10-1 星喰いの策略ー帰路の途上
試練を終えたレヴァンの旅路は、再び現実へと戻り始めていた。
風の精霊イゼリオスとの契約を結んだことで、彼の中には新たな力が宿っている。
それが静かに全身を満たし、内側から彼を支えているのをはっきりと感じていた。
森の中を進む彼の足取りには、疲れよりも力を得た確信が表れていた。
木々の隙間から差し込む太陽の光が草むらに点々と影を作り、穏やかな風が葉を揺らしている。その風にはどこか特別な温もりがあり、彼を包み込むように流れていた。
ヴェイルステッドの蹄音が柔らかい地面に響き、彼の隣をゆっくりと進んでいた。
この旅路で借りた騎乗動物は、その頼もしい体躯と穏やかな性格でレヴァンの道連れとして申し分なかった。
彼はヴェイルステッドのたてがみを軽く撫でながら、風が頬を撫でる感覚に意識を集中させた。
その感覚は、自然の風以上に親密で、まるで彼に語りかけているかのようだった。
「イゼリオス……共に行こう。」
呟きながら彼は微笑を浮かべた。
その瞬間、風が優しく髪を揺らし、木々のざわめきを通じて答えるようだった。イゼリオスの存在がそこにあり、自分を支えているという実感が彼の胸に深く刻まれていた。
「俺は、風と共にある……。」
再び歩き出すと、風が追い風となって彼の背中を押すようだった。
その感覚が、彼に新たな力への確信と希望をもたらしていた。
ヴェイルステッドが一度立ち止まると、レヴァンもそれに合わせて足を止めた。
彼はヴェイルステッドの様子を確認しながら、そのたてがみを軽く撫で、「大丈夫だ、もう少し進もう」と静かに語りかけた。
ヴェイルステッドが頷くように首を振り、一歩前へ進んだことで、再び森の道が続いた。
――昼過ぎ、彼は広場のように開けた場所で、ヴェイルステッドの歩みを止めた。
そろそろ休憩を取るべきだと判断した彼は、倒木に腰を下ろし携帯していた水筒を取り出して一口飲んだ。
心地よい冷たさが喉を潤した。近くの小川から聞こえる水のせせらぎが、彼の心を落ち着かせている。
ヴェイルステッドは倒木の近くで静かに地面に腰を下ろし、優雅に草を食み始めた。
その姿を眺めながら、レヴァンは剣を横に置き、目を閉じた。
風が静かに彼の周囲を巡り、皮膚をそっと撫でていく。
それはただの自然の風とは異なり、まるで彼に語りかけようとしているかのような温かみを持っていた。
「まだ完全に使いこなせてはいないが……お前がそばにいるのはわかる。」
彼は心の中でそう呟いた。
すると、風が一瞬強まり、髪をそっと揺らした。
イゼリオスの存在を感じるたびに、レヴァンは自身がこの力を手にした責任の重さを再認識する。
星喰いとの戦いだけでなく、自分が失った記憶や過去にも向き合わなければならない。その事実が彼の胸に重くのしかかっていた。
やがて、木漏れ日の中で小休憩を終えたレヴァンは立ち上がり、剣を背に掛け直した。
ヴェイルステッドのたてがみを撫でながら、「もう少しだ」と声をかけると、ヴェイルステッドは力強く立ち上がり、再び道を進み始めた。
森を抜ける道の向こうには、目的地であるヴァルストラ共和国の街が待っている。
レヴァンは深呼吸し、再びヴェイルステッドと共に歩みを進めた。
――翌朝、レヴァンはヴェイルステッドにまたがり、街の門が見える場所に到達した。瓦屋根の家々が並び、賑やかな声が遠くから響いてくる。
門番が旅人たちをチェックしている様子が目に入ったが、レヴァンが近づくとその一人が驚いた表情を浮かべた。
「おい、あれは……レヴァンじゃないか!」
「本当だ、この街にいてくれよ、頼りにしているぞ。」
門番たちがざわつく中、レヴァンは軽く手を挙げて挨拶した。
その姿には疲労の色が見えたが、確かな威厳が漂っていた。
星喰いの襲撃から、レヴァンの名はこの街でも広まっていた。
もうこの街の兵士に、彼を蔑さげすむ人はほとんどいない。
ヴェイルステッドの歩調を緩めながら門を通り抜けると、市場の喧騒が彼を迎えた。
商人たちが声を張り上げ、露店には色とりどりの商品が並んでいる。
その中には星紋術を応用した星紋具や荷物運搬器具があり、人々の日常生活に溶け込んでいた。
レヴァンはその光景を横目に見ながら、星の光のギルド支部へ向かった。
ヴェイルステッドを一時的にギルド厩舎に預けると、“この街に戻ってきた”という安堵感が彼の心を軽くしていた。
ギルド支部の重厚な木製の扉を押し開けると、中は所属者たちの活気で満ちていた。
仲間たちが歓声を上げ、酒を交わしながら戦果を語り合う。
その中を進んでいくと、担当者が彼に気づいて声をかけてきた。
「レヴァンさん、おかえりなさい。無事で何よりです。」
「ただいま。少し長引いたが、任務は完了した。」
(精霊の試練でどれほどの時間が経ったか不安になっていたレヴァンであったが、試練の最中に待たせていたヴェイルステッドの様子からも、あまり時間が経っていないようだった。)
安堵する彼をよそに、担当者はレヴァンを記憶の水晶への討伐の記録を促した。
透明な水晶が淡い青い光を放っている。
レヴァンは水晶へ星紋をかざし、静かに目を閉じた。
水晶が脈打つように光を放ち始め、討伐記録が更新される。
レヴァンの戦闘の記憶が共有されると、担当者が驚嘆の声を上げた。
「すごいですね。これで討伐ポイントがまた増えました。旅の星紋術師でこの成果……レヴァンさん、本当にどこまで行くつもりですか?」
「どこまで、か……行けるところまでだ行くまでだ。」
レヴァンは肩をすくめ、軽い口調で答えた。
討伐報告を終えたレヴァンがギルドを出ると、街の喧騒けんそうが耳に心地よく響いた。
市場の熱気に満ちた声と、星紋術の応用で動く機械が発する規則正しい音が混ざり合う中、彼はまずヴェイルステッドを返却するために厩舎へと足を向けた。
レンタルした厩舎は街の外れに位置しており、石畳の道を歩いていくと、次第に騒がしい市場の音が遠のいていく。
道の途中、木陰で遊ぶ子どもたちや露天で果物を売る店主が声をかけてきたが、レヴァンは軽く手を挙げて応えながら、目的地へと向かった。
やがて到着した厩舎では、瓦屋根の下で騎乗動物たちが穏やかに草を食んでいる姿が見えた。
レヴァンが借りたヴェイルステッドは、その中でもひときわ立派な姿で、凛とした佇まいを見せていた。
「一緒に旅をしてくれて、ありがとう。お前がいたから、万全の状態で試練に挑戦できた。」
レヴァンはそのたてがみを優しく撫で、別れを惜しむように言葉をかけた。
ヴェイルステッドは低く鼻を鳴らし、まるで理解しているかのようにレヴァンを見つめ返す。
その瞳には静かな信頼が宿っているように思えた。
管理人が手綱たづなを受け取ると、レヴァンは短く感謝を述べた。
「次にまた必要になったら頼むよ。」
管理人は微笑みながら頷き、ヴェイルステッドを厩舎の奥へと導いていった。
その後ろ姿をしばらく見送ったレヴァンは、小さく息をついて、街へと戻る道を歩き始めた。
再び石畳の道に戻ると、街の喧騒けんそうが徐々に近づいてくる。
市場の熱気とともに活気ある声が耳に届き、レヴァンの視線は自然と一つの店に引き寄せられた。
「煙る獣亭(けむるけものてい)」――石造りの建物に刻まれた看板にはそんな名が彫られていた。
分厚い木製の扉をくぐると、炭火と香辛料が混ざり合った芳ばしい香りが鼻をくすぐる。
床は磨き上げられた木板、壁には冒険者たちが残した討伐記念の剣や盾が飾られており、店内全体に温かい灯りが広がっていた。
レヴァンはカウンターの一角に腰を下ろし、背負った剣をそっと壁際に立てかけた。
店主が笑顔で近づいてくる。
「いらっしゃい、旅人さんかい?今日は特別な一皿を用意しているんだ。どうだい、試してみるか?」
レヴァンは頷き、
「それは楽しみだな、では、それと水を頼もう」と明るく答えた。
その声に疲労の色が滲むものの、どこか安らぎも感じられる。
「はいよ!できあがるまで、少し待っててくれ。」
瓶に入った水がすぐに提供され、レヴァンは水を飲みながら席で落ち着いていた。
少しの間、カウンター越しに店主が料理を仕上げる様子を眺めていた。
彼の手際は鮮やかで、炭火の熱を絶妙に操りながら肉を焼き上げていく。香辛料の粉を振りかけるたび、火が一瞬勢いを増し、煙が細かく立ち上った。
やがて、目の前に置かれたのは、分厚くジューシーな肉のステーキだった。
表面は香ばしく焼き色がつき、ナイフを入れると、中から湯気と共に肉汁が溢れ出る。
その横には、冷却の星紋具で冷やした彩り豊かな野菜が並び、プレート全体に調和の美が漂っていた。
レヴァンが一切れを口に運ぶと、まず最初に香辛料のスパイシーな香りが鼻腔びくうを満たし、その後に肉本来の旨みが舌の上でじわりと広がった。絶妙な火加減で焼かれた肉は柔らかく、ナイフが不要と感じるほどだ。
「これは……良いな。」
呟くと、隣のテーブルで笑い声を上げていた星紋術師たちが一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに話に戻った。
この店は星紋術師たちの間で人気が高いのだろう。その理由が、目の前の一皿を通じて理解できた。
料理を味わいながら、レヴァンは店の雰囲気にも目を配る。
客たちは賑やかで、討伐の成功談を語り合う声が途切れることはない。それでいて不思議と耳障りではなく、むしろ暖炉の火と同じように心を温める音だった。
「星紋術師さん、満足してもらえたか?」
皿を下げにきた店主が笑顔で問いかける。
「ああ、最高だ。おかげで力が湧いてくるようだ。」
レヴァンが素直に答えると、店主は満足そうに頷いた。
「それなら何よりだ。この街を訪れる者には、しっかりとエネルギーを蓄えてもらわないとな。これからも星喰いの討伐を頼むぜ。」
レヴァンは軽く笑い、コインをテーブルに置いて立ち上がった。
店主に別れを告げ、扉を押し開けると、外の風が穏やかに彼を迎えた。
「煙る獣亭(けむるけものてい)」を出ると、太陽がまだ高く、街は活気に満ちていた。レヴァンは空を見上げ、風を感じながらゆっくりと歩き出す。
イゼリオスの力が静かに彼の中で脈動しているのを感じつつ、彼は目標達成に向けた決意を新たにしていた。その足取りは軽く、それでいて確固たるものがあった。
肩に触れる風が、どこか優しく彼を包み込むようだった。
満足いく食事を終えたレヴァンは、宿で休息を取ることにした。
まだ昼過ぎだが、試練と旅の疲れもあるため、しっかりと身体を休める必要があると感じている。
(風の癒しを過信してはならない。あくまで、この力は長期戦に有効なものであって、根本的な疲労を取るものではない。)
レヴァンは、休息を取ることの大切さをカイエンから学んでいた。
窓の外には活気ある市場が見え、風が静かに綺麗に植えられた木を揺らしている。
彼はベッドに腰を下ろし、剣を脇に置いた。
(イゼリオス、次は何がある?)
彼は心の中でそう問いかけた。
風が部屋の中を通り抜け、まるで返答するかのようにカーテンを揺らした。その風にはどこか不思議な温もりがあり、彼の緊張を解きほぐしていく。
その後、レヴァンの眠りは浅かった。彼の心は次なる戦いへの準備に追われていたのかもしれない。だが、風の加護が彼を包み込むたびに、彼の決意は確かなものとなっていった。
――二日後、十分な休息が取れたレヴァンは、ギルドで新たな討伐依頼を探していた。
新たに得た力を実践で試したいという思いが、胸の内に強く湧き上がっていた。
(消耗が激しい可能性もある。いつもより軽めの依頼内容にして慣らすのを優先するか…それとも、イゼリオスを呼び出して、共に強敵を倒すか...)
レヴァンが思案していると突然、ギルドに緊急の報せが届いた。
隣接する村が星喰いの大規模な襲撃を受け、壊滅状態にあるという。
「レヴァン、悪いが今回は学園ではなく、星の光としてお前にも動いてもらう。緊急招集だ。」
支部長グラハムの声が重々しく響く。
彼の表情には焦りと深い憂慮が刻まれていた。レヴァンは深く息を吸い、剣の柄を握りしめる。
「旅の星紋術師にも要請が来るとは、よほどの事態だな。」
「そうだ。この規模では、定住者だけでは対応できない。」
ギルド内が慌ただしく動き出す中、レヴァンは風を感じながら静かに目を閉じた。
「イゼリオス、力を借りるぞ……」
そして、レヴァンはゆっくりと立ち上がり、戦いの場へ向かう準備を整え始めた。
次なる戦いが彼を待ち受けていることを既に理解していた。
風が再び吹き抜け、レヴァンの背中を押すように感じられた。
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