は自信を深めるきっかけとなった。しかし、胸の奥には未だ果たされぬ使命が残っている。
「後は……約束の地への手がかりだ。」
誰に向けるでもなく、自分自身に語りかけるように呟いた。
その言葉には、これからの道を切り開こうとする強い意志が込められていた。
ふと、店の扉が軽やかに開く音がした。
顔を上げると、セリーネがゆっくりと入ってくる。
彼女は店内を見回し、すぐにレヴァンに気づくと微笑んで近づいてきた。
「こんなところで会うなんて、奇遇ね。」
彼女は席に腰を下ろし、メニューを手に取った。
「休息も大事よ、レヴァン。あなた、いつも全力で突き進んでるから少し心配になるのよね。」
「まぁ、こうやってゆっくりしてる時もあるさ。」
彼の言葉に、セリーネは少し驚いたように目を見開き、笑った。
「それにしても、この間言っていた約束の地って……そんなに大事なものなの?」
セリーネの問いに、レヴァンは少しだけ考え込んだ後、静かに答えた。
「分からない。ただ、自分がそこへ向かうべきだということだけは確信してる。それが、俺の記憶や使命と繋がっている気がするんだ。」
窓の外では、徐々に陽が傾き、街が夜の帳に包まれ始めようとしている。
店内のランプが柔らかな光を灯し、レヴァンの心にも少しだけ安らぎが宿る。
その中で、次なる戦いが彼を待ち受けていることを予感させるように、風が静かに街路樹を揺らしていた。
――次の日、星紋術によって保護された特設フィールドは、静けさの中に潜む闘志の爆発を予感させるような、独特の空気を漂わせている。観客席には薄明かりが灯り、その光が反射して戦いの舞台を鮮烈に際立たせていた。
観衆の目は中央に注がれている。
そこに立つ二人の生徒は、互いに言葉を交わさずとも、その眼差しだけで次の瞬間を見据えていた。風が軽く舞い、フィールドを包み込む。その風はまるで、試合開始の合図を待つかのように漂っていた。
学園内で進行中のランキング30位以内の総当たり戦は、多くの学生たちの注目を集めていた。
星喰いによる度重なる襲撃により、学園全体が不安と緊張に揺れる中、この戦いは一筋の光として捉えられていた。しかし、その影響で多くの優秀な術士たちが傷を負い、果てには命を落とす者も出ていたことで、ランキングの順位が急激に変動していた。
その余波により、繰り上げでランキング30位に名を連ねたのがレヴァンだった。
これまでの戦いの経験、特異個体討伐の功績が評価されての結果ではあったが、それでも彼には未知のプレッシャーがあった。
「さあ、いよいよ注目の一戦が始まるぞ!」
観客席から興奮した声が響き、次第にざわめきが大きくなる。
「今回の対戦相手は29位のカーティスだ。影属性の使い手で、その冷徹な戦術は有名だぞ。」
「でも、レヴァンもただの繰り上がりじゃない。特異個体を倒した男だ!」
観客席のざわつきが徐々に大きくなる中、カーティスが静かに戦闘開始の定位置に移動した。
彼の動きは無駄がなく、影を巧みに操る星紋術士としての経験を感じさせた。長身に合わせて作られた黒いコートが風になびき、その姿は洗練された戦闘のプロフェッショナルを彷彿とさせる。
「ずいぶんと大勢の観客を集めたものだな。」
低く冷たい声が響き、カーティスの周囲に漂う闇がわずかに揺れ動く。
「この舞台に立つ覚悟はあるのか?俺に勝てるつもりか?」
その挑発に、レヴァンは微かな笑みを浮かべながら答える。
「やってみればわかるさ。」
「レヴァン・エスト、君の名はすでに学園中に広まっている。」
カーティスが言葉を放ちながら、足元に影の気配が漂い始める。
その声には余裕すら感じられた。
「だが、影に捕らわれれば、その風の力も役には立たない。」
対するレヴァンは微かに笑みを浮かべ、剣を軽く振って風を起こす。
風の力が徐々に宿り、彼の周囲に見えない気流が生まれる。
「影か……確かに厄介そうだな。でも、捕まるつもりはないさ。」
二人の間に張り詰めた空気が漂い、観客たちは息を呑んで次の瞬間を待つ。
鐘が再び鳴り響き、試合の幕が上がった。
カーティスが星紋術を発動するや否や、フィールド全体に彼の影が広がり始める。
影の触手が足元から湧き出し、レヴァンの動きを封じようと蠢うごめく。
観客席からはどよめきが起きた。
「フィールド全体が彼の影術の支配下にある……!」
「どうする、レヴァン!?」
触手は巧みに動き、レヴァンの動きを封じるかのように迫ってくる。
だが、レヴァンは冷静だった。
足元を囲む影の動きを観察しながら、剣を軽く振る。
風が生まれ、その気流が影の触手を切り裂き、逃げ道を作り出す。
「捕らえるつもりなら、もっと速くしろ。」
レヴァンの挑発に、カーティスの表情がわずかに歪む。
「なら、お望みのままに!」
カーティスが叫ぶと同時に、影が一斉に形を変え、鋭利な槍のような形状を作り出した。
それらが一斉にレヴァンへと放たれる。
影の攻撃は、予測しにくい動きで迫ってくる。
その光景に、レヴァンの脳裏にある記憶が蘇った。
それは、数週間前に星喰いの襲撃時に共闘した影属性の使い手、コールと共に戦った記憶であった。
星喰いとの激闘の最中、彼は影を巧みに操り、星喰いの攻撃を分断したり、仲間を守るための防御壁を瞬時に形成したりしていた。その姿は、影属性がただ攻撃に使われるだけでなく、柔軟で多面的な使い方ができることを示していた。
レヴァンは心の中で、自分に言い聞かせるように考えを巡らせた。
(影属性自体は珍しくない。それでも使い手次第で、これほど戦術に違いが生まれるとは……。)
コールの場合、影は柔軟性を持ち、防御やサポートを重視していた。
しかし、目の前のカーティスはその特性を攻撃に特化させている。
影をまるで生きているかのように動かし、相手の隙を突く。
その違いが、影属性が持つ特異性と厄介さを一層際立たせていた。
「どうした? その程度で俺の影を防げると思うのか?」
カーティスの声が響き渡る。
レヴァンが影の槍を剣で弾き飛ばしたその直後、彼の影はさらに形を変え、刃のような形状に変化しながらレヴァンに襲いかかる。
影の動きは一瞬で変わり、前からの攻撃に見えたと思えば、次の瞬間には真横から襲いかかる。
まるで生き物のように予測不能な軌道を描くその様子に、レヴァンの額に汗が滲む。
(確かに、コールの戦い方を見ていなければ、この動きに対応するのは難しかっただろうな……。)
影の性質が持つ柔軟さと、対処の難しさを改めて感じながらも、レヴァンは自身を奮い立たせた。
「だが、押し切る!風の刃よ。」
レヴァンの声と共に放たれた無数の風の刃が、影の槍と激突する。
影と風がぶつかるたびに、空間には激しい衝撃音と光の反射が交錯し、観客たちを圧倒した。
「やるな……。」
カーティスは軽く息をつきながら再び影を広げる。
彼は影を盾のように展開しながら、再びレヴァンの動きを追い詰めていく。
レヴァンは一瞬の隙を突かれ、影の束縛が足元に絡みつき始めた。
「逃がさない!」
カーティスの叫びと共に、影がレヴァンの体を縛り上げようとする。
その動きに対し、レヴァンは一瞬目を閉じ、深呼吸をした。
「風よ。」
彼が呟くと、剣に宿る風の力が一気に膨れ上がる。
その力が爆発的な風圧を生み出し、影の束縛を吹き飛ばした。
カーティスはレヴァンの素早い動きに戸惑いながらも、すぐに体勢を立て直した。
「影牢(かげろう)!」
彼は、影を広範囲に展開する星紋術を発動し、フィールド全体を黒い牢獄のような影で覆う。
観客席からは不安げな声が上がる。
「これはまずいぞ……あれは彼の得意技だ。」
「影の中では何も見えなくなる!」
フィールド全体が闇に包まれ、視界が完全に奪われた。
しかし、レヴァンは冷静だった。
風の力を通じて空気の流れを感じ取り、相手の動きを把握する。
「俺は、風と共にある。」
レヴァンが呟くと同時に、風の流れが彼の周囲に集まり、鋭い刃のような音を奏で始めた。
彼は剣を構え直し、一気にカーティスに向かって駆け出す。
「蒼閃嵐舞(そうせんらんぶ)!」
彼の声と共に青白い輝きが混じり合う渦巻く強烈な風を巻き起こる。
そして、その風と共に無数の風の刃を放っていく。闇を切り裂きながらカーティスに向かっていくその刃は、影の防御を次々と切り裂き、ついにカーティスの周囲の闇を吹き飛ばした。
「ここで終わりだ!」
レヴァンは空高く跳躍し、剣を構える。
風の力が剣に集中し、光のような輝きを纏う。
それを見たカーティスも全力で影を集結させ、巨大な球状の防壁を作り出した。
「暗夜の帳(あんやのとばり)!」
「影の壁で受け止めるつもりか……なら、突き破る!」
レヴァンが剣を振り下ろすと、風の刃が竜巻となり、影の壁を粉々に切り裂いていった。
その衝撃に、カーティスは思わず膝をつき、息を切らせた。
「これが……君の力か……。」
「なんだ、あの力……!」
観客席からは驚きの声と拍手、最後には歓声が巻き起こる。
「まだやるか?」
レヴァンはカーティスの首元に剣を近づけ、静かに告げる。
息を荒げながらカーティスが答える。
「いや、俺の負けだ…しばらくランキング戦をしていなかったが、君ほどの実力者がいるとはね。」
彼の宣言を聞き、審判が告げる。
「勝者、レヴァン・エスト!」
レヴァンは剣を静かに収め、フィールドを後にしながら心の中で次の戦いを思い描いていた。
(この戦いで得たものを、次に活かす。それが今の俺にできる唯一のことだ……。)
フィールドから見上げる青空が、次なる挑戦の幕開けを告げているようだった。
――ランキング戦が盛り上がりを見せる中。
学園の広場から少し離れた静かな一角に、重厚な扉を備えた建物が佇んでいた。
それは、学園の中でも限られた者だけが立ち入ることを許された場所――星喰い研究施設であった。
施設の外観は他の建物と比べて異様なまでに頑丈で、星紋術による防御結界がその周囲を何重にも取り巻いている。結界は微かに光を放ちながら、時折軋むような音を立て、外部からの侵入を拒む冷たさを醸し出していた。
施設の前を行き交う生徒や教師たちは、その場所に目を向けることさえせず、何かを避けるように早足で通り過ぎていく。
施設の内部では、薄暗い廊下に星紋が描かれたランプが等間隔に灯り、不気味な光が床や壁に映し出されていた。その奥にある研究室では、数人の学者と星紋術士が星喰いの欠片を囲みながら真剣な議論を交わしている。
中央のテーブルには、黒い結晶が置かれていた。
それはこの前の戦いで、星喰いの特異個体から回収された核の一部とされるものだった。
その表面には複雑な模様が浮かび上がり、光の加減で模様が脈動しているかのように見える。
「……これは単なる結晶ではない。星紋術と同じ原理でエネルギーを吸収し、何かを生み出そうとしているのかもしれない。」
白衣を着た中年の学者が、眼鏡越しに結晶を凝視しながら呟いた。
その声には明らかな緊張が滲んでいる。
「しかし、このエネルギーは……星紋術と酷似しているにも関わらず、その性質が大きく異なる。どこか歪んでいるように感じるんだ。」
若い星紋術士が眉を寄せ、結晶に手を伸ばそうとするが、リーダー格の学者に制止される。
「触るな。この結晶がどれほど危険か、まだ全貌は分かっていないんだ。もし予期せぬ反応を引き起こせば、施設全体が消し飛ぶ可能性もある。」
冷たい声が室内に響き渡り、一瞬の沈黙が訪れる。
その時、不意に結晶が微かな音を立て始めた。
「カツ……カツ……」
規則的に響く音が次第に高まり、光が結晶の表面から漏れ出す。
光は次第に部屋全体に広がり、壁に映し出された模様が星紋術のものと酷似していることに全員が気づく。
「模様が……動いている?」
誰かが息を呑むように呟く。
模様はまるで生き物のように蠢き、光が集まって一つの形を成そうとしているようだった。
「これは……まさか、結晶が意思を持っているのか?」
リーダー格の学者が低く呟いた瞬間、光が一気に強まり、部屋の隅々まで照らした。
模様は星紋術の原初の形を思わせるもので、だがその中にどこか歪みを伴った不気味さを秘めていた。
施設外では、ランキング戦の歓声と熱気が学園全体を包み込んでいた。
しかし、その一方で誰も気づくことのない場所で、この結晶の動きが意味するもの
――それは星喰いの脅威が単なる怪物との戦いを超え、人類そのものの罪と繋がっている可能性を暗示していた。
結晶が光を放ったまま静止した後、施設内は静寂に包まれる。
学者たちは顔を見合わせ、それぞれが異なる解釈を胸に抱いていた。
「このまま研究を続けるべきだろうか……?」
誰かが囁くように言うが、その答えは誰も出せないままだった。
一方、ランキング戦のフィールドでは、レヴァンが次の試合に備えて息を整えている。
その姿は一見すると熱気の中にいるように見えるが、学園の片隅で進む研究の暗部は、彼の未来に深く影響を与えるだろうということを静かに示していた。
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