ボク、最強スキル【聖女】をもらったら女の子になっちゃった!?~「女は家を継げないから追放だ」と追放されたけど、教会に拾われて崇められています! 今さら戻れと言われてもボクはすべてを救う使命があるので~

司原れもね

第1話 いざ、成人の儀へ

 焦げつくような陽射しが大地を焼き尽くし、農作物はほとんど枯れ果てていた。村人たちは皆、祈るようなまなざしでボクを見つめている。


「――えいっ!」


 覚悟を決めて、ボクは手に握った杖を天高く掲げた。すると、まばゆい光が杖から放たれ、空へと伸びていく。それは昼間の太陽の光をも凌駕りょうがするほどに眩しく、見る者すべての目を奪った。


 光の柱は天へと届き、やがて雲ひとつなかった青空に|重々しい雲を呼び寄せ始める。乾ききっていた空気に、ひんやりとした湿り気が戻ってきた。雲が広がるたびに、村人たちの表情には徐々に希望の色が宿っていく。


『本当に……降るのか?』


 誰かが小さく呟く。と、その瞬間――。


 ぽつ、ぽつ……。


 最初は一粒、二粒だったのが、次第に大粒の雨へと変わり、大地を潤し始めた。からからにひび割れていた地面は、たちまち雨を吸い込み、命の息吹を取り戻していく。


『雨だ!』

『雨が降ったぞ!』

『奇跡だ!』


 村人たちは歓声を上げ、両手を広げて雨を浴びる。子どもたちは笑いながら駆け回り、大人たちの目には涙が浮かんでいた。


『聖女様……ありがとうございます!』

『これで家族を救えます……!』

『せいじょさま、だいすき!!』


 感謝の言葉が次々とボクに向けられる。村人たちの喜びを見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。何かを成し遂げたという充実感が、心を静かに満たしていく。


「い、いや……ボクはただ、少し手伝っただけで……」


 照れくさくて否定するものの、村人たちはますます感謝の言葉を重ねてきた。それが本当に気恥ずかしくて、でも嬉しくて。自然と顔が緩んでしまう。


『おお……聖女様、なんとお美しい……』

『その笑顔、まるで天使のようです……』

『聖女様ぁ♡ 結婚してください♡』

『聖女様かわいいよお!!』


「え、えと……あはは……」


 みんなの熱い視線に、思わず頬が熱くなる。耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。やっぱり“かわいい”って言われるのは慣れないなあ……。


「そ、そんなことないってば! ボクなんて、そんな……えへへ……」


 慌てて否定するものの、村人たちの笑顔は変わらない。それどころか、ますます熱くなっていくばかりだ。


「……どうして、こうなっちゃったんだろう」


 降り続く雨の空を見上げながら、ふと思う。ボクがこんなことになったのは、ほんの数か月前のことだ。


 そう――あの日こそ、すべての始まり。ボクがと呼ばれる運命の、始まり。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「急げハル! 遅れたらスキルが逃げちゃうかもしれないぞ!」


 朝っぱらから元気に声を張り上げて、僕の腕を引っ張る少女――彼女の名前はセラフィーナ=グリーンフィールド。魔法を共に学ぶ学友にして、生まれた頃からずっと一緒にいる幼馴染だ。


 彼女の肩まで伸びたキャラメル色の髪の毛は、風になびくと甘い香りが漂ってくるようで、陽に透かせば金にも銀にも見間違うほどの美しい輝きを放つ。

 そしてその輝きにも負けないくらいの魅力を放っているのが、吸い込まれるような翡翠ひすい色の瞳。

 今日もキラキラと宝石のように輝いていて、僕と目が合うと嬉しそうに細まり……その眩しさに思わず目を逸らしてしまう。


「おせぇぞハル! 早くしないと置いてっちまうからな!」


 セラと僕から少し離れたところを走りながら、僕たちを急かす少年――彼の名前はゴドリック=アルデヴィン。セラと同じく僕の幼馴染であり、剣術においては切磋琢磨せっさたくまする良きライバルだ。


 彼の髪の毛はセラの陽に透けるような色と対照的に、吸い込まれるような漆黒が特徴的で、乱れた毛先はまるで獅子のたてがみのよう。

 燃えるように紅い瞳はまっすぐこちらを見据えていて、曲がったことを嫌う彼の性格が如実に表れている。


「落ち着いてセラ……スキルは逃げないって……」


 そしてそんなふたりの後を小走りで追いかけているのが僕――ハリオン=ヘルムート。名門ヘルムート家の長男で、ふたりと同い年の十五歳だ。

 ヘルムート家特有の、足跡ひとつない雪のように白い髪と、その雪原にポツンと落とされた一粒のダイヤモンドのような深い蒼の瞳が一応の特徴。


 大人たちから「天才だ」「神童だ」ともてはやされて育ってきたものの、僕自身は自分を他人と何ら変わらない“凡人”だと思っている。

 ただ、セラやゴドリックの隣に立っていられる存在でありたいと願い、必死に努力を重ねてきただけ――それだけの話だ。


「わかんないだろ! スキルってのは気まぐれなんだから!」

「そんな……スキルを人間みたいに言われてもね……」


 セラをなだめようと口を開いたけれど、実のところ僕だって落ち着かないのは同じ。なにせ今日は一生に一度の大切な日――の日なのだから。

 人生を左右すると言っても過言ではない、この儀式。この日のために、僕たちは血の滲むような努力を重ねてきたんだ……。


「なあハル! ゴズ! 今日で私たちも成人だ! もう大人なんだぞ!」


 セラは僕たちの一歩前に出て、くるりとこちらを振り返りながら言う。その仕草は、さながら舞台上で踊るプリマドンナのよう……動作ひとつひとつが華やかで、目を奪われる。


「そうだぜハル! 今日という日をどれだけ待ちわびたことか! やっと俺たち、一人前を名乗れるんだ!」


 ゴドリックは僕の肩をガシッと掴み、まるで自分のことのように嬉しそうに笑う。その紅い瞳がさらに燃えるように輝いているのは、この先の成功を確信しているからに違いない。


「そうだね……うん、本当に……」


 ふたりの言葉に頷きながら、僕は今日という日を迎えるまでの出来事をしみじみと思い出す……。

 そう……今日、僕たちは大人になる。を授かるんだ。

 十五歳になれば、誰もが授かる。ひとりの人間につきひとつだけ、神様から与えられる特別な力。


 それは大地を肥沃にし、作物を驚くほど成長させるものであったり……

 物質の本質を見抜いて、隠された価値を見出すものであったり……

 剣術や魔術といった技術をより高次元に引き上げ、戦う術を与えてくれるものであったり……

 はたまた、傷を癒やし、嵐や雷をも鎮め、不浄を払う、奇跡のようなものであったり……


 スキルの内容は神の思惑や得る者の素質によっても様変わりし、まったく同じスキルなど存在しない。まさに千差万別である。

 そして、このを正式に与えられる日こそが――十五歳を迎えた者が、一人前の“大人”として認められるための、もっとも重要な通過儀礼だ。


「そういえばハルは、どんなスキルが欲しいとか考えてるのか?」


 セラがくるりときびすを返してこちらを向き、首を傾げた。キャラメル色の髪がさらりと揺れて、ほんのり甘い香りが風に溶けていく。


「どんなスキルね……正直、『絶対コレ!』ってのは考えたことないんだよね」

「お前は何でも器用にこなしそうだし、どんなのが来てもいいって思ってるんだろ」

「いやいや、ハルは何でもそつなくこなせるだけに、逆に何が欲しいのか決めにくいのかもしれないぞ?」


 確かにふたりの言っていることは的を射ている。僕はふたりを追って、剣に魔法にとなんでもやってきたから「何が欲しい?」と聞かれると困ってしまうから。

 でも……


「強いて言うならスキルが欲しいかな……」


 僕はふたりに、自分の願いをぽつりと呟いた。


「誰かを救えるスキルか……ハルらしくていいな!」

「はん! 大事なスキルを誰かのためにだなんて、相変わらずのお人好しだぜ」

「あはは……まあ、ね……」


 ゴドリックの言う通りたったひとつのスキルを誰かのために……なんてお人好しが過ぎるのも知れない。でも、それでも僕は人を救えるが欲しい。だってそれが……僕の願いであり、夢なのだから……。


――昔、まだ幼かった頃のこと。


 街外れで出会った小さな子どもが、重い熱にうなされていた。焦った僕は、何かできることはないかと必死に走り回り、遠くの医者を呼びに全速力で駆けた。

 けれど、あと一歩、間に合わなかった……。

 「ごめんね」――あの子は短い息の合間に、何度もそう呟いていた。本当は僕のほうこそ謝りたかったのに……。

 どうしてあのとき、僕には何もできなかったんだろう。

 その夜、悔しさとやるせなさで眠れなかった。


 もし、僕に傷や病を癒やす力があったら……。

 もし、僕にすぐに助けを呼べるだけの足の速さがあったら……

 もし、僕にあの子が苦しまなくてもいい世界を作れるだけの力があったら……


 そんな“もしも”ばかりが頭を巡って、胸の奥で大きな穴が開いたような感覚に苛まれた。

 でも、その経験が終わりではなかった。

 あのとき自分が味わった無力感を思い返すほど、この世界には、きっと同じように救いを必要としている人がまだまだいるのだと気づいたから。


――お金や身分がないせいで、十分な治療を受けられずに苦しむ人。

――戦火や魔物の被害で、大切な人を失ってしまう人。

――自然災害や飢えで、明日を生きられるかどうかさえわからない人。


 あの夜、たったひとつの命を救えなかった僕の無力さは、もっと大きな“理不尽”の一部なのかもしれない。

 一人の命にさえ手が届かなかったのなら、世界で苦しむ何万、何十万もの人たちはいったいどうなるんだろう。


 そんな考えが頭を離れなかった。

 それならば、僕が得るが“誰かを救う力”であれば、もしかするとこの大きな理不尽を、ほんの少しは変えられるんじゃないか……そう思うようになった。


……もう二度と、あんな後悔はしたくない。


 そう誓ったのは、あの子の小さな遺言を耳にしてから何日も経たない夜だった。

 一人を助けられなかった自分自身を許せるように。

 そして、同じように救いを求める人たちを一人でも減らせるように。

 それはいつしか、“世界中で一人でも多く救える力が欲しい”という、子どもの身にはあまりにも壮大な夢へと変わっていった。

 大人たちは「それは無謀すぎる」と笑うかもしれないが、僕はあのとき何もできなかった分、今度こそ手を差し伸べられる自分でありたいのだ。


 「神さまがもし、スキルを与えてくれるなら……僕は、その力を全部使って、一人でも多くの人を救ってみせるよ」


 そう、まるで決意表明のように呟いて、僕はふたりを見渡した。

 決して小さな夢じゃないけれど、誰かがやらなければ、ずっと理不尽は理不尽のまま。


 「ま、お前がそう願うなら、止める理由はねえな」

 「うん、きっとハルならできるぞ!」


 僕の決意表明を聞くと、ゴドリックは挑発的に笑い、セラは弾けるような笑顔で肯定してくれた。

 ふたりの笑顔を見ていると、胸の奥から力が湧いてくる。

 ――一人を救えなかった悔しさが、いまや世界を救いたいと願う力へと変わっている。

 その意志が、もし神に見初められてとして顕現するなら、僕は迷わず握りしめるだろう。これが僕の願いであり、夢でもあるから。


 「よし! じゃあこのまま走って大聖堂の前に行くぞ! 誰が一番に着くか勝負だ!」


 セラがいきなりそう言い放つと、僕たちを置いて走り出した。


 「はっ!? セラてめぇ! フライングだぞ! 待て!」


 それに応戦するように、ゴドリックも負けじと走り出す。ふたりを見て、僕は慌てて「ちょ、ちょっと待って!」と叫ぶけれど、気づけばふたりの姿はだいぶ遠ざかっていて……。


 「ま、待ってってばーー!」


 そんな僕の声が、虚空に消えていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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続きを楽しみにしていてくださいね!

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