12-1 挑戦者たちー功績の広がり

ヴァルネア村の調査を終えた翌朝、レヴァンは少し早い時間にギルドの本部を訪れた。


朝日が低く射し込むギルドのロビーは、まだひんやりとした空気に包まれており、賑わうはずの昼間の喧騒とは打って変わって静まり返っていた。


レヴァンの足音が石造りの床に反響する中、彼はまっすぐグラハム支部長の執務室へと向かった。


執務室の扉を軽くノックすると、低く重い声が返ってきた。


「入ってくれ。」


扉を開けた瞬間、部屋に漂う緊張感がレヴァンを包み込んだ。

大きな窓から差し込む朝の光が、支部長の机に積み上げられた資料や記録を照らしている。


机の隅には、調査隊が持ち帰ったと思われる古びた石板の断片が無造作に置かれていた。


支部長の表情には、疲労と苛立ちが混じった険しさが浮かんでいた。

彼は腕を組みながらレヴァンをじっと見据え、椅子を深く引き寄せると、静かに促した。


「報告を聞かせてくれ。」


レヴァンは軽く息を吐き、部屋の静けさを壊さないような声で調査内容を語り始めた。


「予想通り、村は完全に壊滅状態だった。生存者は確認できず、星喰いの爪痕が至る所に残されていた。そして、村の中心部で発見された遺跡についてだが……。」


彼は一瞬言葉を切り、記憶の中で蘇る遺跡の光景に眉を曇らせた。


壁に刻まれた碑文、星紋に似た模様、そしてそれが放つ微かな光。その全てが、未だ彼の心に影を落としていた。


「その遺跡には、古びた碑文が刻まれていた。解読された部分には『人類の罪』という文言が含まれていて、星の怒りや未来への裁きを示唆するような内容だった。」


レヴァンが語り終えると、グラハムは深く息を吐きながら椅子に背を預けた。


「……なるほどな。星喰いの動きがこれまで以上に奇妙だと思っていたが、そういう背景があったのか。」


彼は机に積まれた資料に目を落とし、眉間みけんに皺しわを寄せた。

部屋に漂う緊張感がさらに増す。


「ただの怪物ではない可能性が濃厚になってきたな。お前が言った碑文、『人類の罪』……その言葉が指し示すものは一体何だと思う?」


レヴァンは一瞬言葉に詰まった。

頭の中では夢で見た少女と父親の言葉が渦巻いていた。


星紋、星喰い、そして罪――それらが複雑に絡み合い、彼に問いかけてくるようだった。


「分からない。ただ……星喰いの存在そのものが、人類に対する何かの代償や罰のように思えてならない。」


グラハムはその言葉に反応を見せることなく、しばらく考え込んだ。


そしてやがて、低く重い声で言葉を紡いだ。


「もしそうだとしたら、人類が背負った罪とは一体何なのか。何が星そのものを怒らせたのか……我々はその答えを見つけなければならないだろう。」


彼の視線が鋭くレヴァンを射抜いた。


「お前にはこれからもその謎を追う力が求められる。そしてその力を扱う覚悟もだ。特異個体を討伐したお前には、それを背負う責任がある。」


その言葉に、レヴァンは無意識に拳を握りしめた。

彼は頷きながらも、心の奥底では碑文の意味が突きつける真実に対する恐れを感じていた。


(俺たち人類は、本当に星に何か取り返しのつかないことをしてしまったのか……?)



その日の昼頃、学園の広場は、通常の賑わいを超えた喧騒に包まれていた。


太陽が真上から降り注ぎ、中央掲示板に張り出された新たなランキング戦の挑戦者リストが黄金色に輝いている。


ランキング専用の石板には、その日の試合を中心に表示されるが、ここは前もって挑戦者とその相手が事前に張り出される。


その周囲には学生たちが群がり、掲示板に書かれた名前一つひとつを熱心に指差しながら会話を交わしていた。


「見てみろよ、この名前……『レヴァン・エスト』だ。」


一人の学生が声を上げると、周囲の視線が一斉にその名前に集中した。

リストの中で、彼の名前が何度も記されているのが際立っていた。


「彼が、あの特異個体を倒したって話、本当なのか?」


「星喰いの特異個体って、通常の討伐隊でも全滅しかねない危険な存在だろ? それを一人で……。」


「噂だと、星紋術の使い手としての実力も相当らしい。『風』と『火』の二属性を持つ稀有な存在だとか。」


学生たちのざわめきは次第に熱を帯び、彼の実力や背景に関する憶測が飛び交い始めた。


「旅人らしいけど……どこの国の出身なんだろう? まさか、どこかの貴族の隠し子だったりして?」


「いや、あの強さを見れば、むしろ戦士の血筋かもしれない。剣の扱いが尋常じゃないって聞いたぞ。」


「それにしても、この学園に来てから短期間でここまで注目を浴びるなんて、ただ者じゃないな。」


星喰い討伐の功績、とりわけ特異個体を単独で討伐したという事実は、レヴァンを一躍学園の中心的な話題へと押し上げていた。


その戦績は学生たちの間で英雄譚(えいゆうたん)のように語られ、現実の彼を超えて、誇張された人物像が作り上げられつつあった。


広場全体は、どこか活気と緊張感が混じり合った空気に包まれていた。


掲示板の周囲では、新たな挑戦者リストを見つめる学生たちのざわめきがひっきりなしに続き、近くの噴水のせせらぎさえその中に溶け込んでしまうほどだった。


掲示板は学園内でも特に目を引く位置にあり、そこに集まる生徒たちはそれぞれ色とりどりの服を身にまとっていた。


錬金術を学ぶ者たちが持つガラスの小瓶や、戦闘術を専攻する学生が身につける薄い甲冑が、太陽の光を反射してきらめく。風が吹くたびに、広場を囲む古い石造りの校舎がその影を揺らし、掲示板の文字に一瞬の変化を与えた。


「……本当にすごいな。でも、彼ってどこで訓練を積んだんだろう?」


「いや、それより、あの特異個体を倒した方法のほうが気になる。どんな星紋術を使ったんだ?」


噴水のそばで談笑していた一団が話題を切り替え、レヴァンの戦闘スタイルについて語り始めた。


彼らの声は、広場のいたるところで飛び交う他の話題と共鳴し、全てがレヴァンという名前を中心に回っているように感じられた。



その日の昼食時、学園の大食堂は、いつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。


広々としたホールには高い天井があり、そこから吊り下げられたシャンデリアが柔らかな光を放っていた。その光が磨き上げられた木製の長テーブルや椅子の表面で反射し、暖かく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。窓から差し込む日差しが、揺れるカーテンの隙間から床を照らし、テーブルに並ぶ料理に鮮やかな色彩を与えている。


生徒たちは仲間と賑やかに談笑しながら食事を楽しみ、一部は最近のランキング戦について熱く語り合っていた。


肉料理の香ばしい匂いや、スープの立ち上る湯気がホール全体を包み込んでいる。

その香りが食欲をそそる一方で、レヴァンの心を完全に解きほぐすことはできなかった。


彼はホールの片隅にある一つのテーブルに腰を下ろし、目の前に山積みされた挑戦状の束と挑戦者リストをじっと見つめていた。


その姿は、周囲の賑やかさとは対照的に、どこか静寂に包まれているように見えた。


「……これ、どうすればいいんだ。」


彼は小さな声で呟くと、一枚の挑戦状を手に取った。

それには、300番台前半のランキングに属する実力者たちの名前と戦術の概要が記されていた。


「エリック・ノース……火属性か。」


「次は……カレン・シルヴァ。氷属性……距離を取られると厄介そうだ。」


彼は一つ一つの名前と属性の特徴を吟味しながら、自分がどのように戦うべきかを頭の中で模索していた。しかし、挑戦状の山は終わりが見えず、次第にその重さが彼の心を圧迫していった。


その時、ふと柔らかな声が耳に届いた。


「やっぱり、ここにいたのね。」


顔を上げると、セリーネが微笑みを浮かべて立っていた。


彼女はホールの騒がしさに気圧される様子もなく、優雅な足取りでレヴァンの向かいの席に腰を下ろした。彼女の髪が窓から差し込む光を受けて輝き、その姿がどこか神秘的にすら見えた。


「噂は本当だったのね。」


セリーネはテーブルに山積みされた挑戦状を見て、少し驚いたような表情を浮かべた。


「これ、全部受けるつもり?」


「そういうルールだからな。毎日戦っても全員と戦うのはいつになるのか分からない。ランキングが高い順に倒していけば、諦める者も出てくるだろう。」


レヴァンは肩を竦め、軽く笑った。

しかし、その笑みの奥にはどこか疲労の色が見え隠れしていた。


「注目されるのは悪いことじゃないけど……それが重荷になることもあるのよ。」


セリーネはそう言うと、一枚の挑戦状を手に取り、目を通した。


「ランキング戦に挑むのは、実力を示す場でもあるけれど、挑まれる回数が増えるほど消耗も激しくなるわ。負けたら、今の評価は一気に崩れるかもしれない。」


彼女の言葉に、レヴァンは少しだけ目を細めた。


「心配してくれてるのか?」


「もちろんよ。せっかくの功績が台無しになるところなんて見たくないもの。」


彼女の言葉には、表面的な軽さとは裏腹に、彼の身を案じる真剣な響きが込められていた。


レヴァンは挑戦状の束に視線を落としながら、小さく息を吐いた。


「俺は旅を続けるために強くなるしかない。それに、負ける気はないさ。」


その言葉には、自信というよりも、覚悟の色が濃く滲んでいた。

彼の胸の中には、自分の力を磨き上げる以外に道がないという切実な思いがあった。


「でも……」


セリーネは少しだけ目を伏せ、考え込むように言葉を続けた。


「あなたの力を試そうとする人がこれから増えていくのは確実よ。注目されるのは嬉しいことだけど、その分だけ敵も増えるわ。」


その言葉は、ただの警告ではなかった。どこか予感めいた響きを持ち、レヴァンの胸に小さな棘のように刺さった。



食堂の賑やかな音が遠く感じられる中、セリーネとの短い対話は、彼の心に一筋の光を灯したようでもあった。窓から差し込む光が、彼女の柔らかな微笑と重なり、その瞬間だけは彼の胸の中の重圧が少しだけ和らいだ。


「ありがとう、セリーネ。君の言葉、ちゃんと胸に留めておく。」


レヴァンがそう呟くと、彼女は微笑みながら席を立った。



彼女が去った後、テーブルの上に残された挑戦状を見つめながら、レヴァンは静かに目を閉じた。その瞼の裏には、戦いの記憶と、これから迎える試練の光景が交錯していた。


彼はただ強くなるために歩み続ける。

その決意を胸に、挑戦の山へと足を踏み入れる準備を進めていた。


目の前の挑戦状の束を一枚一枚丁寧に手に取るたび、レヴァンの胸には小さな炎が灯るようだった。


それは単なる怒りや恐怖ではなく、これから待ち受ける試練に対する静かな覚悟だった。


挑戦状に記された名前、属性、彼は思わず呟いた。


「試練はまだ始まったばかり……俺が進むべき道は、ここにある。」



その声は決して大きなものではなかったが、誰よりも強く響き渡るような力が込められていた。



窓の外に目をやると、そこには学園全体を包むように広がる澄んだ青空があった。


太陽が燦々と輝き、その光が木々の葉を透かし、地面に無数の影を落としている。その風景は、静かな時間の中にも活力を秘めたものだった。


遠くでは学生たちの声が小さく響き、学園内がどれほど活気に満ちているかを思い知らせてくれる。


レヴァンは挑戦状を丁寧にテーブルの上に戻しながら、自分の胸の奥底にある感情を整理していた。


学園での名声、星喰いとの激闘、特異個体の討伐、そして碑文が示した人類の罪。

それぞれが彼にとって避けて通れない課題であり、未来への道標でもあった。


「……とりあえず、1つ1つ受けていくしかないか。」


小さな独り言が、空気を揺らした。

目の前に並ぶ挑戦状の中から数枚を選び取り、その内容をもう一度読み返す。


「まずはこれだな……。」


選び取った一通には、雷属性を得意とする術士の名前が記されていた。


その名前に目を留めると、彼の脳裏には相手の戦術を想像し、どう攻略するかがすぐに浮かび上がった。


戦術を考えるその一方で、レヴァンは自分自身の力にも思いを馳せていた。


特異個体との戦いで初めて実感したイゼリオスの力。


それは紛れもなく強大で、確かな手応えを伴うものだった。

そして今、その力は経験を重ねたことにより、身体に馴染んできている感覚がある。


それは同時に、レヴァンに小さな自信をもたらしていた。


「……イゼリオス、俺はお前と共にこれからも歩んでいく。」


心の中で静かに問いかける。

その答えが返ってくることはなかったが、彼の中には新たな決意が芽生えつつあった。



力を使いこなすことが、自分の道を切り開く唯一の方法だという確信だった。



食堂を後にし、広場へ向かう途中、レヴァンは周囲の景色をゆっくりと見渡した。


広場には巨大な噴水があり、その中央には星紋を象った彫刻が輝いていた。

水が勢いよく噴き上がり、陽光を受けて虹色の輝きを放っている。


その周囲を行き交う学生たちの表情は、皆どこか期待に満ちたものだった。

遠くでは、訓練場から剣がぶつかる金属音と、星紋術による音が響いていた。


どの音も、学園が活気と挑戦に満ちた場所であることを物語っている。


「ここで俺は、どこまで進めるだろう。」


レヴァンは自分に問いかけながら、拳を軽く握りしめた。

その手には、これから訪れるであろう困難への覚悟と期待が込められていた。


そんな彼の横に、ふと軽やかな足音が響いた。

振り返ると、そこにはセリーネが立っていた。


彼女はいつものように柔らかな笑みを浮かべながら、彼の隣に歩み寄った。


「あら、まだ考え込んでたの?」


その問いに、レヴァンは少し照れくさそうに微笑んだ。


「まぁな。考えることが多すぎて、どれから手をつければいいのか分からなくなるんだ。」


セリーネは彼の答えを聞きながら、少し考えるような表情を見せた後、言った。


「それなら、順番なんて気にしなくていいんじゃない?あなたはあなたのペースで進めばいいのよ。だって、どんな挑戦だって、最初の一歩は一緒なんだから。」


その言葉に、レヴァンは思わず足を止めた。

セリーネの言葉は、彼の中にあった不安をほんの少しだけ軽くしてくれた。


広場に立つレヴァンの背中を、再び差し込む陽光が優しく包み込んだ。

その光を受けながら、彼は静かに目を閉じ、心の中で誓った。


「次の試練も、その先の試練も、俺は全力で超えてみせる。」


視線の先には、挑戦者リストが掲げられた掲示板。

そしてそのさらに奥には、学園全体が見渡せる丘陵が広がっていた。



その丘の上で待つのは、果たしてさらなる試練か、それとも希望か。

レヴァンはその答えを求めて、再び一歩を踏み出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る