第9話 今は女の子なんだよ?

 リエルさんに勢いよく腕を引かれ、ベッドから転げ落ちるようにして連れ出される。

 いきなりのことで、思わず変な声を上げてしまったけれど、リエルさんはまったく気に留めないどころか、楽しそうに小さく跳ねながらクローゼットの前へ駆け寄っていった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なになに? どうしたの?」


 ボクが声を上げると、リエルさんはきょとんとした顔で振り向く。その無邪気な表情には、まるで悪気がない。


「いや、どうしたのじゃなくて……!」


 慌てて乱れた服を直しながら立ち上がろうとするけれど、何しろボクが今着ているのは。少し動いただけでもぶかぶかの袖や襟がずり落ちて、胸が見えてしまいそうになる。

 その度に布を引き上げようと悪戦苦闘していると、リエルさんはなにか合点がいったように、小さくうなずいた。


「あぁ! もしかして、の服が名残惜しいのかな? でもさでもさ! せっかく女の子になったんだから、おしゃれしないともったいなくない?」

「もったいないって……そんな……」

「んー? もしかして、聖女ちゃん、かわいい服を着たことないの?」


 リエルさんがじりじりと間合いを詰めてくる。その瞳は期待に満ちあふれ、きらきらと輝いていた。


「そ、そりゃそうですよ! だって、ボクは昨日まで……!」

だったから?」

「……っ!」


 思わず言葉に詰まる。その通りだ。今まではとして生きてきた。だから、可愛い服を着るなんて考えたこともなかった。でも――


「でも、今はなんだよ?」


 リエルさんはにっこりと笑うと、クローゼットを勢いよく開け放った。


「じゃーん! ここにある服、ぜーんぶ聖女ちゃんのだから! さぁ、好きなの選んで!」


 クローゼットの中には、色とりどりのドレスやワンピースが所狭しと並んでいた。

 ふんわりとしたフリルのついたワンピース、シンプルで上品な聖衣、華やかな刺繍が施された儀礼服……どれもこれも、今まで着たこともないようなかわいらしくて、繊細なデザインのものばかり。

 とてもボクが着こなせるものとは思えなくて、思わず一歩後ずさってしまう。


「こ、こんなかわいい服、ボクには似合わないですよ……!」

「そんなことないよ~。さあさあ、どれにする? 迷っちゃうよねぇ~!」


 リエルさんは両手を広げながら、クローゼットの服を一着ずつ取り出してはボクの前で当ててみせる。その姿はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようで、目を輝かせて楽しげに笑っている。


「この白いドレスなんて清楚な感じで、聖女ちゃんにぴったりじゃない?」


 リエルさんは目をきらきらさせながら、フリルのたっぷりついた純白のドレスを取り出し、ボクの肩に当ててくる。

 レースが繊細で、見ているだけでも高級感が伝わってくる。教会の雰囲気にも合いそうだ。

 けれど、なんだか気後れしてしまう。今まで男として生きてきたのに、急に女の子らしい服だなんて……。

 そんなボクの気持ちを見透かしたように、リエルさんは肩に置いた手にぐっと力を込める。


「ほらほら、聖女ちゃん! こっち見て!」

「え……?」


 リエルさんに促されて視線を上げると、大きな鏡があった。

 そこに映っているのは、純白のドレスをまとったひとりの

 腰まで伸びた髪の毛は、男の頃よりいっそう白く柔らかそうで、まるで絹のように滑らか。肌は透き通るような白磁のきめ細かさを湛え、ほのかに温かな質感がある。

 そして何よりも驚いたのが光を受けた左目。昨日まで碧いダイヤモンドが嵌め込まれていたはずのそこには、今や太陽のように金色に光り輝く、神秘的な宝石が輝いていて、ボクはその光景に思わず息をのむ。


「これが……ボク?」

「ね? かわいいでしょ? こんなにかわいいのに、男の服なんて着せてたらもったいないよ。ね、着てみよ? 絶対似合うって」

「で……でもぉ……」


 リエルさんの期待に満ちた瞳が、まるで光を放つようにボクを見つめてくる。嬉しいような、怖いような、不思議な感覚に胸がざわつく。


「リエル!」

「わ! エヴァ、急に大声出さないでよ」


 突然、落ち着いた声色でエヴァンジェリンさんが呼びかける。


「かわいい服もいいですが、まずは聖女様の聖衣を用意しなければなりません」

「えぇ~? 着せ替え大会絶賛開催中なのに!」


 リエルさんは頬を膨らませて不満を示すが、エヴァンジェリンさんが冷静に視線を向けると、それ以上反論はしなかった。


「……わかったよ。じゃあ、まずは聖衣ね。でも終わったら、絶対ドレス着てもらうからね、聖女ちゃん!」


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短くて申し訳ない! あしたはいつもどおりの長さになります!


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続きを楽しみにしていてくださいね!

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